表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/40

第6話 キューティクルは大事

 調査対象を「何故自分たちのハンデが克服できるようになったのか」から「どうすればこの状態を維持できるのか」に切り替えた私たちは、日々のコツコツをした調査の積み重ねで、少しずつ成果を出し始めていた。


「ウーン」


 もう恒例になった私の部屋での作戦会議。私たちは腕を組んで座卓に向かったまま、二人揃って難しい顔をしていた。

 明るいブラウン系の座卓の上には、やや判別し辛いものの、何種類もの糸が縦に並べられていた。


「これではっきりしたわね」

「まあ一応、進展と言ってもいいのかしらね」


 いつになく、今日の唄子の声はどこか疲れた感じがあった。

 それもそのはず。ようやく今日になって、課題にしていた問題に、一応の結論が出せたのであった。

 ここ最近、二人はお互いの接触に関して、どの程度ならば、あの状態になるのかを模索していた。

 まずは触れる面積を減らして実験してみたところ、爪の先ほどの接触でも、あれは確認できた。

 そして、体の部位のあちこちで調べた結果、頭からつま先まで、どの部分でも接触さえしていればいいということが判った。

 また、接触の度合いに関しては、制服越しに触れるという条件ならば、あれは発動していたので、少しずつ生地を厚くして様子を見てみたところ、ある段階で発動しなくなることが判明した。

 これは余談ではあるが、私が冬場に通学で着ているダウンジャケットで試したところ、全くあれは起こらなかった。

 生地の厚さなのか、それとも材質か、はてまた二人を隔てる空気の層の問題なのか、調べることは沢山あれども、そこは一旦保留にしておいて、取り敢えず私たちは材質に着目した。

 つまり制服に使われている素材は、実績があるので合格品に間違いない。

 因みに制服の素材はウールとポリエステルだった。

 私と唄子は手当たり次第に多々ある素材をかき集め、しらみつぶしに試して行った。

 その結果、化学繊維は全滅で、ウール、絹糸は適正。そして、コットンはやや適正という評価となった。


「天然ものなら限界突破できるみたい。植物性より動物性の方が勝ってるみたいだけど」


 私はあの特異な現象のことを「限界突破」と最近は呼んでいた。

 唄子はゲームのやり過ぎと、最初は鼻で笑っていたけれど、適当な呼び方が無いので、いつしか二人の会話には「限界突破」が頻繁に顔を出すようになった。


「コットンは9ミリ、絹糸だったら23ミリ、ウールだったら29ミリ……」


 糸の端を二人で摘まんで調べた結果、その長さなら限界突破を確認できた。


「けっこう細かく調べてみたけど、これじゃあ、いくら隣の席でも使い物にならないよね」

「そうよね。やっぱり理由を付けて机をくっ付けるしかないか……」


 時間をかけて調べたにしてはお粗末な結果に、一旦唄子は残念そうな顔を見せたのだが……。


「あいたっ!」


 突然、頭に鋭い痛みがはしった。

 何の躊躇もなく、唄子は隣に座る私の髪の毛を一本引き抜いていた。


「急に何すんのよ!」

「いいから私の髪の毛も一本抜いてみて」


 言われた通りに艶のある黒髪を一本抜くと、唄子は二人の髪の毛を座卓の上に並べた。


「天然物で動物性。それと採りたてよ」


 唄子はさっき抜いた私の髪の毛の端を指で摘まみ、無言で促す。


「まあ、それはそうなんだろうけど……」


 促されるまま、私は唄子に倣って髪の毛の端を摘まんだ。

 そして触れていた肩を離してみる。


「あれ?」


 肩が離れてしまったのにも拘らず、視界はカラーのままだった。


「唄子。今聴こえてる?」

「うん。さっきまでと同じだわ」


 私たちはお互いの顔を見合わせて、込み上げてくる喜びを確かめ合う。


「やったー!」


 ハイッタッチした二人は、そのまま手を繋いで立ち上がり、跳びあがって喜び合う。


「やった。これってすごいことだよね」

「そうだよ。少なくとも彩夏の髪の長さの範囲なら限界突破していられるのよ」


 そして私たちは、まだ机の上にある唄子の髪の毛に目を向けた。


「ね、ねえ、唄子の髪の方が私の倍くらい長いよね。まださらにいけそうじゃない?」

「そ、そうね。そうかも知れない……」


 丁度窓からの夕日が射し込んで、座卓の上に光を落としている。

 私の目には唄子の髪の毛がキラキラ輝いているように映った。


「行くよ……」

「うん……」


 50センチ以上ありそうな髪の毛の端と端を二人で摘まむと、期待に胸を昂らせながら繋いでいた手を放した。

 すると……。


「きたーっ!」


 ガッツポーズと共に、私は外まで響くほどの声を上げた。


「ホントに? 嘘みたい!」


 夕日に彩られた狭い部屋の中で、どちらからともなく手を取って踊りだす。

 滅茶苦茶な踊りではあったが、歓喜に盛り上がる私たちは、時々座卓の角で脛をぶつけて悲鳴を上げながらも、しばらく踊り続けたのだった。


 そして、約三十分後。


「ウーン、やっぱり私のより唄子の方がいいみたい」


 座卓に並べた二本の髪の毛の前で、私は腕を組んだままそう結論を出した。

 座卓でぶつけた脛を押さえつつ、あれから私は唄子の髪の長さに合わせるように、ショートの自分の髪を結んで同じ長さになるよう調節した。

 同じ条件にしたうえで再確認をしてみたところ、軍配は唄子に上がったのだった。


「ショートを繋いだからかな? それともキューティクルの問題?」

「良く分かんないけど、キューティクルは関係なくない?」


 艶のある唄子の髪の毛を、私は指先で揉むように触ってみる。


「やっぱキューティクルかー……」


 妬みと羨望の入り混じった目で見つめられ、唄子は困ったような顔をしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ