10. ソフィ皇女
「どのような話し合いがあったのか、話してくださいますか?」
ソフィの部屋へと戻り、ソファに座るとすぐに話を切り出す。
「父はタルク国に連合国軍が着いたことをご存知で、それなのに属国の条約が結ばれたことがおかしいと疑われていました。」
――確かに連合国軍と戦闘にならず帰れたのはおかしい。
「ルイス様はなんと?」
「連合国軍が着く前に出発したと言っていました。条約は本物だと。なぜか、ガブリエルお兄様もそう証言されて。父は恐らく、ルイスお兄様のことを信じたと思います。」
「それなら良かったです。ガブリエルというのは第一皇子ですか?」
「そうです。後、ルイスお兄様がガブリエルお兄様に、カナラ国を取り戻さずになぜ帰って来たのかと言うと、ガブリエルお兄様は怒って出て行ってしまわれました。」
「第二皇子はまだカナラ国にいるのですか?」
「いいえ、西に連合国軍がまた集結しているという報告が入って、そちらに向かったそうです。」
――それは多分、陽動作戦の情報が上手く功を奏しているようね。
「ソフィ様は、いつもあの様に呼び出されるのですか?」
「ええ、ガブリエルお兄様は、私を度々呼び出しては監禁するのです。」
――衛兵の言った通り、第一皇子と第三皇子の仲は良くないのね。
「明日の夜、作戦決行だそうです。狼煙が上がったらすぐに迎えを来させるから、その者と逃げるようにと言われました。」
――これでやっと帝国が滅び平和が訪れるかもしれない……。
前とはあまりにも違う世界に戸惑いはある。
――ランバス国がレナン国と同盟を結び、帝国の支配下に入らなかったことが影響したの?
翌日、ノアとジャックには交代の護衛を用意してもらい、仮眠してもらうように手配した。私も寝られたらいいが、緊張でとても眠れない。
やがて日が暮れ、辺りは暗くなってくる。
ソフィと夕食を取ると、侍女服の中に騎士服を着込み、ノアに調達してもらった剣を腰に下げ、その時を待つ。
「静かですね。」
「ええ。」
二人とも言葉少なだ。
「あの、クロエ様はどうして戦われるのですか?」
「私は、ただ、大切な人を守りたいのです。」
「あなたが戦わなくても、皆があなたのために戦うでしょう。」
同じ王女という立場のソフィが言うことはよくわかる。私もあの日を経験しなければ、そう思っていた。
「それに見合うものが私にあるのか自信がないのです。」
「あなたは大国の王女ですし、比類なき美しさを持っているではないですか。」
「それは、私が培ったものではありませんし、それに、……一人の人に愛されなければ、美しさなど意味がありません。」
「一人の人って?」
「……昔のことです。」
「あなたは今幾つなのですか?」
「十六歳です。」
「まだ十六歳なのに昔の事なのですか?」
二度目なので前の生を足すとソフィよりも歳をとっていることになる。
「ソフィ様は思う方はおられるのですか?」
「私は、まもなく十八歳になったら政略結婚をさせられる予定でした。この珍しい目のせいで。でももうその話も無くなるでしょう。」
――本来ならそうなはず。王女が自分の思う相手と結婚できるはずがない。
「ルイスお兄様は頑なに結婚を拒んできました。恐らく、この計画をずっと考えていたからでしょう。」
「ルイス様はおいくつなのですか?」
「今年で二十三歳になります。」
「あなた方は皇帝を憎んでいるのですね?」
「ええ、……父は誰も心から愛せない人です。母が毒を盛られた時も何もしてくれませんでした。兄が手を尽くしてなんとか命は取り留めましたが。」
――皇帝は噂通り血も涙もない男ね。自分の妻の命も顧みないなんて。そんな男がどうして私の結婚式に来ていたのだろう……。
その時、外が急に騒がしくなる。
窓から外を覗くと月明かりの元、篝火が灯り慌ただしく動き回る人影が見える。
「動きがあったようですね。」
ノックがあり、急いでドアに近づく。
「皇女様、迎えの者が来ています。」
ノアの声がしてドアを開けると、侍従の服を着た男が五人立っている。
「皇女様、ルイス様の命で迎えに参りました。」
「ええ、行きましょう。」
侍従に従い部屋を出て廊下を進む。既に離宮の中も侍女が慌ただしく行き交い混乱している。
ノアとジャックも後ろから付いて、その腕には青い布が巻かれている。それがルイスの配下の目印なのだろう。
離宮から出ると庭園を足早に横切って行く。すると後方から近づいて来る複数の足音が聞こえる。
振り返ると騎士が幾人もこちらに駆けてきて、すぐに周りを囲まれてしまう。
「なんです!私が誰だか分かっているのですか?」
「もちろんだ。」
騎士の後方からガブリエルが歩み出てくる。
「一体、どこへ行くつもりだ?ソフィ。」
「ガブリエルお兄様、どうしてここへ?」
「お前を捕まえるために決まっているだろう。」
「私を?なぜです?」
「どこまでシラを切るんだ?ルイスが父上を殺してくれたよ。あいつはこれで反逆者だ。お前を連れて行って、あいつの目の前で見せしめにしてやる。」
騎士の一人がソフィへ手を伸ばすと、侍従の一人が剣を抜き騎士に対して構える。侍従の格好をしているが身のこなしから騎士なのだろう。
「ほぉ、面白い。逆らうのか。」
騎士たちも剣を構える。数では圧倒的にこちらが不利だ。
「わかりました。その代わり、この者たちは逃がしてください。」
「皇女様!」
「いいだろう。しかし、この侍女は連れて行く。あいつのお気に入りも目の前で壊してやろう。」
ガブリエルはニヤリと笑い、私の腕を掴むと引き寄せる。掴まれた腕が痛い。相当、怒りが溜まっているのだろう。
「その者は駄目です!」
「はは、よっぽどお気に入りのようだな。あいつの顔が歪むのを見るのが楽しみだ。」
騎士が再び皇女へ腕を伸ばすが、侍従が剣を閃かせる。
「皇女様、ここは我々に任せてお逃げください。」
皇女に言うと侍従の一人が騎士に斬りかかる。それをきっかけに騎士達もこちらへ切り掛かって来る。
私も剣を抜くと、驚いたようにガブリエルが私の腕を離す。その右腕に斬りつけ、次いで足を狙うが、別の騎士が来てそれを阻む。
目の端に侍従の一人が皇女を連れて逃げるのが見える。しかし、すぐに騎士に追いつかれ、皇女を守りながら応戦している。
ノアとジャックも剣で立ち回っているが、相手の数が多い。私も侍女服のスカートが足に絡まり、次第に息が上がってくる。
「ほぉ、なかなかやるな。」
ガブリエルも剣を抜くと、私に斬りかかってくる。さすが第一皇子、剣裁きが鮮やかで早い。応戦するのがやっとで、気を抜くと一瞬でやられてしまうだろう。
「俺の剣についてくるとは、気に入った。」
剣で押し合いながら顔を近づけてくる。私は睨み返すが、ガブリエルは余裕の表情だ。
剣で押され後ろに下がる。その隙に私は剣で侍女服に切り込みを入れ、膝上で破り捨てる。下には騎士服のズボンを履いている。これで動きやすくなるだろう。
「ますます気に入った。」
ガブリエルは面白そうに笑いながら剣を構え向かってくる。力では打ち負ける。早く勝負をつけなければ。でも一部の隙もない。
ノアとジャックも心配だが、とてもそちらを見る余裕もない。
何度も重い剣を交え、受ける。もう手が痺れて感覚がない。
私は力を抜き、剣を下ろす。
相手の剣が閃き私の首元に来る瞬間、身を屈めガブリエルの背後に周り、剣先を背中から心臓に突き当てる。
「みんな動くな!動けば皇子を殺す!」
みんながこちらを見て動きを止める。
皇子のシャツには剣の先があたり血が滲んでいる。
「一体どうするつもりだ。皇帝を殺してもこの国は手に入らないぞ。」
ガブリエルは刃を当てられていても口調は変わらない。
「帝国は滅びる。」
「滅びる?……そうか、連合国軍と手を組んだのか。」
ガブリエルは頭も悪くないようだ。なぜ皇太子になれなかったのか。
「それで?これからどうする?」
ガブリエルはまた楽しそうに話し余裕さえ感じる。
「皇女、今のうちにお逃げください!」
「でも、」
「早く!」
皇女は何か言おうとしたが、侍従は傷つきながらも皇女を連れて足早に庭園から去って行く。
それを見送り、しばらくすると私は剣を下ろす。
「ガブリエル皇子、ではルイス皇子の元へ行きましょう。」
ガブリエルは振り返り、目を細めて首を傾げる。
「俺を殺さないのか?」
「元より殺されるつもりはなかったでしょう?」
あの時、私の首元に来る前に剣を止めていた。私が後ろに回ったのも防げたはずだ。
「いいだろう。俺も帝国の最後を見届けてやる。」
ガブリエルは、さも面白そうに笑うと、さっさと歩いて行ってしまう。
私はノアとジャックを探すと、二人ともなんとか無事なようだ。ジャックがノアに肩を貸している。
「ノア、大丈夫?」
ノアは右足から血を流し引きずっている。
「俺は足でまといだ。置いて行ってくれ。」
「何言っているの?置いていけるわけないでしょ。」
私はスカートを更に切って、ノアの怪我にキツく巻き付ける。
「うっ!」
「痛いけど止血するためなの。我慢してね。」
「痛くない。」
「痩せ我慢しやがって。」
ジャックは苦痛に歪めるノアの顔を見て苦笑した。




