第22話 勉強会
「それ、何かのおまじない?」
唄子と私を繋いでいた長い髪の毛を瑞希先輩に指摘され、私の頭の中は真っ白になった。
「ゲン担ぎです」
何の反応もできなかった私に代わって、唄子がすかさずそう応えた。
「私たち、一人だとホントダメダメなんですけど、二人でなら結構上手くいくことが多いんです。半人前の私たちが一人前になれる様にって、二人でいる時はこうしてようって決めたんです」
恐らく唄子はこういった質問を想定して返答を用意していたのだろう。
中学生女子のちょっとしたおまじないの様にまとめた唄子に、私は心の中で拍手を送った。
「へー、じゃあ、私とこの葉みたいだね」
瑞希先輩はこの葉先輩の肩に手を置いて、唄子の話に共感を示した。
「この葉はさ、優等生なんだけどちょっと奥手でさらに天然なのよ。それを常識的な感性を持つ私が補ってあげてるわけ」
「常識的な感性って、本気で言ってる? 私が朝電話してあげないといっつも遅刻するあんたが?」
何だか二人でじゃれ合い始めた。常識的感性をどちらが持っているのかはさて置き、二人がお互いの弱点を補い合っているのは感じ取れた。
私と唄子もはた目から見ればこんな感じなのかな。
仲良く仲違いしている二人を見ていて、そんなことを考えた。
唄子は先輩たちの様子を窺いつつ私の手を取った。
「家庭科室、行くよ」
「え、うん」
部室を出て廊下を歩き出した唄子が大きく息を吐く。
先輩の前では堂々としていたけれど、やはり緊張していたみたいだ。
「上手く誤魔化せたね」
「まあ、今日のところはね」
安堵したのも束の間、部活終了のチャイムに私たちは駆け出した。
気がつけば、私と唄子の中学生活は部活中心になっていた。
しかし、中学生である私たちは、本分である勉強をないがしろにするわけにも行かない。
学期末のテストに向けて部活は一週間の休み。
六月の長雨はうっとおしく降り続く。
唄子が一緒にテスト勉強をしようと提案してきたので、今日は私の部屋で勉強会をすることになった。
誰かと一緒にテスト勉強をするのは初めてだ。
そもそも今までそんなにテスト勉強を頑張った経験が私には無い。
成績はいつも中くらい。いや、中より少し下くらいかな。
そう言えばいつも一緒にいるのに、唄子とはあまり勉強についての話をしたことがない。
勉強会という流れで、何となく成績について聞いてみたところ、唄子はテストで90点以下を取ったことの無いない秀才だった。
「マジ? 私はいいけど、唄子はここにいたらあんまし勉強にならないんじゃない?」
「そんなこと無いよ。音楽聞きながら勉強できるなんて最高じゃない」
限界突破している私たちは普通の人と同じように勉強ができる。
私は色のついたテキストを見れるし、唄子はスマホに入れたお気に入りの曲をかけながら勉強ができる。
無音の方が集中できるのではないかと思うのだが、唄子が言うにはそうでは無いらしい。
「例えば音読は、私が今までできなかった勉強法なの。視覚と聴覚を両方使えば記憶に定着しやすいし、一説によれば勉強の捗る音楽だってあるみたいよ」
成る程そうかも知れない。
私の場合は単純に、唄子がいれば解らない所をすぐに教えてもらえるので、非常に都合がいい。
ここへ来て、ちょっと理屈っぽいと普段は感じていた唄子のことが、教科の解説には丁度いいことを発見した。
実は、娘がボランティアサークルを立ち上げたことを、お母さんは喜んでくれていたが、勉強のことに関してちょっと心配している。
まあ、中間テストで赤点すれすれの教科が三つもあったのだから仕方がない。
という訳で、サークル活動をしながらも成績が上がれば、お母さんの機嫌も良くなり、私も肩身の狭い思いをしなくて済むわけだ。
そして今、勉強は順調に捗っている。
元来飽きっぽい私が集中力を維持できるのは、コツコツと地道にサークル活動を頑張った副産物なのかも知れない。
それから二時間、私は唄子に引っ張られるように、普段は絶対に持続しない集中力で勉強をやり切った。
「間に合うのかな」
筆記用具を片付けたあとに、開封したスナック菓子を齧りながら、ポツリと唄子がそう口にした。
唄子が言及したのはテスト勉強のことではない。
言わずもがな、人形劇のことであるのは明白だった。
「大丈夫じゃない? 先輩が調整してくれてるんだし」
近頃学校でも校外でも、私たちの話題は人形劇のことばかりだ。
どちらかと言えば私よりも、こだわりの強い唄子の方が今回のボランティアの成功を気に掛けている。
その証拠に、家でもコツコツやっているらしく、唄子の裁縫技術は目に見えて上達していた。
「私ね、自分の担当する人形は自分の手で作りたいんだ」
昨日の帰りに、唄子はそんなことを言っていた。
「テスト終わったら、また頑張らないと」
スナック菓子を適当に口に放り込んでから唄子は腰を上げた。
「そろそろ帰るね」
夏至を少し過ぎた時期。
パラパラと路面を濡らしていた雨はいつの間にか止んでいた。
雲の切れ間からオレンジ色の光が射し込み、唄子の横顔を照らす。
「じゃあまた明日」
摘まんでいた髪の毛を離すと、唄子の姿がモノクロになった。
遠ざかっていく背中を見送りながら、私は思ってしまうのだ。
きっと唄子はこのテスト期間中も人形劇の準備をしている。
どこか生き急いでいる様な、そんな彼女の背中はやがて見えなくなった。
そして小雨の降った期末テストの当日、唄子は学校を欠席した。




