第55話 君と、前へ
ちょっと変わった一年生の少女、花山美弥子と部室で分かれた後、私と唄子は発表会の行なわれる講堂へと急いでいた。
「あの子、本気かな」
「どうなんだろうね」
先程ボランティア部への入部を希望した少女について、私もそうだが、唄子もやや懐疑的だった。
時間が無かったので、詳しい話を全く出来ずに部室を出て来たが、彼女はまた後日改めて来ますと言っていた。
もし本当に入部する気なら私たちに後輩ができることになる。
素直に喜ぶべきなのかも知れないが、私たちには秘密がある。
心の準備も何もできていない状態で突然現れた風変わりな少女に、私たちの心は良くも悪くも揺れていた。
「とにかく今は合唱コンクールに集中しよう」
私たちが講堂へ駆け込もうとすると、入り口で担任教師の柴田が待っていた。
「遅いぞ。何やってたんだ」
「すみません。部室でちょっとあって」
講堂の中はお客さんでいっぱいになっていた。
開演ギリギリだったみたいで、私たちが席に着くと、壇上の生徒会長がコンクールの開催を告げた。
「皆さまお待たせしました。これより風ノ巻中学文化祭、恒例の合唱コンクールを始めたいと思います」
まずは一年生の合唱からだ。
拍手が湧いて、壇上に緊張した面持ちの生徒たちが整列していく。
私はその中に、あの前髪ぱっつんの少女の姿を確認して、少しほっとしていた。
「良かった。ちゃんと戻れたんだ」
クラスの出しものに貢献せず自由行動をしていた彼女は、担任に追い回されていた。
相当怒られたに違いないが、合唱には参加できたようだ。
隣に目を向けると、唄子もほっとした顔をしていた。
「一年A組。合唱曲は『時の旅人』です」
クラス代表が合唱曲を紹介すると、音楽の先生が滑らかなピアノを講堂に響かせた。
整列した一年生たちが少し緊張した顔で大きく口を開く。
めぐるめぐる風 めぐる想いにのって
なつかしいあの日に 会いにゆこう
めぐるめぐる風 めぐる想いにのって
ぼくらは 時の 時の旅人
唄子と私は腕が触れあっていることで限界突破している状態だ。
講堂に響く少年少女たちの声に、唄子はじっと耳を傾けている。
やがて、一年A組の合唱が終わり、B組の合唱が始まった。
一年生たちの歌声に耳を傾けつつ、私たち二年A組は合唱の準備を始める。
私は高揚感を持ちながらも、一方で重苦しいものが胸の中にあるのを感じていた。
この舞台で唄子は声を発することは出来ない。
歌を歌うことが大好きな親友が、ただ口をパクパクと動かすために壇上へ上がるのだ。
触れている腕から、唄子の気持ちが流れ込んでくるようだった。
そのうちに、一年B組の合唱が終わり、私たちは舞台へと上がっていった。
そして指定の場所へと並んだ時に、私は唄子の異変に気が付いた。
唄子は大きく目を見開いて、客席の一点を見つめていた。
ここで声を出させるわけにはいかない。
私はぎこちない手話で、唄子に何があったのかを尋ねた。
すると……
お母さんが来てる
唄子は硬い表情のまま、手話で私にそう伝えた。
私は、唄子が見つめている方向に目を凝らす。
すると、客席の中央に、家政婦の美津江さんの姿を見つけることができた。そしてその隣には、壇上の娘に静かな目を向けるスーツを着た女性の姿があった。
あれが唄子のお母さんか……
何度も唄子の家に行ったが、私が彼女にあったのは今日が初めてだった。
触れる腕から唄子の緊張が伝わって来る。
「二年A組。合唱曲は『大切なもの』です」
ピアノの伴奏が始まった。
私は唄子の緊張をすぐ傍で感じながら、大きく口を開いた。
空にひかる星を 君とかぞえた夜
あの日も 今日のような風が吹いていた
あれから いくつもの季節こえて 時を過ごし
それでも あの想いを ずっと忘れることはない
大切なものに 気づかないぼくがいた
今 胸の中にある あたたかい この気持ち
唄子……
ピアノが間奏に入り、私は唄子の様子を窺った。
その横顔は、何もすることの出来ない苦しさでいっぱいだった。
「唄子」
私は唄子の手を強く握り、他の生徒に聞こえないよう小さな声で名前を呼んだ。
そして、無謀だと分かりながらも、苦しむ親友の背中を押した。
「やっちゃえ」
唄子が私の手を強く握り返す。
間奏が終わって生徒たちが再び口を開こうとした時だった。
スウッ
隣で、息を吸い込む音がした。
くじけそうな時は 涙をこらえて
あの日 歌っていた歌を思い出す
講堂に広がったのは誰も聞いたことの無いような美しい歌声だった。
その歌声に驚いたクラスメートの視線が、合唱中であるにも拘らず、唄子に集中する。
がんばれ 負けないで そんな声が聞こえてくる
ほんとに 強い気持ち やさしさを教えてくれた
観客の視線が一人の少女に集まる。
伸びやかに、高らかに、その歌声は全ての人たちを魅了した。
いつか会えたなら ありがとうって言いたい
遠く離れてる君に がんばる ぼくがいると
見て。これが私の親友よ。
私は隣で声を上げつつ、勇気を振り絞って自らに立ち向かう彼女に誇らしさを感じていた。
大切なものに 気づかないぼくがいた
ひとりきりじゃないこと 君が教えてくれた
大切なものを
合唱が終わり、その余韻が観客の拍手へと変わっていく。
大きな一歩を踏み出してしまった私たちは、たくさんの拍手に包まれながら、いつの間にか涙を流していた。
ご読了下さりありがとうございました。
「カラフルな君ともう一度」は大勢の観客の前で、唄子が歌声を響かせたところで前半の物語を終えました。
本当の自分を隠すことの出来なくなった二人のヒロインは、物語の最後に登場した一年生の少女と次の舞台へ向かいます。
新しいヒロインが加わった風ノ巻中ボランティア部は、これからどのような物語を紡いでいくのでしょうか。
宜しければ、また続きを覗きに来て下さい。
感謝を込めて。
ひなたひより




