第53話 少女ふたたび
試食がすべて売り切れてしまい、仕方がないと諦めかけた私たちだったが、律子先生の提案で追加の白玉団子を作るべく行動を開始した。
「ここにもいない」
先輩を探して教室を周ったのだが、三階の三年生の教室にも二人の姿は無かった。
「もしかして、帰ってしまったの……」
私がそう呟くと、唄子は首を横に振って駆け出した。
私は唄子に引っ張られるようにして廊下を駆け抜け階段を降りて行く。
「唄子、どこへ行くの……あっ、そうか」
一階へ向かおうとしている唄子の意図が私にもようやく分かった。
「購買部だ。そうなんでしょ」
お昼が近づいているこの時間帯。
チャイムが鳴れば文化祭は休憩に入り、お弁当を持ってきていない生徒たちが列を作るに違いない。
先輩たちはそれを見越して、昼食を早めに買いに行った可能性が高い。
「いた!」
唄子が予想したとおり、先輩たちは購買部のパンを手に、中庭に続く廊下を並んで歩いていた。
「先輩!」
呼び止めた声に反応して、先輩たちは振り返った。
「おー、二人ともお疲れさん。うちらこれから中庭でお昼ご飯にしようと思ってて……」
「すみません。それどころじゃないんです」
私は事情を説明して、先輩たちに手助けをお願いした。
すると先輩たち二人は感心しつつ、あっさり引き受けてくれた。
「さすが我が後輩たち。簡単には引き下がらないわー」
「本当ね。ここは私たちの出番ね」
走って保健室へと戻り、本当は駄目なのだろうが、保健室の隅にある簡素な流し台を借りて、私たちは調理にかかった。
そして、腕まくりをしたこの葉先輩が陣頭指揮を執る。
「瑞希、私はシロップを作るから、あなたは二人と白玉をお願い」
「うん。分かった」
この葉先輩は手慣れた感じで、シロップを作り始めた。
瑞希先輩も手慣れた様子で白玉粉を練っていく。
「練り終えたら丸めて団子にして鍋に放り込むだけ。人海戦術で行くわよ」
「はい!」
瑞希先輩が力強く練り終えた白玉粉を、私と唄子は棒状にして丁度良い大きさにちぎっていく。
それを丸めて、お湯をはった大鍋に放り込むと、白玉団子がポコポコと浮いてきた。
瑞希先輩は鍋の様子を見つつ、少し安堵の表情を見せた。
「後一分ほど茹でて、冷水に晒したら出来上がりよ」
「じゃあ私、氷水用意します。律子先生、氷もらえますか」
「ええ、ちょっと待って」
席を立って冷凍庫の中を覗き込んだ律子先生は、何故かそのまま沈黙してしまった。
「せんせー、早く」
瑞希先輩が固まってしまった先生を促す。
すると、先生はゆっくりと顔を上げた。
「氷……作ってませんでした……」
固い表情の律子先生に全員が注目し、一瞬言葉を失った。
「えー!」
一瞬でその場にいた全員がパニックになった。
「どうしよう、シロップも冷やさないといけないし」
「学校の中で氷があるところってどこ?」
「家庭科室か……でも、あそこは料理研究部が使ってるし……」
「熱々の白玉団子は流石にマズいよな……」
それからいろんな意見が出たが、取り敢えず家庭科室を当たってみることにした。
「駄目でした……」
交渉の成功を期待できそうな律子先生に行ってもらったが、先生は残念を絵に描いたような顔で戻ってきた。
「料理研究部が冷蔵庫の氷、殆ど使い切ってしまってたわ」
「頼みの綱も切れたってことね……」
この葉先輩が眉間にしわを寄せてウーンと唸る。
こうしている間にも時間は経っていく。
教室の展示は午後二時まで。
このまま打開策が見つからなければ、そのうちに時間切れとなる。
何か良い方法は無いのだろうか。
沈黙を破ったのはこの葉先輩だった。
「氷を確実に手に入れる方法が一つだけあるわ」
そしてこの葉先輩は、ある奇策を私たちに提示した。
「港の漁協に行けば魚の鮮度を保つための氷がいっぱいある。それをもらいに行けばいいわ」
その意見に、瑞希先輩は腕を組んで難しい顔をした。
「漁協って、けっこう遠くない? それに、氷ってけっこう重いんじゃない?」
「歩いたらね。でも自転車だったら」
確かに自転車ならそんなに時間もかからないし、重い物も楽に運べる。
丘の上にある学校からなら漁協まではずっと下りだ。
しかし、帰りはどうするのか。重い荷物を積んで坂を上がるのはかなり大変だ。
頭に浮かんだその考えの解答を、この葉先輩はあっさりと付け足した。
「電動アシスト付きの自転車なら上り坂でも楽に行けそうでしょ。それに山田君の脚なら短時間で戻って来られそう」
「そうね。それいいかも」
簡単に納得した瑞希先輩に、この葉先輩はやや渋い顔でこう付け足した。
「問題はどうやって自転車を調達するかよ」
「そうか、アーちゃんもウーちゃんも山田君も自転車通学じゃなかったよね」
振出しに戻った話に、また全員が難しい顔になる。
その時、保健室の戸がゆっくりと開いた。
「あの……」
僅かな隙間から顔の半分だけを覗かせた女生徒に、律子先生が席を立った。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「いえ、その……」
女生徒はそのまま戸を開かずに、おかしなことを言いだした。
「隣の展示を見に来て……でも、ちょっと入り辛くって戻ろうとしたら、隙間から先輩たちの姿が見えて……」
「入り辛い? 受付に誰もいなかった?」
一体どうなっているのか理解できずに、私は女生徒の話を聞こうと保健室の戸を開けた。
「あれ? あなたは確か……」
そこにいたのはA組の教室に一人で来た、あの前髪ぱっつんの少女だった。
確か、花山美弥子といったな……。
印象的な少女の名を私は覚えていた。
「花山さんだったかな、受付に一人いたと思うんだけど……」
話の途中で、少女は私の手をいきなり取った。
ちょっと動揺した私の前で、少女は笑顔の花をパッと咲かせた。
「私の名前、覚えてくれてたんですね。感激です」
不可思議なその反応に、私は何を言おうとしていたのかを一瞬忘れてしまった。
「あ、あの、受付に誰もいなかったの、かな?」
「いましたよ。坊主の男子が」
愛くるしい笑顔を見せていた少女はガラリと表情を変え、軽く吐き捨てた。
「人手が無くっても店番に坊主はいけませんよ。せっかくの展示が台無しです」
坊主に何か恨みでもあるのかと聞いてみたいくらい、アンチ坊主な印象だった。
「それより、先輩たちはどうして保健室でミーティングなんてしてるんですか? クラスの受付を終えて部室に戻られたと思って来てみたら、部室にはあの坊主しかいないし」
どうしてなのかは判らないが、この少女は私たちの動向を把握しているみたいだ。
そして、やはり坊主に対して何らかの怒りを持っていそうだ。
それはさておき、今はこの娘の相手をしている場合ではなかった。
「えっと、ごめんなさいね。私たち、ちょっと困ったことになってて、今はそっちの方を何とかしないといけなくって……」
「困ってるって、やっぱりあの坊主ですか? 居座って迷惑してるってことですか?」
「いや、そうじゃないんだけどね……」
「困ってるなら話を聞かせて下さい。先輩のためなら私、あの坊主を追っ払ってやりますよ」
大人しく帰ってくれなさそうな少女に、私は今の情況をざっくりと説明した。
「と、いう訳で氷が必要で、自転車を探さないといけないの。だから……」
「私のを使って下さい!」
「え?」
「私、自転車通学なんです。しかも電チャです」
「ホント!?」
神のお導きか、坊主に憎しみを抱いている少女は自転車を喜んで貸してくれた。
そして……
「では行ってきます」
サドルに跨った康太は颯爽と校門を出て行った。
それを見送った私の隣で、自転車を貸してくれた少女が忌々しさを顔中にみなぎらせていた。
「戻ってきたら除菌ティッシュで拭き取らないと……いや、いっそ自転車買い替えた方がいいか……」
何故にそこまで坊主を憎むのだろうか。
気にはなるが、聞かない方がいい気もする。
自転車を貸してくれたことに感謝しつつ、ちょっとどころかかなり変わったこの少女に、私は間違いなく興味を抱いていた。




