11. ガブリエル皇子
もうガブリエルの姿は見えない。
私達は皇城へ入って行く。
至る所に騎士の遺体が転がる中、廊下を奥へと進んでいく。
前の生の光景を思い出しそうになるが、頭を振ってそれを振り払う。
時折、騎士に会うが、みんな腕に青い布を巻いていて、皇城はルイスの軍に制圧されているようだ。
ルイスは謁見の間にいると聞き、扉の前に着くとガブリエルと一緒にいた騎士を見つける。
――この中にルイスとガブリエルがいるのね。
「ルイス皇子にお会いしたいのですが。」
扉の前の騎士は私の姿をジロジロ見ている。よく考えるとスカートは短く、その下にズボンを履き剣を下げて、かなり怪しい。
「待ってろ。」
騎士は扉の中に話しかけているが、しばらくすると扉が開けられる。
「入れ。」
ノアとジャックには扉の前にいてもらい、私だけ中へと入る。
謁見の間には重臣達だろう遺体があちこちに転がり、奥にルイスとガブリエルが向かい合って立っているのが見える。
「なぜ戻ってきたんだ?」
ルイスは私を横目で見ながら聞いてくる。
「ガブリエル皇子に襲撃されましたので、ソフィ皇女だけ逃げていただきました。」
私の言葉にルイスがガブリエルを見る。
「ソフィを捕まえに行ったのですか?」
「ああ、危険だからな。」
「兄上に守ってもらわなくても、手筈は整えていました。」
「そうらしいな。」
二人の言葉に違和感を覚える。
――ソフィを守ろうとした?
よく見ると二人の足元に横たわるのは皇帝だ。二人は気にした様子もない。
「お二人は仲間なのですか?」
「仲間ではない。こいつが勝手にしたことだ。」
ガブリエルがルイスを睨むように見る。
「私が終わらせないと誰がするのです。」
「お前は優秀だと思っていたが、まさか帝国を滅ぼそうと考えるとはな。」
「私ができるのはここまでです。後は兄上にお任せします。」
「俺に後を引き継げと?」
「そうです。」
――ますます分からない。二人は反目しあっていたはずでは?
「まったく。……連合国軍はいつ来る?」
「明後日には着くでしょう。」
「それまでに後片付けが必要だな。」
ガブリエルが部屋の中を見回す。動くものは誰もいない。
「お前は守る必要もなかったな。」
ガブリエルが私を見て言う。
「私を守る?」
「皇帝に目をつけられたら終わりだったぞ。」
――昨日のこの入り口でのやりとりはそういうことだったのか。皇帝が先に出てきていたら……。
「では、中庭で殺そうとしたのは?」
「本気ならとうに死んでいる。」
先ほどの手合わせは、手加減してくれていたらしい。
「先程、ジェイデンが戻ってくると連絡があった。」
ガブリエルの言葉にルイスは険しい表情に変わる。
「もう?連合国軍より早くですか?」
「恐らくそうなるだろう。あいつは勘だけは鋭いからな。今頃は小隊で早馬を駆けてるだろう。」
「では、迎え撃つ準備を。」
「うむ。残った重臣を集めろ!」
ガブリエルが言うと、騎士達が伝令を受けて部屋を出て行く。
「クロエは俺の部屋で大人しくしていろ。」
ルイスが銀色の瞳を私を向ける。
「クロエ?お前はもしかして、……ランバス国の王女か?」
ガブリエルも私を知っているらしい。
「……私も戦います。」
「クロエは人質だ。俺の母の命もかかっている。死なせる訳にはいかない。」
「私がもし死んでも、ルイス様のお母様の命を脅かすことは決してありません。ご安心ください。」
「でも駄目だ。女を戦わせる訳にはいかない。」
私がガブリエルに視線を送ると 、ガブリエルはニヤリと笑う。
「クロエはなかなか強いぞ。私の剣を全て受け止めていた。」
「何をしたのです……?だが、クロエは決して戦わせません。彼女を俺の部屋へ連れて行け!」
ルイスが命じると、小柄な若い騎士が走って来る。
「どうぞこちらへ。」
私では足手まといだということだろう。
若い騎士に連れられ謁見の間を出ると、ノアとジャックがこちらにやってくる。
「クロエ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。ルイス皇子の部屋に行くことになったわ。」
「ルイス皇子の?」
「どうぞ、ご案内します。」
若い騎士の後について廊下を歩いて行く。
「あの、ジェイデンとは第二皇子のことですか?」
「そうです。」
若い騎士は後ろを向くことなく答える。
やはり第二皇子が帰って来るのか。あの二人の話し方からして第二皇子とは敵対しているようだ。
皇城の奥まった所にあるルイスの部屋に案内される。
用意してもらった薬でノアの傷の手当てをすると、それほど深い傷ではなく薬を塗って包帯を巻く。
「第二皇子が戻って来るそうよ。迎え撃つ準備をしているわ。」
「第二皇子は評判が良くないな。でも、次期皇帝候補だったらしいぞ。多分第二皇妃の実家の力だろう。」
ジャックは情報収集もしていたようだ。
「私はこの部屋から出られないわね。」
部屋の前には騎士が見張っている。人質としてここで大人しくしているしかなさそうだ。
もう夜も更けて、ノアとジャックも用意された部屋へ休みに行く。ルイスのベッドで寝る訳にもいかず、ソファに横になりながら仮眠をとる。
よほど疲れていたのか、すぐに眠りに落ち、気がつくと部屋が明るくなり始めている。
窓から外を見るが、異常はないようだ。
侍女が朝食と着替えのドレスを運んできてくれるが、代えの騎士服を頼み、着替える。
ルイスは昨晩、部屋へ戻ってこなかったようだ。
ノックがあり、ノアとジャックが入ってくる。
「ノア、怪我の具合はどう?」
「もう大丈夫だ。」
「でも無理はしないでね。」
「わかってるよ。」
ノアはバツの悪そうな顔をする。
「そういえば、ジャックはどうして騎士になったの?」
ノアの足の包帯を替えながら、ふと疑問に思ったことを聞く。
「俺は親父が騎士だったから、小さい頃から俺も騎士になるって決めてたんだ。」
「そうなのね。お父様は今はどうされているの?」
「もう引退して鍛冶屋で働いてるよ。」
「そう、それは良かったわ。」
ジャックも初めて会った時より随分と落ち着きが出てきた。
「……ところで、私のことが外国に知れ渡っているみたいなの。」
ノアとジャックは顔を見合わせ、二人とも微妙な顔をしている。
「イーサン王子もルイス皇子も私のことを知っていたから。」
「そりゃあ、求婚の使者が絶え間なく来てれば、分かるだろう?」
「求婚?」
「知らなかったのか?」
「何も聞いていないわ。」
父から一言も聞いたことがない。
今回の生では婚約もしていないので、政略結婚の対象になっているようだ。
――それなら納得ね。ランバス国と繋がりを持ちたい国は多いだろうから。
しかし今は情勢が不安定だ。父もそれを考えて誰とも婚約には至っていないのかもしれない。
いつかは私も誰かと結婚しなければならないだろう。それは愛の無い政略結婚だが、今の自分にはそれがいい。
――――――
翌日の早朝、外の騒がしさに窓から覗くと騎士が武器を持ち行き交っている。
「第二皇子が帰ってきたのか?」
「そうらしいわね。」
騎士の腕を見ると青の布を巻いている者と、赤の布を巻いている者がいる。赤は第一皇子の騎士だろうか。
私も青い布を渡され腕に巻いている。
「第二皇子の兵力はどれくらいなのかしら?」
「第一皇子と同じくらいじゃないのか? 皇帝は二人に命じて各国を侵略させていたらしい。」
「では、第一皇子と第三皇子の兵力で対抗できるわね。」
「その前に連合国軍が来てくれればいいな。」
次第に怒号が大きくなって来る。もしかして城門が破られたのだろうか?
「このままここにいるのか?」
ジャックの言葉に迷いが出る。
その時、扉がノックされる。
ジャックが扉を開けるとこの間の若い騎士が立っている。
「城に火が放たれました。ここは危険ですので安全な場所へご案内します。」
「第二皇子が帝都に戻ってきたのですか?」
「はい。」
私達三人は若い騎士に連れられ急足で廊下を進む。辺りは薄ら煙が漂い、きな臭い匂いに満ちていた。




