第6話 キューティクルは大事
調査対象を「何故自分たちのハンデが克服できるようになったのか」から「どうすればこの状態を維持できるのか」に切り替えた私たちは、日々のコツコツをした調査の積み重ねで、少しずつ成果を出し始めていた。
「ウーン」
もう恒例になった私の部屋での作戦会議。私たちは腕を組んで座卓に向かったまま、二人揃って難しい顔をしていた。
明るいブラウン系の座卓の上には、やや判別し辛いものの、何種類もの糸が縦に並べられていた。
「これではっきりしたわね」
「まあ一応、進展と言ってもいいのかしらね」
いつになく、今日の唄子の声はどこか疲れた感じがあった。
それもそのはず。ようやく今日になって、課題にしていた問題に、一応の結論が出せたのであった。
ここ最近、二人はお互いの接触に関して、どの程度ならば、あの状態になるのかを模索していた。
まずは触れる面積を減らして実験してみたところ、爪の先ほどの接触でも、あれは確認できた。
そして、体の部位のあちこちで調べた結果、頭からつま先まで、どの部分でも接触さえしていればいいということが判った。
また、接触の度合いに関しては、制服越しに触れるという条件ならば、あれは発動していたので、少しずつ生地を厚くして様子を見てみたところ、ある段階で発動しなくなることが判明した。
これは余談ではあるが、私が冬場に通学で着ているダウンジャケットで試したところ、全くあれは起こらなかった。
生地の厚さなのか、それとも材質か、はてまた二人を隔てる空気の層の問題なのか、調べることは沢山あれども、そこは一旦保留にしておいて、取り敢えず私たちは材質に着目した。
つまり制服に使われている素材は、実績があるので合格品に間違いない。
因みに制服の素材はウールとポリエステルだった。
私と唄子は手当たり次第に多々ある素材をかき集め、しらみつぶしに試して行った。
その結果、化学繊維は全滅で、ウール、絹糸は適正。そして、コットンはやや適正という評価となった。
「天然ものなら限界突破できるみたい。植物性より動物性の方が勝ってるみたいだけど」
私はあの特異な現象のことを「限界突破」と最近は呼んでいた。
唄子はゲームのやり過ぎと、最初は鼻で笑っていたけれど、適当な呼び方が無いので、いつしか二人の会話には「限界突破」が頻繁に顔を出すようになった。
「コットンは9ミリ、絹糸だったら23ミリ、ウールだったら29ミリ……」
糸の端を二人で摘まんで調べた結果、その長さなら限界突破を確認できた。
「けっこう細かく調べてみたけど、これじゃあ、いくら隣の席でも使い物にならないよね」
「そうよね。やっぱり理由を付けて机をくっ付けるしかないか……」
時間をかけて調べたにしてはお粗末な結果に、一旦唄子は残念そうな顔を見せたのだが……。
「あいたっ!」
突然、頭に鋭い痛みがはしった。
何の躊躇もなく、唄子は隣に座る私の髪の毛を一本引き抜いていた。
「急に何すんのよ!」
「いいから私の髪の毛も一本抜いてみて」
言われた通りに艶のある黒髪を一本抜くと、唄子は二人の髪の毛を座卓の上に並べた。
「天然物で動物性。それと採りたてよ」
唄子はさっき抜いた私の髪の毛の端を指で摘まみ、無言で促す。
「まあ、それはそうなんだろうけど……」
促されるまま、私は唄子に倣って髪の毛の端を摘まんだ。
そして触れていた肩を離してみる。
「あれ?」
肩が離れてしまったのにも拘らず、視界はカラーのままだった。
「唄子。今聴こえてる?」
「うん。さっきまでと同じだわ」
私たちはお互いの顔を見合わせて、込み上げてくる喜びを確かめ合う。
「やったー!」
ハイッタッチした二人は、そのまま手を繋いで立ち上がり、跳びあがって喜び合う。
「やった。これってすごいことだよね」
「そうだよ。少なくとも彩夏の髪の長さの範囲なら限界突破していられるのよ」
そして私たちは、まだ机の上にある唄子の髪の毛に目を向けた。
「ね、ねえ、唄子の髪の方が私の倍くらい長いよね。まださらにいけそうじゃない?」
「そ、そうね。そうかも知れない……」
丁度窓からの夕日が射し込んで、座卓の上に光を落としている。
私の目には唄子の髪の毛がキラキラ輝いているように映った。
「行くよ……」
「うん……」
50センチ以上ありそうな髪の毛の端と端を二人で摘まむと、期待に胸を昂らせながら繋いでいた手を放した。
すると……。
「きたーっ!」
ガッツポーズと共に、私は外まで響くほどの声を上げた。
「ホントに? 嘘みたい!」
夕日に彩られた狭い部屋の中で、どちらからともなく手を取って踊りだす。
滅茶苦茶な踊りではあったが、歓喜に盛り上がる私たちは、時々座卓の角で脛をぶつけて悲鳴を上げながらも、しばらく踊り続けたのだった。
そして、約三十分後。
「ウーン、やっぱり私のより唄子の方がいいみたい」
座卓に並べた二本の髪の毛の前で、私は腕を組んだままそう結論を出した。
座卓でぶつけた脛を押さえつつ、あれから私は唄子の髪の長さに合わせるように、ショートの自分の髪を結んで同じ長さになるよう調節した。
同じ条件にしたうえで再確認をしてみたところ、軍配は唄子に上がったのだった。
「ショートを繋いだからかな? それともキューティクルの問題?」
「良く分かんないけど、キューティクルは関係なくない?」
艶のある唄子の髪の毛を、私は指先で揉むように触ってみる。
「やっぱキューティクルかー……」
妬みと羨望の入り混じった目で見つめられ、唄子は困ったような顔をしたのだった。




