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第3話 作戦会議はどこで

 二人の間に不思議なことが起こってから一週間が経った。

 私たちは出来るだけ人目を避けつつ、毎日休み時間に校舎裏で待ち合わせては感動を共有していた。

 そして、恒例になってしまった二人での昼食の時間に、唄子はある提案をしてきた。


「そろそろ本気で私たちの間で起こっていることを解明していかない?」

「ん……うん、そうだよね」


 口の中にあったおかずを飲み込んで、私は唄子の意見に同意した。

 今のところ、このおかしな現象に関しては、まだ殆ど解明できていない状態だ。

 勿論二人とも、この不可思議なことを放置していたわけでは無い。お互いに可能な範囲でこのような事象について調べ、また、お昼休みには必ずそのことを話し合っていた。

 そして、この一週間の間に、私たちは二つの重大なことを発見していた。一つは、唄子の視界に入っているものならば、私も色彩を認識できるということ。もう一つは、私が聴こえている音ならば、唄子も聴くことができるということ。

 しかし、それが何故起こるのかは依然謎のままで、今は二人揃って大きな壁の前で足踏みをしている状態だった。

 そして、唄子は答を急ぐ性格なのか、かなり真剣な表情でこれからの道筋を今ここで決めようとしていた。

 

「お昼休みはここでこうして会ってるけど、私たちが一緒にいる時間って少な過ぎると思わない?」

「うん。まあそうかな」


 確かに唄子が言うように、二人はクラスメートではあるものの、あまり教室では接点を持っていなかった。

 今はこうして肩をくっ付けている関係なのだけれど、教室でいる時は以前と変わらない距離感を、お互いに心掛けていた。

 ひと言で言い表すならば、それは二人の決めた「自己防衛」だった。

 今二人の間で起こっている不思議なことが迂闊に他人に話せない内容だということぐらいは、中学生の二人も承知していた。

 もともとあまり接点のなかった二人が急に仲良くし始めれば、自然と周囲の関心を惹いてしまうだろう。そう考え、慎重に行動していたのだった。


「学校終わってから別々に調べていても何の糸口も見えてこないでしょ。だからまずは、放課後に二人でいる時間を積極的に作ってみない? それで二人で作戦会議しようよ」

「そうね。確かに鳴瀬さんの言うとおりだわ……」


 ただの女子中学生の二人が別々にできることと言えば、スマホを使ってしらみつぶしに情報を漁るくらいだ。

 確かに二人一緒なら、お互いのハンデも克服され、その中で気付けることもあるのかも知れない。

 ネットの中に答が見つからないのなら、お互いをよく観察して意見を出し合い、突破口を探るのが賢明な選択なのだろう。


「いいよ。やろうよ。それで作戦会議はどこでする? どっかの空き教室を使わせてもらう?」

「それは駄目。誰かに私たちの話を聞かれるかも知れないじゃない」

「そう? 気を付けてれば大丈夫じゃない?」


 安易に応えた私に、唄子はため息混じりに首を横に振った。


「そんなの駄目に決まってるでしょ。放課後は部活の生徒たちがそこら中でウロウロしてるんだから、空き教室だって安全とは言えないわ。いつ誰に聞かれているかわからないじゃない」

「そうかな。三階の奥の教室とかだったらいけそうだと思うけど」

「却下。お願いだから、もっと慎重になって」


 自分と違い唄子はなかなか慎重な性格のようだ。

 それにしても唄子の話す言葉は、声を発する度に明らかに滑らかになっている。

 音に触れたことで、彼女の中で眠っていた回路が目を覚まし、急速に適応しようとしているのだろう。

 今この瞬間も、まるで乾いたスポンジに水が浸透していくように、唄子の中の声を発するシステムが構築されて行っているのは間違いない。

 本来彼女はお喋りな人なのではないのだろうか。そう思ってしまうほど、今の唄子は雄弁だった。


「じゃあ鳴瀬さんの意見を聞かせてよ?」


 見たところ、唄子は最初から答を用意していそうだった。


「私は学校の外がいいと思うの。実は快適に作戦会議が出来そうなとこ考えてきたんだ。聞いてくれる?」


 やはり用意していた。


 それから私たちは予鈴が鳴るギリギリまで、熱い意見を交わしたのだった。


 

 終業のベルが鳴り、学校にけだるげな放課後が訪れた。

 二人の通う中学は部活に入っている生徒が大半を占めていたので、そのまま真っすぐに下校する生徒の数はまばらだ。

 部活動に参加していない私と唄子は、校舎のどこかしこで始まった生徒たちの賑やかさを横目に、並んで校舎を出る。

 今日の昼休み、予鈴ぎりぎりまで話し合った結果、やはり学校以外の場所を選択することにした。

 私は最後まで、放課後に学校のどこかで作戦会議をしようと提案したのだが、唄子は絶対駄目だと譲らなかった。

 雰囲気だけで大人しい子だとイメージしていたけれど、実際のところ唄子はけっこう頑固な人だった。

 結局唄子の提案に乗った感じで、学校からほど近い私の家で作戦会議をすることが決まり、今こうして二人は肩を並べて下校しようとしていた。


 キーンコーン。


 ノイズ混じりのチャイムが放課後のグラウンドに広がる。これは部活開始の合図だ。

 二人並んでグラウンド脇を通って校門へ向かおうとしたとき、私はふと、始まったばかりの野球部の練習風景に足を止めた。


「今日もやってるなー」


 ただの独り言だったのだが、唄子は私の腕を指でツンツンと押して、「今なんて言ったの?」といった顔をした。

 私は唄子が聴こえるように腕を取る。


「ごめん、独り言。実は野球部に知ってる子がいてさ」

「知ってる子って?」


 唄子は周囲に気を配りながら、私にだけ聴こえるよう口を動かした。


「B組の山田康太やまだこうたって言う子なんだけどね。まあ、幼馴染ってゆうか、たまたま近所に住んでただけっていうか……ほら、今あそこで走ってる日焼けした坊主頭の子」

「えーと……どれ?」


 指さした辺りには、同じような坊主頭の少年が列になって走っていた。唄子はいったいどれがそれなのか、わかりかねている様子だ。

 私はちょっと周囲の目を気にしつつ、トラックを走る少年の名前を呼んだ。


「こーたー」


 走りながらこっちを向いた坊主頭に手を振ると、向こうも手を振り返してきた。


「まあ、あれがそうなの」

「へえ、男子に友達いたんだ」

「まあいいじゃない。いこ」


 どうでも良かったことなので、そのまま唄子の手を引いて校門へと向かった。

 唄子は何も言わなかったが、私の交友関係に関して多少興味があるのか、しばらく歩きながら少年の姿を目で追っていた。



 校門を出て、潮風の駆け上がって来る坂道を、二人は並んで下っていく。

 毎年12月に行われるマラソン大会で、この急坂をラストスパートするのが、我が校の伝統だった。

 あまり走るのは得意でない私は、その伝統を一度も守ったことがないし、今年も守る気はない。

 おおよそ運動が苦手そうな唄子も、きっとそんな感じだろう。

 丘を下って海岸沿いの県道へ出ると、さらに潮の匂いが濃くなった。

 私は徒歩通学で唄子はバス通学。

 潮風のせいで風化した少しくたびれた感じのバス停を、今日の唄子は私と共に素通りしていく。

 やがて、まばらだった通学路には、生徒の姿が見えなくなった。

 午後の陽光が穏やかに射し込む海沿いの県道で、二人は脚を止め周囲を見渡す。

 視界には人の姿どころか、猫一匹いない。

 誰もいないことを確認し終えると、校門を出てからずっと無言だった唄子が、私の腕を取った。


「遠いの?」

「ううん、もうあと十分くらい」


 家から学校までは徒歩二十分。その程度の距離は、私の感覚ではそんなに遠いわけではない。

 徒歩通学している生徒の中では随分近い方だった。


「鳴瀬さんの家は遠いの?」

「うちはバスで二十分ほど行った山側。坂の途中にあるんだ」

「あ、うちと一緒だ」


 ほんの少しお喋りしながら歩いていると、いつも唄子が利用している市バスが、ノロノロと二人を追い越していった。

 唄子はバスのお尻を見送ってから、今度は私の小指に人差し指を絡めた。


「この方が歩きやすいでしょ」


 手を繋いでもいいのだろうが、まだそこはお互いに気恥しさがあった。

 知り合ったばかりの心の距離感が、なんとなくそこに表れている。そういうことだった。


「これが波の音なんだね」


 右手に広がる白波の立つ海に目を向け、唄子は独り言のようにそう言った。


 「うん」


 波の音に耳を澄ます唄子の隣で、私は澄んだ空との境界線がわからないような海の青さに、静かに感動していた。

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