15. 皇城奪還
廊下はすぐ曲がり角になり、バルコニーに面した長い廊下が続く。
ここにもまた、第二皇子の騎士達が待ち受けている。
ルイスは一人倒すと、その剣をガブリエルに放り投げる。ガブリエルがそれを受け取り、敵にかかっていく。
私も身を低くして近くの騎士に斬りかかる体制をとると、どこからともなく革のムチが伸びてきて体に巻きつく。解こうともがくが、ぎっちり巻きついて解けない。ムチが引っ張られ、もつれる足で倒れ込んでしまう。
「あ!」
私は背中に膝を乗せられ、押さえ込まれて動けない。顔を上げると、あの若い騎士だ。
「暴れると余計にムチが締まるよ。どうして血濡れなの?」
若い騎士はキョトンとした顔をして、私を見下ろす。
――本来はこんな話し方なの?
「カレブ、よくやった!さあ、形成逆転だな。この女を殺されたくなければ、武器を捨てろ。」
ジェイデンが声高に勢い付く。
ルイスがまた斬れと言うだろうと思ったが、彼はあっさり剣を投げ捨ててしまう。
「な、何をしているんですか!」
私は思わず叫ぶ。ガブリエルも呆れたようにルイスを見ている。
「馬鹿な奴らだ。お前らは公開処刑にして城門から吊るしてやる。」
その時、バルコニーの外が一層騒がしくなり、みんなの視線が外に向く。その先には夥しい隊列が遠くからやってくるのが見える。
「やっと来たのか。」
ルイスがホッとしたように息を吐く。
どうやら連合国軍が着いたようだ。
「くそっ、辺境伯は何をしているんだっ!」
苛立ったようにジェイデンが吐き出し、そして私を見る。
「そうだ、クロエは人質だったな。お前を盾にしたらどう出るかな?」
ジェイデンは部下に怪我の手当てをされながら、私を見下ろし、またあの嫌な笑みを浮かべる。
「この女を着替えさせろ。飛び切り上等にな。しかし、気をつけろ。この女は強いぞ。」
ムチを引っ張られ起き上がらされる。ルイスを向くと、ガブリエルに腕を引っ張られ、もと来た廊下の角を曲がるところだ。目が合うがそのまま消えてしまう。
カレブと呼ばれた若い騎士に引かれ、私は廊下を歩かされる。その間も窓の外の連合国軍はどんどん近づいてきている。
部屋に入れられて無理矢理、薬を嗅がされると、すぐに朦朧として意識を失ってしまった。
強い匂いに意識が浮上する。
顔から瓶が離されていくのが目の端に映る。
――気付薬を嗅がされたの?
目の前に私がいる。よく見ると鏡だ。
これでもかと着飾り化粧も濃い。誰の真似かはすぐに分かる。まだ香水をつけられていないだけマシだ。
まだクラクラする頭でなんとか考える。
――そうだ、連合国軍は?
立ち上がろうとするが後ろ手に縛られている。周りには侍女の他に騎士もいて、カレブも入り口につまらなさそうな顔をして立っている。
「れ、連合国軍、は?」
舌がまだもつれ上手く話せない。
「もう着いてるよ。」
カレブがにっこり笑う。
騎士の一人が私の腕を掴み立ち上がらせるが、まだ足に力が入らず倒れそうになるのを、慌てて騎士が支える。これでは歩くのもままならない。
カレブが近寄ってくると、いきなり私を肩に担ぎ上げる。
「早く行こうよ。」
肩にゆさゆさ揺さぶられながら部屋を出て廊下を行く。せっかく着飾っても着崩れていく気がするが、そんなことは構わない。
カレブは階段を登って行き、扉を開けると城の屋上に出る。晴れ渡り青い空がどこまでも続いている。広く開けた石造りの屋上はぐるりと鋸壁に囲まれている。
そこには既にジェイデンと第二皇妃が待っていて、カレブにようやく下ろされた私を見て二人は目を見張る。
「あら、似合うわね。」
「やはり美しいな。」
この装いを見てのその感想は、この二人は親子なのだなと改めて思う。
「では、お披露目といこうか。」
鋸壁の間から下を覗くと、庭園には連合国軍がひしめいている。
カレブは私を鋸壁の上に乗せ、後ろ手に縛った紐を持って落ちないように支える。
足のふらつきは随分ましになったが、慣れないヒールが心許なく、フリルのふんだんなドレスが強い風に煽られる。四階ほどの高さになるので落ちたら一巻の終わりだ。
ジェイデンが進み出ると、下にいる隊列に叫ぶ。
「兵を退け!さもなくばクロエ王女の腕を切り落とすぞ!」
私の上腕に剣の刃を当てながら、大きな声で連合国軍に呼びかける。
――そんなことで大軍が引くと思っているの?
下を見ると最前列に小さくセオドア、叔父が見える。叔父達は何か話をしているようだ。
すると、セオドアが手を上げ号令をかけると隊列が退き始める。
「ははは!間抜けどもめ。」
ジェイデンはそれを見て満足そうに笑っている。
――そんな……!行かないで!
私は腕に当てられたジェイデンの陽光煌めく剣を見る。
意を決すると、その剣を手の平で挟み、一気に上に引き抜いて手首の紐を切り、その剣を足で弾き飛ばす。
慌てふためくジェイデンの右手首を掴むと、私はそのまま鋸壁を飛び降りる。
ジェイデンは勢いがつき私と共に鋸壁を乗り越えそうになるが、必死に壁に片手をついて落ちないようにのけぞる。
「ぐわっ!」
脇の傷が痛いのか、ジェイデンは苦痛に顔を歪める。すぐに騎士が駆け寄りジェイデンの体を引っ張り上げていく。
カレブは横でその様子を楽しそうに見ているだけで、ジェイデンを助ける気はなさそうだ。
下を見ると、セオドアと叔父を始め連合国軍が城に雪崩れ込んでいる。
―――後もう少し……。
少しずつ引き上げられるジェイデンに、私にも騎士の手が伸ばされる。
私は城の壁に両足裏をつけるとジェイデンの手を下に引っ張る。するとジェイデンの身体がまた下がる。
「やめろ!」
ジェイデンは必死の形相をして、私を見る。
――これで帝国は終わりよ。
カレブが急に後ろを振り返ると姿を消し、ジェイデンを支えていた騎士が崩れ落ちる。
「クロエ!」
ルイスが鋸壁に現れ、体を乗り出し私に右手を伸ばしてくる。私も右手を伸ばしルイスの手を掴もうとするが、もう少しで届かない。
ジェイデンの体がルイスの騎士によって引き上げられていく。
ようやくルイスの手に届くというところで、私の左手が限界を迎え、ジェイデンの手から滑り落ちてしまう。
「あっ!」
「クロエ!」
手がジェイデンを離れ、私は下に落ちていく。
ルイスが鋸壁を蹴り越え、私を抱きしめる。
ドンという激しい衝撃を感じ、同時に瞼の裏に真っ白な強い光が射す。
次第に光が収まると、私は体にルイスの温もりを感じる。
「クロエ。」
ルイスの声が聞こえる。
――二人とも死んで、もうあの世にいるの?
目を開けると、目の前にルイスの銀色の瞳がある。
――ルイス様を道連れにしてしまった。
その事に胸が痛むと同時に、温かいものが流れてくるのを感じる。その瞳を綺麗だなと思い見つめていると、ルイスが驚いたように目を見開き、ゆっくり体を起こす。
「生きて、いるのか?」
周りを取り囲む連合国軍の騎士達が、驚愕の表情を浮かべている。
――生きて、いる……?
私も起き上がると体を確かめるが、痛みも無く、むしろ体が軽い。
――そんなはずは……。あの高さから落ちて無事で済むわけがない。
「熱っ。」
何か胸の辺りが火傷しそうに熱い。
私は下着に手を入れ、黒い巾着を取り出す。イーサンから預かった巾着だ。無くさないように常に身につけていた。
中から光を放つ緑色の宝石を出すと、熱を持ちヒビが入っている。
「それは?」
ルイスが私の手の中にある宝石を取る。
「イーサン様から預かった、守りの石です。」
「王家に伝わる秘宝……、これが守ってくれたのか。」
「王家に伝わる秘宝?」
「ああ、王家には代々伝わる特別な宝があると言われている。タルク国にはこの守りの石が伝わっていたのか。」
何かの文献で王家の秘宝について読んだことがある。
初めにこの大陸に辿り着いた者達が七色に光る龍の宝玉を見つけ、砕いてカケラを分け合った。その後、それぞれが国を興しカケラは秘宝となったとか。だが、そんな話は御伽噺だと思っていた。
――命を助ける程の力を持つ石だったなんて……。
イーサンに必ず返すと約束したから肌身離さず持っていたが、割れてしまったのでもう使えないのだろうか。
ルイスに支えられながら立ち上がる。
城の屋上を見上げると、ガブリエルが剣を掲げている。その横にはセオドアと叔父の姿もある。
「……なぜ一緒に飛び降りたのですか。」
見上げるルイスの横顔に、つい語気を強めてしまう。
――ルイス様まで死んでしまうところだった。
「……必ず守ると約束しただろう。」
「一緒に飛び降りたら、ルイス様も死んでしまうでしょう!」
「それでも、……一人で行かせられない。」
「あなたは女に甘いです。」
「女なら誰でもというわけではない。」
「では、私は?」
「君は、……人質だ。」
分かってはいたが、ショックを受けている自分がいる。
――ああ、そうなのね。私はルイス様が好きなんだ。
改めて自分の気持ちが分かり、温かな気持ちと同時に苦い味が込み上げる。
――でも、この気持ちが成就することは決してない……。
そこへ、叔父とセオドアが息を切らせて駆け寄ってくる。
「クロエ、無事なのか?」
「はい、叔父様。この守りの石の力で怪我一つありませんでした。」
「守りの石……?全く、お前にはいつも肝を冷やされる。」
叔父は信じられない様子で、石をしげしげと見ている。
「城の中を制圧する。一緒に来てもらおうか。」
セオドアの言葉に、ルイスは頷き一緒に行ってしまう。
私も城の中に入っていくと、城には連合国軍の騎士が散って、第二皇子の騎士達を制圧している。
屋上へ続く階段に来ると、ガブリエルが血に濡れた剣を下げながら降りてくる。
「ガブリエル、ジェイデンは?」
「あの女と共に死んだ。」
ルイスの問いかけに、ガブリエルはいつもの皮肉な笑みではなく、今は疲れた様子を見せる。
ガブリエルは第一皇妃の仇を討ったのだ。
「彼が連合国軍を指揮しているレナン王国王太子セオドアだ。セオドア、第一皇子のガブリエル、我々の味方だ。」
「味方?」
セオドアはガブリエルを見据えて真意を探っているようだ。
「帝国の解体には協力しよう。俺がやらなければならないことだからな。」
ガブリエルは剣を鞘に納めると、強い意志を秘めた目を向けた。




