17. 祝勝会
また扉が開き、今度はルイスとセオドアが入ってくる。
「クロエ、もう起き上がれるのか?」
「はい。薬を頂いたおかげで、痺れも取れました。」
ルイスが安心したように息を吐く。
「そうか、良かった。……それで奴と何があったんだ?」
「彼は、カレブは、ハイネル国の王子だと言っていました。王家の秘宝である隷属の指輪をジェイデンに嵌められ、言うことを聞かされていたと。」
私はまだ舌に少し痺れが残っている為ゆっくり話す。
「ジェイデンが死んで自由になれたと。それから、私を連れていく為に、ナイフに仕込んだ痺れ薬を使って、私に指輪を嵌めようとしました。」
「なんだって、なぜクロエを連れて行くんだ?」
叔父が声を上げ、その顔は怒りに満ちている。
私は首の傷に手を触れると、傷には包帯が巻かれている。その包帯を見てセオドアは眉根を寄せ目を伏せる。
「私を気に入ったと言っていました。去り際に、必ず迎えにくると。カレブは捕まりましたか?」
「……いや、逃げられた。」
ルイスは悔しそうに呟く。
「ここは危険だ。すぐに出発する。」
セオドアが私を抱き上げようとするので、手で制止する。
「大丈夫です。自分で、歩きます。」
私は立ち上がろうとするが、少しよろめいてしまう。
すると、ルイスが私の腰に手を添えて支えてくれる。
「ありがとうございます。」
私が笑顔を向けると、ルイスは苦しそうに顔を俯ける。
ルイスのせいでは無いのに、責任を感じているのだろう。
私達が皇城から出ると、既に出発の荷馬車が用意されている。これでルイスとお別れだと思うと、胸が引きちぎられそうだ。
ソフィとガブリエルも見送りに出ている。
ソフィが私に歩み寄り、私の手を取る。
「何度も助けていただき、ありがとうございました。クロエ様は勇敢な騎士ですわ。」
今まで聞いた中で一番の褒め言葉だ。
「ソフィ様、何かあれば私を呼んでくださいね。いつでも駆けつけますから。」
ガブリエルもやってきて、いつものようにニヤリと笑う。
「クロエは唯一俺が認めた女だと言っておこう。」
「それは、ありがとうございます。ガブリエル様、新国王即位、おめでとうございます。貴国の発展を心より祈っております。」
苦笑いが出るが、ガブリエルなりの褒め言葉だと受け取っておく。
ルイスの方を見ると、彼も私を見ている。
「ルイス様は、これからどうされるのですか?」
「俺は、しばらくはガブリエルを手伝うつもりだ。」
「しばらくだけか?」
ガブリエルがルイスを睨みつける。
「俺はいない方がいいだろう。」
「やることは山ほどあるんだ。お前でも、いてくれた方がいい。」
またガブリエルは意地悪く笑う。それを見てルイスも諦めたように肩をすくめる。
「では出発しよう。」
セオドアの言葉に皆が馬に乗り、荷馬車に乗り込みだす。
私はもう一度ルイスを見る。
銀色の瞳を忘れないように、自分の目に焼き付ける。
「クロエ、行くぞ。」
叔父の言葉にルイスから目を引き剥がし、荷馬車に乗り込む。
込み上げる涙を止められず、私は膝を抱えて鼻を啜り上げる。
「おい、」
ノアが何か言いかけるが、それ以上は何も言わず、私が泣くのをただ見ていた。
「クロエ!」
ルイスの声が聞こえて顔を上げると、彼が荷馬車の後方を馬で追いかけてきている。
私は急いで立ち上がり荷馬車の後ろへ行くと、ルイスが右手を差し出す。戸惑いながら私も右手を差し出すと、手の平に何か乗せられる。見ると黒い宝石がついた銀のネックレスだ。
「それを、持っていてほしい。」
私は声が出なくて何度も頷く。もう涙が止められない。
私も何か渡せたらと思うが、何も持っていない。
――こんな時のために何か宝石を身に付けておくんだった。
「クロエ、どうか元気で。」
「ルイス様も。」
ルイスが馬を止め、段々と遠ざかっていく。
やがてルイスの姿が見えなくなっても、私は彼のいた方を見つめ続けた。
――
大隊はもうそれぞれの国に帰っているので、今回、共に帰るのは各国の主要メンバーの小隊だ。タルク国を周りランバスを通って帰国する。
タルク国に着くと、戦勝の報告がなされ、祝勝の宴が催される。
タルク国には目にいい薬があるらしく、ルイスの母はもうしばらく逗留することになっている。
銀色の瞳を見てまた胸が疼く。私の恋はいつも叶うことがない。それならいっそ恋をしなければ良かったのかもしれないが、この気持ちを手離す方が辛い。
「イーサン様、……お預かりした守りの石を割ってしまいました。申し訳ございません。」
私は黒い袋からヒビ割れた守りの石を取り出す。
「話は聞いている。元々クロエを守るために渡した物だから、気にしなくてもいい。」
イーサンは割れた守りの石を手に取り握り締める。すると手の平の中で光が溢れる。
「それに、こうすればまた使える。」
手を開くとヒビは無くなり、守りの石が元の姿に戻っている。
「力を貯めるのに数年かかるから、すぐには使えないがな」
王家の秘宝とは何と不思議な物なのだろう。
この石のお陰で、ルイスの左手の剣の傷もすっかり治っていた。あれだけ深く切っていたので、後遺症がら残るのではと心配していたので安心した。
二日逗留した後、私達はランバス国に向けて出発をした。国を出たのがもう随分前のような気がする。
ランバス国に着くと、ここでも祝勝の舞踏会が催され、王城は人で溢れかえっている。
私もドレスを身に纏い、父と義母、兄と共に会場に入る。父と兄は私を怒らなかったが、心労からやつれている様子だった。
人々は誰もが戦争が終わったことを心から喜んでいる。
セリア伯爵夫人の姿を見つけ、侍女に頼んで呼んでもらう。
「クロエ様、この度は大変なお転婆をされたそうですわね。乳母として鼻が高いですわ。」
私の武勇伝がまた増えているようだ。
「そ、そうね。セリアが私を強く育ててくれたおかげね。」
「まぁ、私は確か淑女をお育てしたはずですよ。」
「そ、そうだったかしら。」
セリアは楽しそうに笑いながら、でも気遣わしげに私を見る。
「少し痩せられたのではありませんか?これからは、ゆっくりなさってください。」
「ありがとう。そうするわ。」
セリアは優しく私を抱きしめてくれる。
ああ、あの日が来なくて良かったと、心の底から思う。
「クロエ。」
セオドアがこちらへやってくる。黒の燕尾服を身に纏い、誰もの視線を集めている。
「セオドア・レナン様、この度の戦勝、お祝い申し上げます。」
私はセオドアに対して膝を折り深くカーテシーをする。
思えばセオドアは何年も戦場を駆け巡ってきた。今この時を誰よりも待ち望んでいたはずだ。
対して、彼も片膝を突き、私の右手の甲にキスをする。その瞬間、周りの女性達は一斉に騒めく。
「クロエ、話がある。」
セオドアは立ち上がると私の耳元で囁く。手を引かれカーテンの向こうにあるバルコニーに出ると、他には誰もいない。
侍従から飲み物を受け取り私に渡すと、セオドアはバルコニーのソファに座る。
「セオドア様、お話とはなんでしょう?」
私も彼の隣に座り、果実水を飲む。
外はランプの灯りより、月光が眩しいくらいだ。
室内のオーケストラが奏でるワルツが、ここまで聞こえてくる。
こうしてセオドアといても、彼に対する怨嗟はもう無い。未来が変わり、あの日の彼はもういないのだ。
セオドアは飲み物を飲みながら月を見ている。私も一緒に月を眺めると、周りには小さな星が無数に瞬いている。
「あの日もこんな月が出ていたな。」
「あの日?」
――セオドア様と月を見たことがあっただろうか?
今回の生では思い当たらない。
「クロエが死んだ日だ。」
私はゆっくりとセオドアの方を見る。しかし、彼はまだ月を見ている。
その横顔は冗談を言っているような顔付きではない。
私は手が震え出すのを止めようとするが、止めようとすればするほど震えが大きくなり、遂にグラスを落としてしまう。
グラスが割れる音を聞き、護衛騎士がやってくる。すぐに侍女を呼び、グラスの破片が片付けられる。
それを呆然と見ながら、私は考えを巡らせる。
私が死んだのはあの日だ。
大きな月が輝いていたあの日。
侍女が掃除を終えると、新しい果実水をテーブルへ置いていく。しかし私はもうグラスを持つことができない。喉は緊張で乾いているが、また取り落としてしまうかもしれない。
侍女達が下がり、またセオドアと二人になる。相変わらず軽やかなワルツが聞こえるが、それさえも私の耳には歪に響いてくる。
「セオドア様も、……過去に戻られたのですか?」
「そうだ。……というより、俺が戻した。」
セオドアを見ると、今度は私を見ている。
「……戻した?」
「レナン王家の秘宝は時戻しだ。」
セオドアは胸ポケットから金細工の懐中時計を取り出す。彼が蓋を開くと、精巧な歯車が連なり正確な時を刻む。その中央には琥珀色の石が嵌っている。
「その時計で、……時を戻したのですか?」
「そうだ。」




