16. 新王国
皇城にいるジェイデン軍の残党を討伐し終えると、連合国軍は皇城の広場に野営の準備をする。今日はここで休み、明日から首脳陣を残し、それぞれの国へと帰っていく予定だ。
セオドアやガブリエル達は今後の話し合いをするために会議室に入り机を囲む。
国土を奪われ隷属させられていた国は、帝国から離れ独立を認めることとなり、それだけでも帝国の領土は随分狭くなるだろう。
帝国内部については、名前がカザルファー帝国からカザルファー王国へと改められ、今後、連合国軍の監視の下、ガブリエルが統治することが認められた。
勿論、決して他国に侵略をしないことを条件に付けられている。もし条約を破ればすぐに連合国軍の支配下に入ることになる。
前皇帝の後宮は解体され、皇妃や夫人はそれぞれの国に帰るか、望めばカザルファー王国に残り生活を保障される。
これで前皇帝の悪き慣習は全て取り除かれることになった。
話し合いはニ週間に渡り、概要がまとめられ条約が締結された。
――
ノアとジャックは第二皇子に捕まった時に拷問されて怪我をしていたため、ルイスにより軍の施設に引き取られ療養していたらしい。二人は私に心配をかけたくないからと、黙っておくようにルイスに頼んだようだ。
久しぶりに二人に会うと、まだ包帯を巻いているが元気そうな笑顔を見せる。
「私についてきたばかりに、こんな目に合わせてごめんなさい。」
「何を言っているんだ。騎士なんだから当たり前だろ。」
「そうだぞ。王女を守ることは騎士としての誉れです。」
ジャックが敬礼しながら、ふざけて言うので思わず笑ってしまう。
その途端、二人が動きを止める。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。」
「……クロエの笑顔を久しぶりに見たなと思って。」
――そうかもしれない。私は過去に戻ってから心から笑ったことが無かったもしれない。
「そうね。もうこれからは笑ってもいいのよね。」
「あ、ああ。」
「でも、どこでも笑わないほうがいいかもな。」
「……。」
前の生で私はいつも笑っていたが、その時、周りの反応はどうだっただろう?特に疑問を持つこともなかった。今は笑わないからこそ、笑った時の印象が強くなるのかもしれない。
――
いよいよ今日はランバス国への帰途に着く日だ。私は最後にルイスに会いたくて朝早くから彼を探している。毎日話し合いの場で会ってはいたが、二人で話すことはできなかった。最後にどうしても彼に会って話がしたい。
ルイスの部屋に続く回廊に差し掛かると、あの女神の彫刻が優しく微笑んでいる。
「ねえ、どこに行くの?」
その声に一瞬震える。
振り返ると侍従の服を着たカレブが立っている。
「あなた、生きていたの?」
「僕が死ぬはずないよ。それより、どこに行くの?」
「あなたに関係ないでしょう?」
私が腰の剣に触れるのを見て、慌てたようにカレブは手を上げて振ってみせる。
「もう何もしないよ。僕は君を迎えに来たんだから。」
「私を?迎えに?」
「そう!僕、君が気に入ったんだ。ジェイデンの手を掴んで屋上から飛び降りた時、凄くかっこよかったよ!」
カレブは無邪気な笑顔を私に向けてくる。いつもの生気のない鉛色では無く、薄紫の瞳が生き生きしている。
「何を言っているの?あなたはジェイデンの部下だったでしょう?」
「 もうジェイデンは死んだから僕は自由なんだ。だから、君を連れて行くよ。」
――さっきから何を言っているの?
「連れて行くって、どこに?」
「どこでも!クロエが行きたいところでいいよ。」
「あなたと行くわけがないでしょう。」
「やっぱりダメか。」
カレブはがっかりしたように肩を落とす。が、すぐにまたにっこりと笑う。
「じゃあ、仕方ないね。」
カレブは背後からムチを取り出すといきなり私に向けて放ってくる。私は咄嗟に剣を抜きムチを弾き飛ばす。
「へぇ、やるね。」
今度は地を這うようにムチを放つと、私の足に絡める。両膝をムチで絡め取られ、思わずバランスを崩すと、カレブは短剣を出し私に向かってくる。剣を構えるが、足を固定されて動きが思うように取れない。何度も剣を交えて後ろに押され、尻餅をつき倒れてしまう。私の剣が手を離れ、カランと音を立てる。
カレブは私に馬乗りになると右手首を掴み、首にナイフが押し当てる。
「ほら、言うことを聞いて。」
カレブはずっと余裕の笑みを浮かべている。ただの騎士ではなかったようだ。
「あなたは何者なの?」
「僕?僕はね、ハイネル国の王子だよ。帝国に滅ぼされて、もう亡いけどね。」
ハイネル国――
聞いたことがある。大陸始祖から続く由緒ある国だったが、随分前に帝国に侵略され亡くなっている。
「ハイネル国の王子が、なぜ帝国で騎士をしているの?」
「うーん、王族の秘密なんだけど……、君ならいいか。僕の国の秘宝は隷属の指輪なんだ。その指輪をジェイデンに嵌められて、言うことを聞かされていたんだよ。」
――そんな指輪があるの?
タルク国の守りの石の力を体験していなかったら俄には信じられなかった。
「だから君にも、この指輪を嵌めてもらう。」
その言葉に全身に冷や汗が伝う。
カレブは私の両手首を左手で押さえ、ナイフを床に置くと、右手でポケットを探り小さな赤い石の付いた金色の指輪を取り出す。そして、時々赤色に怪しく光るその指輪を私の指に嵌めようとしてくる。
「やめて!」
私は指を曲げて絶対に嵌めさせないように力を入れる。
「仕方ないなぁ。傷はつけたくなかったんだけど。」
カレブは指輪を唇に咥えるとナイフをまた持ち、私の首を少し切りつける。
ピリッと首に痛みが走り血が滲んでいくのがわかる。
「浅く切ったから大丈夫だよ。傷も残らないから。」
私をじっと見つめるカレブを睨みつけるが、だんだん身体が痺れてくるのが分かる。
「効いてきた?もういいかな?」
身体が痺れて力が入らない。
カレブは子供のような笑みを浮かべると、私の右手をゆっくり持ち上げる。
「これで君は僕のものだね。」
「や……めて、」
手に力を入れようとするが、痺れていうことをきかない。
「クロエ!」
カレブの背後からルイスが走ってくる。
カレブは後ろを振り返ると、私から離れナイフを構える。
「お前、生きていたのか。」
「だから、僕が死ぬわけがないだろう、って。」
カレブは首を傾げて、また拗ねたような顔をする。
「もう少しだったのに、邪魔をするなよ。」
カレブがルイスに斬りかかると、ルイスも剣を抜き応戦する。
ナイフには痺れ薬が仕込んである。少しでも切られたら終わりだ。それを言いたいが体が痺れて話せない。
「クロエに何をした?」
剣を交わしながらルイスがカレブに怒気を放つ。
ルイスの剣がカレブのナイフを弾き飛ばすと、カレブは素早く後ろに転がりルイスから距離を取る。
思案気に見回し私の剣に気付くと、嬉しそうに手に取る。
「ちょっと借りるね。」
剣を右手に持ち一振りすると、ルイスにかかっていく。左手を懐に入れ別のナイフを出し、両手で剣を操っている。
「ルイス様!どうされました!」
庭園を見回っていた騎士が二人、気づきこちらに駆け寄ってくるのが見える。
カレブは舌打ちをすると、床に横たわる私の側にやってくる。
「クロエ、待っててね。必ず迎えに行くから。」
私に耳打ちをして、カレブは庭園へ駆け出ていくと、その後を騎士達が追っていく。
「クロエ!大丈夫か?」
ルイスが私を抱き上げる。
「ナイ…フ、し、しび、……れ、て。」
なんとかそれだけ言う。
ルイスは私を抱いたまま、カレブが落としたナイフを拾い上げると、私を自分の部屋へ連れていく。
そして、ベッドに寝かせ医師と侍女の手配をする。
あれほど拘ったルイスのベッドに私は寝ている。
体は痺れて上手く話すこともできない。
――最後に彼と話したいと探して来たのに……。
「すぐに医者が来る。」
ルイスはベットに腰掛けると、銀色の瞳で私を見つめる。
――この瞳を、ずっと忘れたくない。
じっと見つめ返すが、いつかみたいに逸らさずいてくれる。涙が滲んではっきりルイスが見れなくなり、なんとか涙を止めようとするが溢れてきて止められない。
「もう大丈夫だ。俺がついている。」
優しく頭を撫でられ、その言葉に余計に涙が溢れる。
――やっぱり、ルイス様が好きだ。
ノックがあり医師と侍女が入ってくる。
ルイスはカレブが落としたナイフを渡して、痺れ薬の成分を調べるように指示を出している。
医師が部屋を出ていくと、入れ替わりに叔父が入ってくる。
「クロエ!襲われたんだって!残党がまだ残っていたとは……。」
「お、じ、……様。」
「痺れ薬だ。今、解毒薬を調合させている。」
ルイスは騎士に指示を出す為に、一旦部屋を出て行く。
間も無く薬が用意されて、侍女が少しずつスプーンで掬って飲ませてくれる。
「もう少ししたら薬が効いて、動けるようになりますよ。」
しばらくすると少し痺れが残るが、なんとか起き上がることができるようになった。
「クロエ、具合はどうだ?」
「薬を飲んだので、随分良くなりました。心配をおかけして申し訳ありません。」
「今日の出発は遅らせようか?」
「……いいえ、大丈夫です。」
まだここにいたいが、叔父は早く帰り父に報告をしなければいけないだろう。




