第46話 綺麗な星空
「山本寛子……あった」
名簿を確認し、そこに記載されてある住所を私はスマホで写真に撮っておいた。
「そんなに遠くないわ。歩いて十分くらいね」
「じゃあ次は家の鍵ね」
私と唄子がひそひそと計画を立てていると、ようやく康太は怪訝な顔で割り込んできた。
「なに? また良からぬことを?」
唄子と私はムッとした顔で康太を振り返った。
「またって何よ。いつ私が良からぬことをしたっていうのよ」
「山田君。今の発言は聞き捨てならないわ」
二人の女子に睨まれて、康太はややおどおどしつつ質問してきた。
「いや、ごめんなさい。それで、いったい二人は何の相談をしてるわけ?」
私はかいつまんで事のあらましを康太に伝えておいた。
「ほう、じゃあおばあちゃんの家に忍び込んで電話帳を取って来ると」
「あのね、言い方。忍び込むって言ったら悪いことしてるみたいじゃない」
私は指を伸ばして康太の頬をぐりぐりしてやった。
「いててて、でもそれって常識的じゃあ無いよね。それに鍵が無いのに家の中にどうやって入るんだい?」
「名前をもとに住所は特定した。そんで家の鍵は貴重品と共に先生が保管してるって」
「保管してるんだったら、やっぱり無理じゃない?」
「いいや、何とかする。律子先生と直談判よ」
そして体育館から連れ出された律子先生は、私たちの話を聞いたあと、大口を開けて呆れていた。
「家に侵入して電話帳を取って来る? なに馬鹿なこと言ってんのよ」
「私たちは真剣です!」
私と唄子の熱量に、律子先生はいかにも関わり合いたくなさそうな顔だ。
「確かにそのおばあちゃんは気の毒だけど……今は沿岸部には近付かないよう言われてるし、落ち着いてから誰かに取りに行ってもらったら?」
「落ち着くって何時ですか? 時々余震もあるし、すぐに取りに行けるか分からないですよね。自治体が家の清掃をしてくれるまで帰れないなら、早く息子さんに連絡をとって迎えに来てもらった方がいいですよね」
「正論だわ……でも」
顎に指をあてて顔をしかめる律子先生を、私たちは凝視する。
その視線の痛さに我慢できなかったのか、しばらくして律子先生は渋々口を開いた。
「まったく、あんたたち二人は分かるとして、山田君まで……」
「いや、僕は別に……うっ!」
共犯になりたくなさそうな康太の尻を、私はギュッとつねってやった。
「康太も私らと同じ気持ちです。ね、そうだよね」
「はい、まあそんな感じです……」
律子先生は額に手を当てて、「ハ―――」と長いため息を吐いた。
「それで、保管庫から鍵を盗むって、あんたら私をクビにしたいの?」
「ちょこっと拝借するだけですって。律子先生なら軽いもんでしょ」
「軽くないし、やりたくない。あんたたちは未成年だけど、三十過ぎてパクリって悲惨でしょ。お願いだから考え直して」
そう言いつつも、律子先生は諦め顔だ。
「わかったわ。でも私も行く。毒を喰らわば皿までよ」
「やった! 流石ボランティア部の顧問!」
それから約五分後。
律子先生は保管庫から鍵を拝借して体育館から出てきた。
「このことは誰にも言うんじゃないわよ」
「わかってますって。さあ行きましょう」
「あー、ボランティア部の顧問、誰か代わってくれないかなー」
頼りない懐中電灯を手に、私たちは行動を開始した。
「ここだわ」
海のすぐそばの並びで、山本寛子と表札の上がった家は見つかった。
律子先生は懐中電灯で手元を照らしながら鍵を開けた。
「余震が来るかもしれないし、急ぐわよ」
「それは大丈夫そう。ね、唄子」
唄子が頷くと、律子先生は感心したような顔をした。
「地震の予兆も感じ取れるってこと?」
「はい。どうしてなのか分かりませんけど」
唄子がいるのでその辺りは安心だ。それでも急いだほうがいいだろう。
引き戸に手を掛けた康太が少し焦ったような顔をする。
「どうしたの? 開かないの?」
「うん。何かが噛み込んでいるような感じだ」
「私も手伝うわ」
皆で力を合わせると、ようやく人の通れるくらいの隙間ができた。
私たちは懐中電灯を手に、濡れた木の匂いと潮の匂いの入り混じった家の中へと入って行く。
「膝のあたりまで水が入って来たみたいね」
たいして明るくない懐中電灯の明かりに浮かび上がった床は、水が引いた今も濡れていて、汚れていた。
私たちは、まず電話機を探す。電話帳はたいがい電話機の近くにあるものだ。
「あった!」
別の部屋を探していた私たちは、康太のあげた声を耳にして、すぐに移動した。
「電話は見つけたよ。電話帳は……」
近くに木製の収納棚が倒れている。
恐らく電話はその上に置かれていたのだろう。
順番に引き出しを開けていくと、電話帳らしきものが見つかった。
「あった!」
確認すると、手書きで名簿が記載されていた。
「これに間違いないわ」
目的物を探し当てられたことで、私たちは一旦安堵した。
「さあ、急いでここを出るわよ」
これから戻って、律子先生に名簿を渡してもらえば、おばあちゃんは息子さんと連絡を取れる。
少し心が軽くなった私たちは、また学校への道を辿り始めた。
「また明日も頑張らないとね」
手を繋いだままの唄子が、夜空を少し見上げてそう言った。
「うん」
明日は休校で、私たちのボランティアは続く。
こんな大変な時なのに、見上げた星空はとても綺麗だった。




