14. 皇城陥落
ルイスは馬に乗り隊列の先頭を走っていく。私も馬に乗ると、女性騎士が寄り添い付いてくる。私がランバス国の王女で人質だと知っているようだ。
「連合国軍はまだ着かないのですか?」
「まだのようです。」
城門は開けられたままだ。中では帝国軍騎士同士が戦っている。ルイスの軍はその中を隊列で駆け抜けていく。
皇城に着くと馬を降り、第二皇子の騎士を倒しながら城の中に攻め入っていく。
私も女性騎士に守られながら城の中へと続く。中は荒らされ、遺体や負傷者で溢れかえっている。
階段を登り二階に上がると、待ち構えていた第二皇子の騎士達が向かってくる。しかし数では圧倒的にこちらが多い。次々と倒しながら奥へと進んでいく。
――ガブリエル皇子の騎士がいない。彼は無事なの?
一番奥にある謁見の間に辿り着くと扉は開けられ、中は死屍累々の様相を呈している。ほとんどがガブリエルの騎士だ。
奥の玉座に誰かが座っているが、項垂れて動かない。
その前には騎士達が並び、一番前にいるのは、ジェイデンと第二王妃だ。その隣にはソフィもいる。
「遅かったな、ルイス。待ちくたびれたぞ。」
ジェイデンはあの口元を歪める狡猾な笑いを浮かべている。
「ガブリエルはどこだ?」
「ああ、随分粘っていたが、ようやく死んだよ。全く最後までしつこい奴だった。」
ジェイデンは後ろを向くと玉座へと向かっていく。玉座に座っているのは女の人のようだ。だが胸元は赤く血で染まっている。
その足元に横たわる遺体の背中をジェイデンは踏みつける。遺体は俯き顔が分からないが、大柄な体つき、あの騎士服はガブリエルだろう。
「皇后共々、あの世に行ったよ。」
――あの玉座に座っているのが皇后陛下なの……。
ガブリエルほどの腕があれば簡単にやられるはずがない。母親を人質に取られたのだろう。
「その足を退けろ。」
低い唸り声を出しながら、ルイスがジェイデンを睨みつける。
「はは、そんな偉そうな口を叩けるのか?」
ジェイデンがソフィを捕まえている騎士に合図を送ると、彼は彼女の腕を捻り上げる。
「あぁ!」
ソフィは叫び声を上げ苦痛に顔を歪めている。
「やめろ!」
ルイスは辛そうにソフィを見る。
もう卑怯者すぎて呆れを通り越す。
ジェイデンの隣の第二皇妃も愉快そうに目を細めて笑っている。
「俺からランバスの王女を奪って行っただろう。だから、代わりにお前の妹を奪ってやったのさ。」
その言葉に心臓が冷たくなる。
――ソフィ様は私の身代わりなのね。
私が足を進めると、隣の女性騎士が私の腕を掴み止める。止める腕を取ろうと反対の手で掴むと、腕の仕込みナイフに触れる。
「それを私に。」
「ダメです。」
女性騎士は首を振るが、私は彼女の腕からナイフを取り自分の袖口に入れる。
「私は大丈夫よ。」
私は騎士を掻き分けて前に出る。
「私ならここにいます。」
「クロエ!」
ルイスが驚いて私を見るが、私は構わずそのまま進み出ていく。
「彼女の代わりに私を。」
近くの騎士が私から剣を取り上げる。
「いいだろう。」
ジェイデンが差し出す手を取り、私は彼に微笑みかける。
その瞬間、彼が大きく目を見開く。
――なるほど、ルイス様が無闇に笑うなと言った訳が分かったわ。
「この様子だと、あなたが次の皇帝になるのですね。なら私を皇妃にしてくださいませ。連合国軍は来ないし、彼らの負けは確実ね。」
ジェイデンの口の端が緩んでいるのが分かる。
「私は強い人が好きなの。」
ジェイデンに更に笑いかける。
――虚栄心と自尊心が弱点。それならそこをくすぐればいい。
ジェイデンは笑みを深めて私の腰に手を回す。私の肌が総毛立つが、微笑みは崩さない。
「いいだろう。私の妃にしてやろう。」
「嬉しい。」
「ジェイデン!何を言っているの!」
第二皇妃の金切り声がするが、ジェイデンはそれを無視をして私に顔を近づけキスをする。吐き気がしてくるが、彼は満足そうに私の顔を撫でる。
「その女を離してやれ。」
ソフィを捕まえていた騎士が迷いながらも、その腕を離す。
ソフィはよろめきながらルイスの元へ走り寄る。
ルイスはソフィを抱き止めると、すぐに女性騎士に引き渡し、彼女は後ろへ連れていかれる。
「さあ、これで交換成立だな。では皆殺しにしろ!」
ジェイデンは手を振り上げ、部下に合図を送る。
その合図と共に、私も右袖から仕込みナイフを滑り出すと、ジェイデンの心臓にナイフを突き立てる。
しかし、騎士服の中にブレストプレートを仕込んでいたのか、衝撃でナイフの先が曲がっただけだ。
ジェイデンは私の手首を掴むと怒りを滲ませ、私を睨みつける。
「残念だ。本当に妃にしてやろうと思ったのに。」
ジェイデンは剣を抜くと私に突き刺してくる。何度か避けるが、手首を掴まれ逃げられない。彼に足払いをかけ膝をつかせると、今度は切先が私の首へと向かう。
――もうダメか。
私の首を掠めた剣を、ルイスが左手で掴んでいる。その手からは、いくつも血が滴り落ちている。
「ルイス様!」
ルイスは右手の剣をジェイデンに突き刺そうとするが、ジェイデンは私の手を離すと、それをかわし後ろに身を引く。
ルイスは背中に私を庇いながら立つ。
「お前など、クロエが相手にするわけがないだろう。」
ルイスの左手は硬く握られ、指の間からはポタポタと血が滴り落ちている。
「お前はせいぜい女を盾にしてしか勝つことができない臆病者だからな。」
その言葉にジェイデンは顔を歪め剣を振り下ろしてくる。しかしその剣捌きは拙い。ジェイデンの騎士が何人もルイスに切り掛かるが、ルイスはそれを交わしながらもジェイデンに向かう。
「部下に守ってもらわないと何もできないのか?」
ルイスがまたしてもジェイデンの自尊心をくじく。ジェイデンは剣を振り回すが、剣筋は決して正確ではない。
ルイスは隙をついてジェイデンの脇腹を斬る。そこにはプレートを仕込んでいないようだ。
「ぐわっ!」
脇腹を抑えジェイデンが膝をついて座り込む。すぐに他の騎士が助けに来るが、ルイスによって切り捨てられる。
私は腕の青い布を取ると、急いでルイスの左手にきつく巻き付けていく。
「これで止血を。」
剣を目線で探すと、私は倒した騎士が落とした剣を拾う。
ジェイデンは脇腹を血に染め、第二皇妃に支えられながら玉座の後ろの垂れ幕を潜るところだ。私達もその後を追う。
護衛の騎士も追ってくるが、私は身を屈めて懐に入ると腹に剣を突き立てる。素早く抜くと後ろに周り首の後ろからもう一度、剣を突き刺す。剣を抜くと騎士は動かなくなった。
初めて人を殺した感覚に震えるが、逆に冷静になっていく自分もいる。また追ってきた騎士に向かおうとすると、ルイスが斬り捨てる。
「クロエ、行くぞ。」
「はい。」
ルイスの左手の青い布は既に血で紫に染まっている。それを見て、私は剣を握る手に力を込める。
玉座の後ろの幕を捲ると暗い廊下に出るが、ジェイデンと第二皇妃の姿は既にない。
「こっちだ。」
壁に付いた血の手形を追っていく。
廊下の先には扉があるが鍵がかかっている。
「少し離れていろ。」
ルイスが扉を蹴破り、ドアは弾けるように向こうへ開け放たれる。豪華な家具が並ぶ部屋にも誰もいない。
奥にはまた続き扉があり、ルイスがその扉を開ける。
そこにはジェイデンと第二皇妃が待ち構えたように立っており、その足元には死んだはずのガブリエルが跪いている。
「よくもやってくれたな。」
ジェイデンは片腹を抑えながらも、剣の先はガブリエルの首元にある。ガブリエルは服を脱がされ簡易なズボンだけだ。後ろ手に縛られて猿轡もされている。
「ガブリエル、生きていたのか!」
ルイスの声に、ガブリエルがニッと笑う。
「切り札は最後まで取っておくもんだ。さあ、武器を捨てろ。」
ジェイデンは得意げに口を歪ませる。
「斬れ。」
ルイスの言葉に、思わずジェイデンは目を見張る。
私も驚いてルイスを見る。
「斬った瞬間お前も死ぬ。覚悟しておけ。」
「くっ。」
ガブリエルが喉の奥で笑いを漏らす。この状況で相当肝が座っている。
背後から人の近づく足音に振り返ると、ジェイデンの騎士達が追ってきている。私は低く剣を構えると一番前の騎士に斬りかかり足払いをかける、その隙に次の騎士の首に下から切りつける。血が舞い、始めの騎士を振り返ると既にルイスが仕留めている。
「だから言っただろう。クロエがお前を相手にするわけがないと。」
血濡れになった私にジェイデンは口をあんぐりとしている。私が袖で顔の血を拭うと、ジェイデンと第二皇妃が震えたような気がする。
「さあ、どうする?」
血塗れの剣を振りルイスが問うと、第二皇妃はドレスを振り乱して後ろの扉から逃げ出す。ジェイデンも、ガブリエルを突き飛ばすと、慌てて母親の後を追っていく。
「ガブリエル、大丈夫か?」
ルイスはガブリエルに駆け寄り、手足の紐を切り猿轡を外す。
「誰に聞いている。奴らを追うぞ。」
三人で扉を潜ると、その先は広い廊下に続いている。
「とどめは俺が刺す。」
ガブリエルが走りながら低い声を出す。
――あの皇后陛下の遺体は、本物だったのね。




