第45話 私たちは動き出す
「こら! お前らどこへ行くんだ!」
教師の制止を振り切り、私と唄子は校舎に駆け込むと、そのまま階段を上がって放送室へと向かった。
体育教師の塩田が顔を真っ赤にしながら私たちの後を追ってくる。
「こらー、待てー!」
流石に体育教師だ。私たちが放送室に飛び込んですぐに、塩田も放送室に駆け込んできた。
「おまえら何考えてんだ! グランドでじっとしてろ!」
「じっとなんてしてられません!」
私と唄子は塩田を越える勢いで食って掛かった。
反撃にあった塩田は、口をOの字に開けたまま怯んでいる。
「先生、これってどうやって使うんですか!」
「お、おう……」
何だか納得できていない感じで、塩田は機器の使い方を教えてくれた。
「いったい何をする気なんだ?」
「まあ見ててくださいよ」
私はスイッチを入れて、スッと息を吸い込んだ。
「こちら、風ノ巻中学です。津波が来ます。沿岸部のみなさんは、高台に避難してください。繰り返します」
繰り返そうとした時、塩田は慌ててスイッチを切った。
「馬鹿! なんてこと言うんだ! みんなパニックになるだろ!」
「止めないで下さい!」
それからスイッチを奪い合って、塩田と私たちは激しくもみ合った。
「放送させろー」
「絶対駄目だー」
二対一だったが流石に男で体育教師だ。
汗だくで睨み合っていると、今度は律子先生が髪を振り乱して駆け込んできた。
「なにしてるの。放送を続けて!」
律子先生は私たちが超感覚で津波を捉えたことを確信していた。
塩田は私たちの味方をする律子先生に呆気に取られている。
「いや、教師として止めないといけないでしょ」
「だまらっしゃい!」
律子先生は塩田をビシッと指さした。
「今はこの生徒達を信じなさい!」
律子先生はそのままスイッチに手を伸ばした。するとまた、塩田が阻止しようと手を伸ばして来た。
「あっ!」
叫んだのは塩田だった。
手を伸ばした先にあったのは、阻止しようとした律子先生のたわわな部分だった。
「キャーッ!」
律子先生の悲鳴に塩田は飛び上がった。
「わ、わざとじゃないんです! 事故なんです!」
怯んだスキに、私は手を伸ばしてスイッチに指を掛けた。
「塩田先生、今すぐ出ていかないとセクハラしたって全校生徒に放送しますよ」
「いや、ちょっと、ちょっと待って……」
まだ何か言いたそうな塩田に向かって、律子先生は腕を振り上げた。
「出てけ!」
強烈なビンタを頬にもらって、塩田は涙目で放送室を出ていった。
邪魔者を追い払った律子先生はすかさず私たちを急かす。
「早く!」
「はい!」
そして私はマイクに向かって声を上げた。
「こちら、風ノ巻中学です。津波が来ます。沿岸部のみなさんは、高台に避難してください。津波が来ます。すみやかに高台に避難してください」
そして、私たちの放送からしばらくして、警報が港町に広がり、あらゆるメディアから津波警報が発表された。
港町を襲った地震と津波は人々を混乱させたが、幸いなことに瀬戸内海の津波はそれほど大きなものではなく、限定的な被害で済んだ。
けが人は少し出たものの、火災も起こらず、倒壊した家屋も無かったらしい。
防波堤を越えてきた波に浸水された住宅の人たちと、余震に備えて避難してきた人たちを、中学の体育館は一時的な避難所として受け入れた。
避難所には被災に関する訓練を受けたプロが派遣され、ボランティアの人たちが集まった。
そして、私と唄子と康太も避難所の奉仕活動をすることとなった。
本来なら部活を終えて帰宅し始める時間帯。
康太は大人のボランティアたちと簡易ベッドを作り、私と唄子は炊き出しを手伝った。
合宿で覚えたおにぎりを、こんなに早く作るとは思わなかった。
私たちは出来上がった炊き出しを、集まった人たちに配っていく。
「ねえ彩夏、あれって」
「え?」
唄子の指さした体育館の一角に、見たことのあるおばあちゃんがいた。
ゴミ拾いの時にジュースをくれるおばあちゃんだった。
駆け寄って声を掛けると、座り込んでいたおばあちゃんは顔を上げた。
「おや、あんたたちは」
少し驚いた顔をしたあと、おばあちゃんはニコリと笑顔を作った。
「私たちボランティア部なんです。今は炊き出しを配ってて」
「えらいねえ、ここでもお手伝いしてるんだねえ」
普段おばあちゃんとは何気ない話しかしていないが、私は気になっていることを聞いておいた。
「それよりも、家、大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと水が入ってしまってね。順番に自治体が清掃してくれるらしいんだけど、何時になるかねえ」
海に面した低い場所の家は、何世帯か浸水したと聞いている。
おばあちゃんの家も被害に遭ったようだ。
「あの、一人暮らしって言ってましたけど、どこかにご家族は?」
「東京に息子がいてね。まだ連絡はついていないんだよ。私は携帯電話を持っていなくってね」
「私のスマホ使って下さい」
スマホをポケットから出そうとした私に、おばあちゃんはゆっくりと首を横に振った。
「電話番号を憶えていなくってね。家の電話帳に息子の携帯番号は書いてあるんだけど」
「鍵、貸してください。取ってきます」
「ここへ来たときに貴重品は先生に与けておいたよ。でも、いつ余震が来るか分からないし、気持ちだけ受け取っておくね」
おばあちゃんの言うとおり、勝手な行動は慎むべきなのだろう。
何も出来ないもどかしさを感じつつ、私はおばあちゃんに炊き出しを渡した。
すると、隣にいた唄子が突然声を発した。
「私、鳴瀬唄子と言います。おばあちゃんのお名前は?」
「山本寛子よ。よろしくね」
一応私も名前を言っておき、そのあと唄子の手を引いてその場を離れた。
「周りに人はいなかったけど、あまり人前で声を出さない方がいいんじゃない?」
「ごめん。気を付ける」
それから炊き出しを配り終えた私たちは、残っていた律子先生に諭された。
「明日も朝から手伝って貰わないといけないし、あなたたちもそろそろ帰りなさい」
「はい。そうします……」
中学生の私たちに、もうこれ以上出来ることは無い。
私たちは康太と合流して、また明日来ますと律子先生に言ってから体育館を出た。
「ちょっと待って」
すっかり暗くなった中庭で、唄子は私の腕をグッと掴んで引き留めた。
「このまま帰っていいの?」
唄子が何を言いたいのか、私には分かっていた。
「おばあちゃんのことだよね」
「うん」
唄子は体育館の入り口を指さした。
「ここに避難している人達は、入り口の名簿に名前と住所を書いているはずよ」
おばあちゃんの話を聞いてすぐに、唄子は計画を立てていたみたいだ。
「そうね。確認しよう」
私たちの意図がまるで理解できず、康太は不思議そうな顔をする。
「コータも付いてきて」
そして私たちは動き出した。




