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第49話 秋の気配

 文化祭が近づいて来た。

 この時期になると音楽の授業は合唱コンクールに向けた練習になる。

 大して上手くもないうちのクラスは、絶対に優勝できないだろう。

 学年毎に二クラスしかないうちの学校で、どういう訳か、うちのA組にはコーラス部の部員が二人しかいない。そしてB組には残りの六人がいる。

 私は勝負する前から負け犬根性を内に秘めつつ、音楽の先生のピアノ伴奏に合わせて声を出す。

 曲は春に歌った「大切なもの」だ。

 前に練習した曲を学級会議で選んだのは、知ってる曲ならあまり練習をしなくても歌えるという、そんなやる気の無さからだろう。

 音楽の時間、先生の滑らかなピアノ伴奏で歌の練習をしつつ、私は唄子の横顔に目を向ける。

 小さく口を動かしてはいるが、声はもちろん出ていない。

 もし今唄子が歌い出したら、きっとみんなはその美声に聞き惚れてしまうだろう。

 音楽家の両親を持つ唄子はいわゆるサラブレッドだ。

 そして、紛れもなく天性の表現者であるのだと思う。

 初めて唄子の歌声を聞いた時、鳥肌が立った。

 ハンデさえなければ、あの誰をも魅了する音感と美声で、一流のアーティストを目指せていたかも知れない。


 本当の唄子の声を一度みんなに聴かせてやりたいわ。


 自慢したいけど出来ない。それはとても歯痒い私だけの秘密だった。


 音楽の授業の後、教室に戻る途中の渡り廊下で、横並びで前を歩くクラスメートの声が聴こえて来た。


「あーあ、うちのクラス、鳴瀬さんのお陰で一人少ないのよね」


 また、あいつか。


 体育大会の八十メートル走でコテンパンにしてやった庄司真紀だった。


「あの子口パクだけだから楽でいいよねー、あ、でも変に声を出されても困るか」


 自分で言って自分でウケてる。聴こえていないと思って言いたい放題だ。

 救いようのない陰湿さに気分が悪くなる。

 性格が悪いだけでなく、庄司真紀は音痴なのに自分が音痴だと気付いていない迷惑な奴だった。


「ちょ……」


 文句を言ってやろうとした私の腕を、唄子はグッと掴んで引き止めた。


「唄子……」


 口惜しげな顔で首を振った唄子に、私は思いとどまった。

 負けず嫌いな唄子でも、このコンクールで実力を発揮するわけにはいかない。

 勝負することすらできない悔しさを、唄子は必死で我慢しているのだ。

 

「勝負するまでもない。唄子の圧勝だよ」


 ほんの少しだけ、唄子は口元に笑みを浮かべた。



 県のはずれにある我が風ノ巻中の文化祭は、生徒数の多い市内の学校と比べると質素なのだと思う。

 思うと表現したのは、私が他校の文化祭というものに行ったことが無く比較できないからだ。

 それでも地域柄か、文化祭にはたくさんの父兄が訪れ、それなりの賑わいを見せる。

 そして、人が集まるのを分かっていることで気運が高まり、その準備も熱を帯びるのだ。


「これっでよしっと」


 最後の飾りつけを終えた私は、すっかり文化祭用に模様替えした部室を見渡す。

 何もかもが初めての私たちは文化祭を明後日に控えた今日、ようやく全ての展示を完成させたのだった。

 自分達で意見を出し合い、時には先輩たちにアドバイスをもらいつつ仕上げた展示は、教室内に通路を作り、先輩たちが行って来たボランティアから、いま私たちが引き継いで活動している内容を時系列で閲覧できるよう工夫した。

 そして、教室の一角にいくつか机を並べ、あの地震で被災した人に配られた炊き出しを、試食できるコーナーを作った。

 また、あの砂浜の美化活動で拾ったあのシーグラスも販売する許可が下りたので、それなりのアクセサリーに加工して、目立つ所に並べて置いた。

 準備を終えた私と唄子と康太の三人は、並べた椅子に腰かけて足を伸ばす。


「お客さん来てくれるかな」


 何となく不安そうに、唄子は手作りのアクセサリーを手に取ってポツリと言った。


「わかんない。でもうちのお父さんとお母さんは覗きに来るって言ってた」

「まあ、二人は確実ってことね」

「あ、うちも来るって言ったよ」


 康太の家は両親の他に、弟と祖父母がいる。これで五人増えた。


「あと、先輩たちも色々声掛けてくれるって言ってたね」


 私がそう言うと、唄子はやや首を傾げた。


「うん。でも色々って何なんだろう……」


 先輩たちとはしょっちゅう会っているけれど、その交友関係はあまり知らない。元気で人懐っこい瑞希先輩なら、ひょっとするとたくさん友達を連れてくるのかも知れない。


「まあ、蓋を開けてみないとって感じだし、そこは気にしてもしょうがないよ」


 私は唄子の肩をポンと叩いて、席を立った。


「当日は炊き出しの試食を用意しないといけないから、これから買い出しに行くよ」

「あ、そうだったね」

「康太は荷物持ち、お願いね」

「はいはい。分かってますよ」


 文化祭の出し物のない運動部の康太には、こういう時こそ働いてもらわないといけない。

 康太は席を立って、棚に置いていた大きなリュックを背負った。


「買い出しがあるって聞いてたから家からリュック持って来た」

「フフフ、やる気があってよろしい」


 一旦部室を閉めて、そのまま出かけようとすると、唄子が私の腕を掴んで質問してきた。


「ねえ、彩夏、アルファ米は?」

「ああ、律子先生が持って来るって言ってたよ」


 三人で買い物に出た放課後。

 丘を駆け上がって来る海からの風が、校門を出た私たちの髪を揺らす。

 風の中に含まれるその匂いと冷たさに、私は秋の訪れを感じるのだった。


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