チートな引きこもり
どうやって引きこもるかしか頭に無い引きこもりが、なんか引きこもりに偶然成功してしまう話。
「…………」
俺は今、なんか役場っぽい所にいる。
経緯を説明すると、俺は引きこもりだ。
何かイジメとか受けて、世間が怖くなって……とかではない。
就職に失敗したってのを理由にして、働くのが面倒だから実家に寄生していただけだ。
だがある日に実家の俺以外の全員がちょっとの金と「いい加減自立しろ」と書かれた手紙を置いて出ていき、それでも何もせず引きこもって餓死した。
餓死したはずだったんだ。
なのに何故か、今は変な所にいる。
近くを通りすがった職員っぽい人に質問してみたのだが、その返答が意味わからん。
「死者本人が転生する手続きをするための場所」だとか。
それで「そう言うのは神みたいな上位存在と面接みたいにするものでは?」なんて質問を重ねてみたが「それはVIPだけ。一般人は自力で手続きするの」と返されただけだった。
それでいつまでもボーッとしてるのも何だから窓口に行ってみたが、そこでも説明が始まった。
「生前の言動から算出された転生ポイントを使って、転生先の希望と体質を記入して下さい」
なんか凄いことを言われた気がする。
トンデモセリフに面食らって動悸がしている内に、窓口の職員は幾つかの資料を渡してきた。
「あなたの所持ポイントと、転生希望記入表と、使用ポイント併記の体質リストです。 あちらの机で記入してきて下さいね」
窓口から追い出され、言われた通りに机の前まで来る。
「…………」
無言で渡されたものを確認する。
転生先の希望はいっぱいある。 具体的な世界名を記入しても良いし、大雑把な「こんな感じの世界」と書けば役場が見繕ってくれるらしいし、人間以外にも動物とか自我のあるAIとかも選べる。
生まれかたも選べて、普通に出産されるとか指定年齢位で自然発生的に突如現れるとかも。
生前の記憶を引き継ぐかどうかと、引き継ぐとして何歳で思い出すか……とか。
色々項目があるが、やはり良い生活が得られそうなのは転生ポイントが高い。
次は体質リストを確認する。
なぜスキルじゃなくて体質なのかと言えば「ゲームみたいなステータスで管理されている世界ばかりじゃないからですよ」とまた近くを歩いていた職員さんっぽい人から聞いた。
なので「転生したい先の世界で使える・使えない体質がありますので、体質の注意書きはしっかり目を通して下さいね」だそうだ。
それは分かったが…………。
「少ない……」
体質で要求されるポイントの相場と比べて、俺の転生ポイントへの素直な感想である。
転生先の希望と便利そうな細かい体質をいくつか書いて、それだけで終わりになる。
「ならばここはいっそ……1点豪華主義と、ゴネ倒しか」
そう決めて、ゴネたい部分以外の記入を終えて、再び窓口へ。
「書けましたか?」
なんて呑気に言われたが、ここからは俺の引きこもりゴネゴネタイムだぜ!
「…………分かりました」
窓口の職員の表情が消えている。
正確には俺がゴネ始めた瞬間から迷惑客だと察知したようで、対応が急に塩になって表情が消えた。
迷惑客用の対応に切り替えたらしい。
「記憶引き継ぎと、あなたに悪影響がある周辺のものを自然吸収して浄化して放出する空気清浄の体質だけを入手したいお話は分かりました」
これは転生ポイント内で選択したのである。
「ですが、一生壊れないし買い物不要で食べ物飲み物が補充されたりネットが出来る一軒家とか欲しい。 と言うのは転生ポイント的に過ぎた願いですよね?」
ですよねー。
分かる。 分かるんだ。 でも。
「自分じゃ転生ポイントがまるで足りていない無茶なお願いだと分かっています!
でも筋金入りの引きこもりである俺には、転生自体が高いハードルなんです。
だから安心して死ぬまで引きこもれる安全な家が欲しいんです!」
これは切実なんだ。
転生しないで消えたいと言ったのだが、そんなサービスはやってないの一点張りだ。
ここは譲れないとして、真剣に語ると窓口の職員は頭を抱えた。
それからしばらく。 職員が「少し待ってて」と言って窓口から離れた。
「よかったですね。 条件付きで認められました」
なんて言いながら職員が帰ってきた。
「条件ですが、希望の転生先をこちらの指定する世界へ変更するのと、生まれかたや容姿等もこちらが指定させて頂きます。
それで引きこもり開始まで何年か時間が必要で、家の中は安全でも、引きこもり先は一歩でも外に出れば命の保証が無い、危険な場所になる事。
これを受け入れて下されば、特例で認めてくれるそうです」
「引き込もれるなら、引き込もり先が安全なら外なんてどうでも良いです!」
俺、即答。
〜〜〜〜〜〜
転生した先は、ド田舎村の特殊な家系だった。
なにやら村の外れにある遺跡型ダンジョン(そう、ファンタジーなダンジョンがある世界だった)の封印を維持管理している家系。
そこに生まれた俺は完全に没個性のザ・モブな容姿で、かなりチヤホヤされながら育った。
どれだけ寝転がって家の手伝いをしなくても、何も言われない。
家の中にあった開かずの間とやらだけは扉に厳重に鎖が巻かれていて入れなかったが、そこ以外はどこに行っても何も言われない。
食事はしっかり保証されていて、食いっぱぐれる事もなかった。
こりゃあ良いやと、引き込もりに近い生活を送っていた。
…………6歳の誕生日までは。
6歳になった途端に特別なお祝いをするからと、開かずの間の奥へ通された。
するとそこにはなんか魔法陣が床にあって、それを前にして家族からの長い話が始まった。
要約すれば、6歳まで好き放題させていたのは、ダンジョンの生贄にする為だと。
ダンジョンには外へ漏れるほど濃密な瘴気が延々溢れて来たそうだ。
その瘴気は人の心身にひたすら悪影響を及ぼし、瘴気にやられた人が死ぬとアンデッドなモンスターとなって暴れ回るようになる。
そんなヤベーダンジョンの入り口を封印し続けるには、定期的に封印を施したダンジョンの奥底に描いた魔法陣へ、封印に使った血筋の命を捧げる必要があるとか。
それで生まれた瞬間から選ばれたのが俺と。
その奥底へ繋がる転移陣が、開かずの間の魔法陣だと。
…………だから転生ポイントが足りてない無茶振りを条件付きで許したのか。 と察したが、もう遅い。
俺は強引に転移陣へ突き飛ばされた。
〜〜〜〜〜〜
30年後。
俺はどっこい生きている。
転移した直後に目にしたもの。 それはダンジョンの奥底には引きこもりが出来る、立派な家だった。
そこへ一目散に逃げ込んで、俺はそのまま悠々自適な生活へ突入した。
なにせ俺が得た体質が活きた。
引きこもって家の窓とかを閉め切っていても呼吸困難とか体の垢とかカビ菌とか腐臭とかに悩まされない様に……程度の考えで記入した浄化体質で、ダンジョン内の瘴気を浄化し尽くしたから。
瘴気の発生源は家の地下にあって、家の中で引きこもっているだけで、少しずつ少しずつ発生源が浄化されていったのだ。
だがその途中で俺が死ななかったのでダンジョンの封印が薄れて解かれ、村が騒然となったらしい。
慌てて開かずの間から家族が転移してきてみれば、とっくに死んでいておかしくないはずの息子が謎の家でのんびり引きこもってる。
それ以前に奥底なのに、瘴気の発生源の近くなのに、瘴気が全く無い事に驚かれた。
この現象の説明を求められた時に、この体質を素直に答えたら他の似たようなダンジョンを転々と移動させられると思い至ってしまう俺。
なのでこの浄化されているのは、自分がこのダンジョンへ転移してから気付いた、瘴気の発生源を自力で封印する力の影響だと説明した。
そしてこの家の無限に出る水が、わずかな浄化能力を持っているのを知って、がぶ飲みして耐えている内に、この辺の瘴気が時間で薄まっていただけだろうと騙ったら納得してくれた。
なので俺は今でもここで、蓋が取れて再び瘴気が出てこないようにする封印維持装置として、引きこもれている。
引きこもる事が仕事になる今の生活、サイコーー!!
ダンジョン探索者「あ、ども。 あなたがダンジョンマスターですか?」
なお引きこもりには成功したものの、ファンタジー的な無限に怪物が発生する系のダンジョンである事には変わりないので、ダンジョンから得られる物を求めて探索者が訪れる模様。
そしてこのダンジョンの底に引きこもりがいるので、ダンジョンの底である事を確認する為に、探索者が引きこもりの家に顔を出すのでその対応をする必要があって完全には引きこもれていない様子。
もちろんダンジョンの入り口とかその周辺にダンジョンの引きこもりは殺すなと周知されており、命の保証はされている様です。
だって殺しちゃうと瘴気がまた溢れるようになって、ダンジョンが使えなくなるかもしれないから、そりゃあ経済に利を得ている所は殺すなんてトンデモナイと必死よ。