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第31話 合宿の準備

 坊主頭の幼馴染が電撃的に入部したことで部員数が三名になった結果、我が風ノ巻ボランティアサークルは既定の部員数を満たしたことで、同好会から部へと昇格した。

 部室の入り口には、堂々と風ノ巻ボランティア部と張り紙し、成り行きで私は部長となった。


「ぶ、ち、ょ、う」


 部長にさせられてから、唄子はことあるごとに私を弄ってくる。


「もう、やめてよね。後輩もいないんだし、普通に呼んでよ」

「いいでしょ。実際部長なんだし」


 結局のところ、私が部長に選ばれたのは他に選択肢が無かったからだ。

 耳にハンデがある唄子は、定期的に行われる部長会議への参加が難しいし、康太はそもそも兼部なので、あまり仕事を任せられない。

 人望や人徳で選ばれたわけではないので嬉しくもない。

 余計な仕事が増えただけ、貧乏くじを引かされたようなものだ。

 そして、私の部長としての初仕事は、合宿の予定作成としおり作り。

 今回の合宿は、私たち風ノ巻ボランティア部が主体なので、先輩たち二人はゲストでの参加となる。

 気楽に先輩に付いて行こうとしていた私は、百八十度方向転換させられて、ただいま奮闘中だ。

 新入部員の坊主頭に色々仕事を押し付けてやりたいが、兼部のあいつは今グラウンドで楽しく体を動かしている。

 結局、いつもの部室で、私は唄子と二人、合宿のしおりをコツコツ作っている。

 パソコンで打ち込んでプリントアウトすればいいかもだけど、そこは手書きで可愛いイラストを入れようと二人で決めた。

 意外だったのは唄子があまり絵が上手くなかったことだった。

 隣の席でいつも綺麗な字を書いている彼女のことを、私は勝手に絵を描かせても上手い子だと思ってしまっていた。

 だがそうではない。私は見て来たはずだ。

 死に物狂いで砂浜を走り、指にたくさん絆創膏を貼って人形を縫い、やり過ぎて熱を出してしまった彼女を。


「フフフ、フン……」


 歪なイラストを描きながら、唄子が鼻歌を口ずさむ。

 最近よく耳にするフレーズだ。


「それ、合唱の曲?」


 私が尋ねると、唄子は少し照れ臭そうに頷いた。


「彩夏に弾いてもらって、あれからちょっと耳についちゃって」


 ねだられて弾いた合唱の曲。

 唄子はあの防音室で朗々と歌い上げた。

 思わず聞き入ってしまったあの歌声を、私は鮮明に思い出す。


「唄子って、歌、上手いよね」

「そう? へへへへ」


 解かり易く照れている。こういう所は可愛げがある。


「名は体を表す。唄子はそんな感じだね」

「まあ、彩夏に出会うまでは声すら出せなかったわけだし、完全に名前負けしてたけどね」

「私もそう。彩夏なんてカラフルな名前、ガッカリもいいところよ」


 二人して自虐ネタで笑いあう。

 しかし、こうして笑えているのは、今の自分たちがそれぞれ、音と色の感性を手に入れたからだ。

 あの歌声を聴いた時、私は唄子が天才的な音楽センスを持っていることを知った。

 そして、私は今、彩夏という名のとおり、鮮やかに彩られた夏を過ごしている。


「もしさ、唄子が歌ったらみんな吃驚するだろうね」

「そりゃそうよ。みんなの前で声を出したこと無いし」

「いや、そうじゃなくって、唄子の歌声、ホント凄かったんだ。あんまし褒めたくないけど、あのとき鳥肌立っちゃった」

「いやあ、そう? まあ本気出したらあんなもんよ」


 あ、ちょっと調子に乗った。

 やや頬を紅くしながら、気恥ずかしさを隠そうとする唄子が、なんだか新鮮だった。


「秋の合唱コンクール、唄子も歌えたらいいんだけどな……」

「合唱コンクール?」

「ああ、唄子は転校生だから知らなかったわね。うちの学校ってさ、文化祭に合わせて校内で合唱コンクールをするんだ。クラス毎に曲を決めて講堂で順番に歌って行くの。まあうちらの学校、生徒数少ないから、すぐに終わっちゃうんだけどね」

「フーン」


 今の「フーン」は関心の無い「フーン」ではなく、興味を惹かれた「フーン」だと私は感じ取った。


「歌いたかったら、またあんたんでピアノ弾いてあげる。それで我慢なさい」

「彩夏と二人で合唱だね」

「それって合唱って言っていいのかな?」


 二人で笑いあってから、唄子はスッと息を吸い込んだ。

 そして、ほんの少し恥ずかし気な表情で歌い出した。


 空にひかる星を 君とかぞえた夜

 あの日も 今日のような風が吹いていた


 そして私も歌い出す。

 美しい唄子の声に、自分の声を重ねていく。

 

 あれから いくつもの季節こえて 時を過ごし

 それでも あの想いを ずっと忘れることはない

 大切なものに 気づかないぼくがいた

 今 胸の中にある あたたかい この気持ち


 唄子は一番を歌い終えて、クスリと笑った。


「伴奏ないと、やっぱりちょっと気恥ずかしいね」


 唄子はそこで止めてしまったけれど、アカペラでも聴き入ってしまいそうなほど、その歌声は伸びやかで美しかった。

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