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第47話 モノトーンの雨

 あの地震から二週間が経った。

 体育館に避難していた人たちは、おおよそ三日後には各々の家へと戻り、被災して家へ帰れなかった人たちも、家族や親戚の家に迎えられた。

 あのおばあちゃんも東京の息子さんと連絡が取れ、しばらくは息子夫婦の家で暮らすこととなった。

 結局、地震のことを知った息子さんは、私たちが電話帳を探し当てた時点で、こちらへ向かっていたらしい。

 中学の体育館にいることを電話で知らせると、数時間後に迎えに現れたそうだ。

 こうして休校していた学校も授業が再開され、私たちは平穏な日常に戻った。

 そして、ある日の全校集会で、私と唄子は人生初の体験をすることになった。


「これより奉仕活動を行ったボランティア部の表彰式を執り行います。志藤彩夏さん、鳴瀬唄子さん、山田康太君、壇上へ上がって下さい」


 教頭先生に名前を呼ばれて私と唄子の顔に緊張がはしる。

 壇上で待つのは賞状を手にした校長。

 何の予告もなく、私たちボランティア部は今回の奉仕活動の功績を称えられ、賞状を頂くことになった。

 全校生徒の視線が集中する中、私たち三人は校長の待つ壇上へと上がった。


「えー、この度の思いがけない地震で被災された方々に……」


 校長の話が全く入ってこない。

 こんな感じで表彰されたことなど一度もない私たちは、顔を真っ赤にしたまま表彰状を受取った。


「では、盛大な拍手を」


 終始ガチガチのまま、私たちは全校生徒の注目と拍手を頂いた。

 そして、これをきっかけに、我がボランティア部は生徒全員に認知され、浸透することとなった。



「つ、つかれたー」


 放課後、待ち伏せていた新聞部の取材を受け、ようやく解放された私たち三人は、部室に入るなりへたり込んだ。

 そこへ律子先生が白衣の裾を優雅にひるがえし現れた。


「みんなおつかれー」


 妙に爽やかだ。

 この感じ、どうも確信犯の匂いがする。


「先生、今日の集会で表彰されること、知ってましたよね」

「ふふふ。ご明察」


 やっぱり。この人、サプライズ好きだ。


「先に言っといてください。緊張して気を失いかけましたよ」

「倒れたら私が介抱してあげるって。それより良かったじゃない。これでボランティア部の名が全校生徒に知れ渡ったわ」

「いや、あんまし目立つの嫌なんですけど……」


 私もそうだけど、唄子も康太もあまり人前に出たいタイプじゃない。

 それに変に注目を集めるのは、秘密のある私と唄子にとってはマイナス材料だ。限界突破をしていることを知られたら、面倒なことになりかねない。

 唄子は私よりもその辺りに危機感を持っているのだろう。先生とのやり取りを黙って聞いていた唄子は少し真面目な顔で口を開いた。


「あまり注目を集めるの、私も困ります」


 唄子の声には、明確で判然とした意志が感じられた。


「彩夏と私がこうして普通に限界突破をしていられるのは、みんな私たちに関心が無いからです。変に注目されたら部活に集中できなくなります」

「そうね。鳴瀬さんの言うこと、間違っていないわ。でもね」


 唄子の真剣さを受け止めるように、律子先生は静かな瞳を真っすぐに向けた。


「私はね、あなたたちのしていることをみんなに知ってもらいたいの。私たちの奉仕活動はひっそりと隠れてするものじゃなく胸を張ってやっていくものよ。そしてあなたたちの頑張る姿を見た人たちが、また同じ志を持って続いて行く。瑞希ちゃんやこの葉ちゃんを見たあなたたちがそうであったように」


 律子先生の言葉に、私たちはハッとなった。

 ボランティア部を始めると決めたきっかけは、あの先輩たちと出会ったからだ。

 私たちは今がいっぱいいっぱいで、後のことなど考えていなかった。

 でも、私たちの後に続く人がもし現れて、私たちが卒業した後もボランティア部が継続していけるのだとしたら、先輩たちの残した思いのバトンをこれからも繋いでいけるのだ。


「律子先生の言うとおりだ……」


 先生の言葉は、頑固者の唄子の心をも動かした。


「私、自分が楽しく活動することばかり考えてた。でも、ボランティア部はそれだけで終わってはいけない……」


 唄子は少し言葉を探してから、また口を開いた。


「知ってもらい、共感してもらって、私がいなくなった後もずっと続いて行って欲しい。私も先生と同じ気持ちです」

「ありがとう。鳴瀬さん」


 話がひと段落して、律子先生は少しミーティングをしましょうと、円形になるように私たちを席に着かせた。


「まだ少し先だけど、文化祭のことよ」


 席に着いた律子先生は、優雅に足を組んで説明を始めた。


「分かっていると思うけれど、部として何か一つ出しものをしなければいけないわ。それを明日から話し合って決めて欲しいの」


 その言葉に引っ掛かりを覚えたのは私だけではなかった。

 おずおずと手を上げた康太が、私よりも先に質問した。


「今、明日からって言いましたけど、今日は何をするんですか?」


 率直な質問をすると、律子先生はスッと席を立った。


「みんな、窓を閉めて」


 言われるがまま窓を閉めてから、また席に着くと、律子先生はようやく本題に入った。


「実はずっと考えてたの。あの地震の時にあなたたちの身に起こったことを」


 律子先生は私と唄子に顔を向けてから腕を組んだ。


「鳴瀬さんは誰よりも先に地震を感知したんだったわね」

「はい。授業中におかしな感覚が襲ってきて」

「志藤さんは警報が出るより早く津波を察知したのよね」

「はい。なんだか空が変な色だったんで、目を凝らしたらそれが見えて」

「二人とも、その時のことをもう少し詳しく教えてくれないかしら」


 唄子と私はその時に自分の身に起こったことを律子先生に話しておいた。

 唄子は遠くの地下深くで何かが砕けていくような音を聴き、私は遠くの水平線にぼんやりと虹色のようなものが見えて、目を凝らすと津波のイメージが目に映ったのだと説明した。

 私たちの話を、律子先生は何度も頷きつつ聞いていた。


「本当に限界突破しているわね。あなたたち」


 ニュアンスは冗談っぽいが、その口調は真剣だった。


「前に私が言っていた、あなたたちがお互いのハンデを補い合っているという仮説は、ある意味覆ったわ」


 以前律子先生は、私たちがある種の双子のような感性で繋がっているという仮説を立てた。

 接触テレパスと仮定した私たちの能力は、先生の考えでは常人よりもいくらか増幅されているらしい。


「まず鳴瀬さん。私はあなたの能力を常人の倍程度の聴覚だと考えていた。でも、あなたのそれは度を越している……」


 見たことの無いほどの真剣な表情で、律子先生は唄子をじっと見つめる。


「あなたは志藤さんの耳だけではなく、他のものと繋がりを共有し、音として感じ取っているみたいだわ。恐らくテレパシーのようなものだと思う」

「テレパシー…… 」

「今回の地震は海底で起こった。恐らく海にいる生物の感じた音を、あなたのアンテナはキャッチした。実際の音ではなく、生物たちが危機を感じて発した信号をあなたが受け取ったんじゃないかしら」


 突拍子もない話に、唄子と私は顔を見合わせる。

 面白い仮説だが、実際のところ、あまりピンとこなかった。


「では、次に志藤さんだけど、あなたもただ目が良いだけでは説明がつかない能力を発揮しているわ」

「確かに遠くまで見え過ぎていた気はしますけど」

「恐らくこれもさっき鳴瀬さんに説明したものと同じ類のものだと私は思うの。肉眼で捉えたものでは無く、海に棲む生物や鳥、視覚を持つ生物が危機を察して発した信号を志藤さんは受け取って視覚の情報として認識した。いわゆる千里眼と呼ばれるものだと思う」


 説明が難解になってきて、ちょっと私はついていけなくなってきた。

 律子先生はそんな私の混乱に気付いたのか、もう少し分かり易くまとめてくれた。


「つまり、他の生物の情報をテレパシーで感じ取ったわけ。鳴瀬さんは音として、志藤さんは目で見たものとして」

「テレパシーですか……」


 どうも納得できなくって、唄子と私は二人して腕を組んで、ウーンと唸った。


「あくまでも可能性の話よ。でもそう考えれば辻褄が合う。逆に、そう考えないと辻褄が合わない」


 そして最後に律子先生はこう締めくくった。


「これは仮説というよりは思い付きだけど、二人が波長を合わせて繋がった状態の時にだけ、さらにその先の何かに波長を合わせる力を発揮できる。そう考えるとしっくりこない?」

 

 本当にそうなのだろうか。

 答が見つかる問題では無いことは先生も分かっている。

 それでも私たちの能力について理解を深め共有することは大事なことなのだろう。

 もしかすると今回のボランティアのように、これからも自分たちの能力を生かせる機会があるのかも知れない。

 唄子と共に、自分たちの中にある可能性を見つけたい。そう私は思ったのだった。



 帰宅してすぐに雨が降ってきた。

 今日出された化学の宿題は、腹が立ってくるほどいっぱいで、更に難解だった。

 ようやくすべての課題を終えて窓の外を見ると、雨模様の景色はゆっくりと夕闇に移行しようとしていた。


「もうこんな時間か」


 部活を始めてから、私は時間を持て余すことが無くなり、時間に追いかけられるようになった。

 雨戸を閉めようとして窓を開けると、雨の匂いが部屋に入ってきた。

 その匂いは嫌いじゃない。

 私は息を大きく吸って、遠くの海に目を向ける。

 雨に煙る景色はまるで水墨画の世界だ。

 唄子と一緒なら、このような景色でもカラフルになるのだろうか。


「あっ」


 見下ろした私の視線の先に、いま頭に浮かんだ少女が傘も持たず、佇んでいた。


「唄子……」


 モノトーンの雨の中、長い髪の毛を頬に貼り付かせた唄子が、窓から見下ろす私を、とても悲しげな顔で見上げていた。

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