12. 第二皇妃
階下に降り長い廊下を抜けると、中庭に面した回廊に出る。
前に通った時は夜で分からなかったが、庭園には大理石の噴水があり、噴水中央に据えられた女神像の持つ水瓶からは水が迸り出ている。
その美しい光景と、今の血生臭い状況とがあまりにかけ離れていて、どちらの現実も夢現のようだ。
回廊を抜け、また建物の廊下へ入ると侍女や侍従が行き交い、みんな混乱している。
「ルイス様は、今どちらにおられるのですか?」
「わかりません。」
若い兵士は首を振り、足を止めることなく進んでいく。私達もその後を追い、人混みを抜けながら歩いていく。
使用人が出入りする裏口から外に出ると、庭園を抜け城壁に差し掛かる。そのまま城門とは反対の方へ城壁に沿って歩を進める若い兵士に続く。この辺りは背丈ほどの木が生い茂り人気が無い。
「ソフィ様のところへ行くのですか?」
「はい。」
しばらく行ったところで若い兵士が立ち止まり、城壁に手をやる。石を組んで作られた壁を押し込むと、引き戸のように人が通れる大きさに壁が横に引き込まれる。
「こんな仕掛けが……。」
ノアが驚きの声を上げる。
城にはこういった仕掛けが無数にあるのだろう。
扉を抜けると、そこも木々が生い茂り、その向こうには建物の屋根が見え隠れする。
確か、皇城は皇帝と皇后、皇子の居城を一番上に頂き、続いて皇妃と幼い皇子、皇女、臣下の順に城壁を跨いで居所が連なっている。城壁を一つ潜ったここは皇妃の住まいがあるはずだ。
勾配のある斜面を降りていくと、次第に豪華な離宮が見えてくる。
「ここは?」
「……。」
若い騎士は何も言わず進んでいくが、私は嫌な予感がして足を止める。
「どうされました?」
若い騎士が振り返り声をかける。
「ここは誰の住まいですか?」
「第二皇妃様です。」
その言葉と共に、木々の影から複数の騎士達が現れる。
若い兵士の姿はもう消えている。私達は騙されたようだ。
剣に手をやると、側の大柄な男が進み出る。
騎士服は帝国の物だが、ルイスの騎士達より装飾が多く華美に作られている。
「仲間を殺されたくなかったら、逆らわないことだ。」
ノアとジャックも剣を手にしているが、多勢に無勢だ。
「一緒に来てもらおうか。」
「どこへ行くのです?」
「来ればわかる。」
騎士達に囲まれ、眼前に広がる第二皇妃の離宮へと連れて行かれる。
離宮の中は恐ろしいほど華美を極めて、眩しさに目が痛いくらいだ。第二皇妃は相当権勢を誇っているらしい。
廊下には豪華な額縁に入った絵画や彫刻が飾られ、その間を歩いて行く。
宝石が埋め込まれた一層豪奢な扉の前で立ち止まる。
――この扉だけで、あの道端にいた子どもが何人救えるだろう。
騎士が私の剣を取り上げようとするので、手で阻むと後ろでノアの呻き声がする。振り返るとノアが騎士に組み伏せられて膝をついている。
「分かったわ、剣を渡します。」
私が剣を差し出すと、ノアとジャックも剣を取り上げられる。
「連れていけ。」
ノアとジャックは騎士達に連れられて行ってしまう。
豪奢な扉が開かれ、私は背中を押されて部屋の中に入る。部屋の中も所狭しと調度品が置かれ、もはや言葉もない。
奥のソファには派手な年配の女性と、華美な騎士服を身につけた男が向かい合って座っている。
――あんな装飾だらけの服では戦うのに邪魔だわ。
「あぁ、やっと来たな。母上、ランバス国王女クロエですよ。」
男は足を組み優雅に紅茶を飲みながら、私を見て、そして女性に笑いかける。
――この男が第二皇子のジェイデン、女性は彼の母、第二皇妃ね。
ジェイデンは体が細く、とても剣を振り回せる様には見えない。口元を歪めた笑い方が皇帝によく似ている。
「まぁ、あなたがクロエなの。陛下が執心していたのも分かるわね。私は皇妃バリエ、この子はジェイデン皇子よ。さあ、こちらへいらっしゃい。」
また騎士に背中を押されて前に出る。
「どうして騎士服など着ているの?ルイスの趣味なのかしら?」
第二皇妃は猫目を細めて楽しそうに甲高い声を立てる。ドレスはサテンを何重にも重ね、いくつも重そうな宝石を着けている。化粧はかなり塗り込まれ、香水の匂いが鼻につく。
皇帝が死んだことを悲しんでいるようには見えない。
「彼女は女だてらに騎士の訓練を受けているそうですよ。」
「そうなの。着飾ったらさぞ男を魅了しそうなのにね。」
第二皇妃は立ち上がると、私の側に来て長い爪で私の顔をなぞる。香水の匂いがきつくて思わず顔を顰めると、頬に痛みが走る。爪で引っ掻かれたようだ。
「つい傷を付けたくなってしまうわね。」
「母上、そのくらいに。彼女は一応人質ですので。」
「そうだったわね。」
また第二皇妃は楽しそうに笑い、声が部屋に響き渡る。
「全く、父上を殺すなんてルイスも馬鹿なことをしでかしたものだ。だが私にとっては好都合だな。これで邪魔者がまとめて消えてくれる。」
「ルイス様はどこにおられるのですか?」
「今は城に篭って援軍を待っているのだろう。」
城を出てきてしまった自分を責めるが、配下に裏切られているのに気づかないルイスも悪い。
「なぜ私を連れ出したのです?」
「お前は連合国軍の人質らしいじゃないか。これからはせいぜい私の役に立ってもらおう。」
私が連合国軍の人質だという事も、ジェイデンに洩れている。
「連合国軍が来れば勝ち目はありませんよ。」
「私にも援軍が来る。連合国軍など敵ではない。」
「援軍?誰が来るのですか?」
「部屋へ案内して丁重におもてなししろ。」
ジェイデンは質問には答えず、私は侍女に連れられて部屋を出る。
ノアとジャックがどこにいるのか聞いたが答えはない。
一階の簡素な部屋に案内され、中を見回すと窓には格子がはめられて囚人用の部屋のようだ。窓から外を覗くと巡回の騎士が歩き回り、その他は静かだ。鉄の格子に手をやるがビクともしない。
――ルイス様は籠城することに決めたのだろうか。
間も無く、昼ごはんが運ばれて来る。
ルイスの母に毒を盛ったのは第二皇妃かもしれないと思うと食べるのを躊躇う。
――ルイス様は後宮には手を出さなかったのね。女に甘いのが裏目に出たわ。
部屋が変わっただけで監禁状態は変わらない。何か武器になりそうなものはないか部屋を探すが、流石に何も見つからない。
キラッと光ったような気がして窓を見ていると、またキラッと鋭い光が当たる。
なんだろうと窓に寄ると、目に眩しい光が当たり思わず目を細める。
外の植木の中から何かがキラキラ光っている。よく見ようとするが分からない。
その後すぐに光は消えてしまい、再び現れることはなかった。
やがて夜ご飯が運び込まれ、少しだけ食べる。侍女達は話しかけても何も答えない。よく教育されている。
お風呂と着替えも用意され、お風呂だけ入り、着替えは騎士服のままで過ごす。
ベッドに入るが、これからの事を思うと眠れない。
――ノアとジャックは無事だろうか?
私に付いてきてくれたばかりに、危険な目にあわせてしまっている。私が守るべき人が結局、誰も守れていない。
布団の中で丸まり目を瞑る。
キィと音がしたような気がして布団から顔を出すと、窓から黒い影が入ってくる。
驚いて見ていると、「しっ!」と口に指を立て、屈みながらこちらに近づいてくる。
「クロエ、助けに来た。」
黒尽くめで顔も隠しているが、暗闇でも銀色の目が光っている。
私は急いでベッドから出て、ルイスの側へ行く。
「ルイス様ですか?」
「そうだ。怪我はないか?」
「はい。」
――なぜルイス様自ら?格子は?
格子を見ると外されているのか窓の外は何もない。
「逃げるぞ。」
「待ってください。ノアとジャックも捕まっているんです。」
「二人は解放されて戻っている。彼らからここを聞いたんだ。」
「二人とも無事なんですね?良かった。」
窓から外を覗き誰もいないことを確認すると、ルイスは音もなく外へと出て行く。私も続いて窓枠を乗り越えようとすると、ルイスに腰を持ち上げられて窓の外に下ろされる。
女の子扱いされるのは久しぶりなので恥ずかしい。
窓の外には兵士が二人倒れている。
ルイスは素早く窓を閉め格子を取り付けると、手で合図し身を屈めて近くの植え込みに入る。そして、自分の頭の布を外すと私の頭に被せてくる。金髪は月明かりでも目立つからだろう。私は一つに括った髪を布で覆い一纏めにする。ルイスの髪は黒色なので夜の闇に紛れている。
また手で合図し、ルイスが植え込みに隠れながら走って行くので、慌てて私も身を屈めて後に続く。
迷路のような植え込みを走り抜けると、天使の彫像の前でルイスが突然止まるので、思わず背中に顔をぶつけてしまう。
「痛っ。」
「しっ!」
ルイスは口に指を当てて私を見るので、私は大きく頷く。
彫像の台座の後ろを覗き込むと、ルイスは手を伸ばす。カチッと何かが合う音がして、台座の横部分の石が四角くズレる。ルイスはそれを持ち上げて外すと、中は人一人通れるほどの空洞になっている。
ルイスが中を指し示し、入れと合図する。
中を覗き込むと、底も見えない深淵が広がっている。その暗闇にあの日の情景が重なる。
混乱の中、逃げ惑い閉じ込められた暗闇――
私が動けずにいるのを見て、ルイスは音も無く体をするりと中に滑り込ませると私に手を伸ばす。ルイスが身を屈めているので、底はそんなに深くないようだ。
私はルイスの手を取り足から中に入る。頭が天井に着き、立ち上がることはできないのでしゃがみこむ。真っ暗だと思っていたけれど、奥には灯りがチラチラと揺れている。
ルイスは台座の石を嵌め直すと、「こっちだ。」と身を屈めながら灯りの方に歩いていく。
次第に天井が高くなり、腰を曲げなくても歩けるようになる。
灯りの元へ行くと松明が壁にかけてあった。
それを取るとルイスは更に奥へと進んでいく。
灯りはすぐ前しか照らし出さないが、ルイスはその先の暗闇を突き進む。時折右に曲がり、左に曲がり、まるで迷路のような地下通路を迷いなくルイスは進んで行くので、私も足早にその背中を追う。
「道を覚えているのですか?」
「壁に印が付けてある。」
そういえばルイスは時折、左手を壁に付けながら歩いている。石が積まれた壁を見ても何が印になっているのか私には分からない。
「あっ!」
足を取られて転びそうになるが、足元が暗くて見えない。
「どうした?」
「何かに躓きそうになって。」
「足元はあまり見るな。俺の背中だけを追うんだ。」
「はい。」
ルイスの広い背中を見つめる。しばらく進むと水の音が聞こえてくる。
「ここから水路に沿って歩く。滑るから気をつけろ。もし水に落ちたら、……もう戻れないからな。」
「はい……。」
激しく流れる水路横の石畳の道をゆっくり進む。
帝国の地下通路は想像以上に広く張り巡らされている。
「出口まではどのくらいですか?」
「もう少しかかる。……まだ歩けるか?」
「はい。大丈夫です。」
水音と共に生臭い匂いが漂う。
さっきから足を踏みしめる度に何かを踏む。硬かったり柔らかかったり。足元が見えないため、何か確認できないが、良いものではないと感じる。
「ここには、よく来るのですか?」
澱みない足取りのルイスに何気なく聞いてしまうが、こんな所によく来る訳がないと思い直す。
「……そんなはずがありませんよね。」
「……子どもの時に、ここに閉じ込められたことがある。三日間彷徨ってやっと出口を見つけられた。」
「三日間も?」
「この地下通路は深く入り組み、帝都の地下にまで張り巡らされている。俺が出口を見つけられたのはほんの偶然だった。助かってから俺はこの地下通路を隈なく調べ、地図は全て頭に入っている。」
「誰がルイス様をこんな所に閉じ込めたのですか?」
「その時は分からなかったが、調べたら第二皇妃の手下だった。俺の存在が疎ましかったんだろう。」
――子どもをこんな恐ろしい所に閉じ込めるなんて。
第二王皇妃の非情さに身の毛がよだつ。
それにしても、ようやく出られたのに、また戻ってこの通路を調べ上げるとは、ルイスの胆力にも驚く。
左に折れて水路を離れると細く長い階段が上へと続いている。
「もう少しだ。」
「はい。」
階段を登り切り右に進むと突き当たりに四角い光が漏れている。ルイスが光の右上部をトントンと叩くと、壁が扉のように向こう側に開き、目の前に光が溢れる。
そこはもう城の中のようだ。薄暗い廊下に月の光が差している。
ルイスが閉めると、木の細工模様が噛み合い、境目があったのがまるで分からない。
「助けていただき、ありがとうございました。」
「いや、……すまなかった。護衛の中に内通者がいたようだ。何かされなかったか?」
聞きながら、ルイスは私の頬の傷を親指で触れる。
「これくらい大丈夫です。」
私が笑ってみせると、ルイスは顔を歪めて先に行ってしまう。
私が付いてこないのでルイスが振り返り声をかけた。
「行くぞ。」
「はい。」




