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第44話 壊れゆく景色

 二学期に入り、私と唄子はボランティア部の活動を無理のない範囲で行っていた。

 とにかく私たちはまだ自立の出来ていない中学生だ。誰かの手助けをする前に、まずは自分の身の回りのことをきちんとしなければならない。

 そういった自覚が芽生えたことで、最近私の生活態度は少しずつ変化していっていると思う。

 取り敢えず襟元を正すべく、私は最近生活態度を三つ改めた。

 一、朝は自分で目覚ましを掛けて起床する。

 二、洗濯物は自分で畳む。

 三、お母さんと一緒に食器を洗い、片づける。

 たったこれだけで、お母さんがほんの少しだけゆっくりできる時間が増えた。

 誰かが手伝えば誰かの荷物が少し軽くなる。ボランティアをとおして、そんな当たり前のことに私は気付くことができた。

 そしてまた、友人関係が希薄だった私にちょっとした変化が起こった。

 ある日、部員の少ない園芸部の依頼で、校庭の花壇を耕して苗を植えるのを手伝った。すると、そのお礼に色とりどりの綺麗な花を貰った。

 殺風景だった部室は、今は貰った花のお陰で明るい色に彩られている。

 そして、花壇を耕すのは、通りがかった野球部の人たちが殆どやってくれた。

 彼らは応援に来てくれたお礼だからと言って、率先して鍬を持って花壇の土を掘り起こしてくれた。

 このようにして人の繋がりというものが出来ていくことに、私と唄子はただ驚きを感じていた。

 そしてそれは学校の中だけでは無かった。


「今日は外回りの清掃活動だよ」


 毎週水曜日の放課後は、体操着に着替えて学校付近の清掃をしていた。

 うちの学校は丘の上に建っているので、まずは坂を下りて海岸通りの通学路に出る。雨が降っていなければ、その近辺を唄子と二人で周っていた。

 やり始めた頃、二人で持って出た大きなビニール袋は清掃が終わる頃にはいっぱいになった。

 しかし最近、極端にゴミが少なく、持って出たごみ袋は半分にもならない。


「なんだかゴミ、減ったね」

「うん、あと、犬のフンもめっきり見なくなったね」


 あちこちゴミを探しながら回っていると、道路に隣接した児童公園から、見知った顔のおばあちゃんが出て来た。


「こんにちは」


 私たちが挨拶すると、おばあちゃんもニコニコしながら会釈を返してきた。


「感心だねえ。また掃除かい?」

「はい。毎週水曜日はこうしてゴミを集めてます」

「お疲れさん。これ、お飲み」


 おばあちゃんは手に提げていたビニール袋から紙パックのジュースを取り出した。

 私たちはもう何度かこういう感じで、このおばあちゃんから差し入れを頂いていた。

 私たちが来るのをいつも待ってくれている。そんな感じだった。


「ありがとうございます」


 こうしてお礼を言って、ほんの少しの間、児童公園のベンチで私たちはおばあちゃんとお喋りする。

 ちょっとほっとする時間。

 清掃活動がきっかけで、このような時間も出来た。


「あんたたちのお陰で、この辺りは随分綺麗になったよ」

「へへへ、そうですかね。でも最近あまりゴミが無くって」

「うんうん。そうだろうね」


 ゴミの少なくなった理由を、おばあちゃんは知っているようだ。

 私はそのことを率直に訊いてみた。


「どうしてゴミが減ったんですか?」

「捨てる人が減ったからだよ」


 私と唄子はその簡潔な返答に首を傾げる。


「この辺りは中学の生徒さんらがけっこうポイ捨てをしてて、地域の人たちは学校側に何度もクレームを言ってたんだけど、あまり効果は無かったんだよ」

「そうだったんですか……」

「でもある日、あんたたちが清掃活動をし始めただろ。学校帰りにポイ捨てをしていた子らもあんたたちがゴミを拾っているのを見ていたんだろうね。同じ中学の生徒で全く反対のことをしている。きっとあの子たちも気が付いたんじゃないかねえ」


 確かに下校していた生徒たちは、私たちの清掃活動を見ていると思う。

 おばあちゃんの言うとおり、もし逆の立場だったら、ポイ捨てすることに後ろめたさを感じてしまうだろう。


「それと、住民の意識も変わったみたいでね。犬を散歩している人も、中学生の女の子にフンの始末をさせるのが大人として恥ずかしいことだと流石に自覚したみたいだね」


 ようやくゴミの減った理由が分かり、私たちは取り敢えず謝罪をしてお礼を言っておいた。


「何かうちの生徒が迷惑を掛けてしまって、すみませんでした。それと教えて頂いてありがとうございました」

「あんたたちみたいな子がいるなら、この町も捨てたもんじゃないね。さ、飲み終わったパックをここに入れなさい」


 おばあちゃんは持っていたビニール袋を広げた。


「いえ、これは自分たちで捨てておきますので」

「いいから。私にもこれくらいさせておくれ。家はすぐそこだから」


 おばあちゃんは道を挟んだ海の方を指さした。


「一人暮らしだし、たいしてやることも無いんだよ。じゃあまた来週ね」


 おばあちゃんは私たちに手を振ると、閑散とした道を渡って帰って行った。



 飛行機雲が青い空に伸びていく。

 席替えをしたあとの私の席は前列の窓側で、黒板は角度の関係でちょっと見にくいけれど、景色だけは良かった。

 五時限目の英語の授業中。

 穏やかな午後の陽射しが射し込む教室で、時折吹いてくる海からの潮風に私が髪を直した時、それは起こった。


「どうした? 鳴瀬」


 授業中に突然席から立ち上がった唄子に、黒板にチョークを走らせていた教師は、怪訝な顔で問いかけた。

 クラス全員の視線を集めたまま、唄子は大きく目を見開いて窓の外に目を向ける。


「どうしたんだ鳴瀬。あ、志藤、ちょっと鳴瀬に席につくよう伝えてくれ」

「あ、はい」


 髪の毛で限界突破をしているので、唄子にはすべてが聴こえている。

 しかし、クラスメートの前なので、私はたどたどしい手話を使って、唄子にどうしたのかを尋ねようとした。

 すると……


 ゴゴゴゴゴゴ


 地響きのような音がしてすぐに、教室全体が僅かに揺れた。


「地震か?」


 それほどの揺れではなかったので、生徒達に動揺はない。

 だが唄子は席を立ったまま、手話で私に何かを訴えてきた。


「どうしたの? 唄子……」


 そして、動揺した様子の唄子の手話を、私はやっと読み取った。


「強いのが来る……?」


 その意味に気付いた私は声を張り上げた。


「みんな机の下に隠れて!」


 大声を上げた私に全員の視線が集まる。

 しかし、クラスメートたちは、私の呼びかけに呆気にとられるばかりで行動を起こそうとしなかった。


「早く! 机の下に!」


 もう一度声を上げて、私と唄子はしゃがみこんで机の下に隠れた。

 その時だった。


 ドン!


 教室全体が大きく揺れた。

 同時に何かが破裂するような音。

 騒然となった教室に、悲鳴が飛び交う。

 今まで体験したことのない強い揺れに恐怖を覚えながら、私は机の下で目をつぶっていた。


「止んだ……」


 しばらくして揺れは収まった。

 机の下から顔を上げた私の眼に、腕から血を流しているクラスメートの姿が映った。


 そうか、あの破裂音は蛍光灯が割れた音だったのか……


 教室の中央の床に、飛散したガラスの破片が散らばっていた。


「みんな机の下に隠れるんだ」


 教師が指示した時には、みんな自主的に机の下に隠れていた。

 それからしばらく弱い揺れが何度か起こり、やがて校内放送が入った。


「全校生徒は先生の指示に従って、慌てず教室を出てグラウンドに集合して下さい。繰り返します。全校生徒は……」


 早くも教室から出て行き始めた生徒達に続き、私も唄子の腕を取った。


「行くよ。唄子」

「駄目……」


 蒼白な顔で唄子は私だけに聴こえるよう耳元に口を寄せた。


「もう一回来る」

「みんな! もう一度机の下に入って!」


 私は声を張り上げ叫んでいた。

 立ち止まった生徒達が私を振り返る。


「早く! 机の下に!」


 ドン!


 再び教室が大きく揺れた。

 窓ガラスの割れる音と生徒達の悲鳴。

 私と唄子はガタガタと震えながら揺れが納まるのを待った。

 やがて揺れは収まった。


「どう? 唄子」

「多分、今なら行けそう」


 限界突破している唄子の超感覚が頼りだった。

 私は、机の下から出て、うろたえきったクラスメートたちを急がせた。


「今のうちに移動して!」


 廊下には散乱したガラスの破片。

 移動しようとしていた生徒がバランスを崩し、窓ガラスを割ってしまったのだろう。

 私たちは生徒達の最後尾で、ようやくグラウンドに出た。


「怪我をした生徒は、こちらに来て!」


 律子先生が怪我をした生徒を手当てしながら叫んでいた。

 私と唄子は、処置中の先生の元へ駆け寄った。


「あなたたち大丈夫そうね。悪いけど、怪我をしている生徒達を、症状の重そうな者から一列に並ばせて」

「わかりました」


 律子先生に言われた通り怪我をした生徒達を案内した後、私と唄子はグラウンドの端から気になる港町の様子を見渡した。


「あれ?」


 遠い水平線の空が今日はおかしな色をしている。少し虹色がかっているような、変な色だった。


「あれ、何だろうね」


 私が指さすと、唄子は目を凝らしたまま不思議そうな顔をした。


「あれって、何が見えるの?」


 唄子には見えていない。

 恐らく限界突破をしている私だけが見えているのだ。


「水平線の辺りがぼんやりと虹色に見えるの」

「虹色? それって何かの予兆じゃ……」

「予兆?」


 不吉な予感に私は目を凝らした。

 すると、さらに視界が開け、私の眼はその正体を捉えた。


「津波が来る……」

「なんですって!」


 唄子は急いでスマホをポケットから出した。


「沿岸部には気を付けるよう注意報は出てるけど、警報は出ていないみたい。本当に津波が来るの?」

「来る。私には見えるの」


 そして、唄子は目を瞑ると、数秒間意識を集中させた。


「うん……しばらく地震は大丈夫そう。彩夏、どうする?」

「行こう!」


 私は唄子と手を繋いだまま、校舎に向かって駆け出した。

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