第21話 四人の部活動
新生ボランティアサークルが始動し、私と唄子は放課後毎日残って、人形劇に向けての準備をしていた。
開け放った窓からは、夕方の涼しい風と共に、運動部の生徒達の声が聴こえてくる。
「放課後に部活するって、こんな感じなんだね」
人形劇に使う小物を制作していた唄子が、窓の外に目を向けて、独り言のように呟いた。
「そうだね。でも嫌いじゃないよ。この感じ」
午後の陽射しが窓から射し込むこの時間帯。
校舎の中には文科系の部活をしている生徒たちの気配がある。
三階の音楽室からは吹奏楽部が楽器を鳴らす音。
どこかけだるげで心地いい、放課後の音だ。
「もうすぐ来るね。先輩たち」
「あ、そうだね」
壁に掛けられてある時計を見ると、いつの間にかそんな時間になっていた。
私もそうなのだろうが、唄子の表情には、やや緊張が見える。
実際のところ先輩たちは、とにかく気さくで話しやすかった。
多少人見知りだという自負のある私も、先輩たちのおおらかさに、この頃は心地良さすら覚えている。恐らく唄子も私と同じだろう。
しかし、言うまでもなく私たちには秘密がある。
今までは何となく隠しおおせていたけれど、このまま先輩たちと行動を共にしていれば、そのうちに露見してしまうに違いない。
「私たちのこと、やっぱり先輩には言っといたほうがいいのかな……」
唄子も同じことを考えていたようだ。回答を用意していなかった私は、しばらく考えたあと、先に相棒の考えを聞いておくことにした。
「唄子はどうした方がいいと思う?」
「そうね……先輩たちなら律子先生みたいに、すんなり受け容れてくれるかも知れない……でも、そうじゃないかも……」
唄子はかなり慎重になっている。
秘密を打ち明けるには、信頼に足る人たちであることが大前提だ。
私たちが見て来た二人は今のところ好印象だが、弱点を晒すのは早急に違いない。
「ねえ唄子、このままもうしばらく様子を見ない? 二人に会うのは週に二度、二時間程度だし、気を付けていれば限界突破のことを伏せていられると思う」
「そうだね……」
言葉を濁した唄子に、どこか釈然としていない様子が感じられた。
そして、そのタイミングで、先輩たちが部室に姿を見せた。
「頑張ってるかね、後輩諸君」
元気よく部室の戸を開けた瑞希先輩に続いて、この葉先輩も顔を出した。
「先輩、お疲れ様です」
私と唄子は一度席から立って、ぺこりと一礼する。
「さあ、今日もやるかー」
先輩たちは高校の授業を終えてから、この部室へとやって来る。
私たちの授業が終了してからおおよそ一時間。
隣町の高校へ通う先輩たちはバス通学をしており、放課後すぐにこちらへ来れるわけではない。
言うまでもなく学生の本分は勉強だ。ボランティア活動に協力的な学校側も、卒業生の負担になることを望んではいない。
律子先生と話し合った結果、週に二回程度この部室に集まって共同でサークル活動を行い、他の日は別々に人形劇の準備を進めることとなった。
そして、肝心の人形劇の題目については、今年は白雪姫に決まった。
先輩たちはずっと二人で活動してきたこともあり、今までは劇中に登場する人形の数の少ない題目を選んできた。
今回は私たちが加わることで、単純に登場する人形の数を倍に増やすことができる。
白雪姫の登場人物は、主役の白雪姫、七人の小人、王子、魔女、そして森の動物たちだ。
一斉に登場するシーンは、ほぼないので、四人いれば何とか形に出来るらしい。
そして、こうして集まった時に、手先の器用なこの葉先輩に人形制作の手ほどきを受ける。
先輩たちは適当に鞄を置いて、まずは私たちが進めていた小物制作の進み具合を確認する。
「うん。予定通り進んでるね」
「はい。まあ一応……」
唄子と私は手元に置いた製作途中の小物に目を落とす。
裁縫道具を普段ほとんど触ったことのない私たちは、時々針を指に突き刺しながら、手縫いで小物を制作していた。
とはいっても、型紙は全てこの葉先輩が制作するので、それに沿って布を裁断して縫っているだけだ。
私の手元にある赤い毒リンゴは、説明されたとおりに作ったはずなのに、どこか歪だった。
「その調子だよ」
どう見ても完成度が低い毒リンゴを手に取って、この葉先輩はサラリと元気づけてくれた。
「が、頑張ります」
今まで部活と縁の無かった二人にとって、先輩の存在は新鮮だ。
瑞希先輩は気さくなリーダーっぽい感じで、この葉先輩は優しそうな縁の下の力持ちって感じ。
ボランティアサークルを立ち上げた二人がいてくれることは、本当に安心感がある。
しかし、それと同時に自分たちが先輩たちに比べて大きく見劣りしていることを、毎回痛感させられていた。
この葉先輩の主導で、私たちは四つくっつけた机を囲むようにして黙々を手を動かす。瑞希先輩はあまり裁縫が得意ではない様で、時々悲鳴を上げながらウサギの人形を作っている。
指先に幾つも巻いた絆創膏が、普段の頑張りを物語ってた。
「先輩、痛そうですね」
今日何度目かの悲鳴を上げた瑞希先輩に、私はつい、言ってしまっていた。
「ちょっとね。そんなに痛そう?」
「絆創膏貼ってない指、無いじゃないですか」
「まあ、この葉がスパルタでさ。気付けばこんな感じよ」
瑞希先輩は苦笑しつつ手を広げて見せた。
「もう、瑞希、人聞きの悪いこと言わないで、私はいつもゆっくりでいいって言ってるじゃない」
「そうだけど、テキパキやってるあんたの隣で作業してると、つい張り合っちゃうのよ」
先輩の話を聞きつつ私は隣の唄子に目を向ける。勝敗にこだわるのがもう一人ここにいた。
「もう、怪我しないように作業してよね。絆創膏、もうあんまし無いよ」
「絆創膏なら、隣の保健室にいっぱいありますよ」
私がそう言うと、二人とも「あっ、そうか」といった顔になった。
「そうだよね。あとで律子先生にもらっとこう」
ハハハ、と瑞希先輩が大きな声で笑う。
どこか心地良い部活動。
唄子が現れてから、私の周りの環境は目まぐるしく変わった。
もうあの頃には戻れないな。
穏やかな午後の教室で、いつしか変わってしまった自分自身に気が付いたのだった。
窓から射し込む日差しがオレンジ色へと変わっていき、部活終了の予鈴が校内に広がった。
作業の手を止めた私たちは、机に広げた裁縫道具の片づけを始める。
そして、家庭科室から借りていた裁縫箱を返却しに行こうと、私と唄子が席を立った時だった。
「それ、何かのおまじない?」
瑞希先輩が指さしたのは、私と唄子を繋いでいた長い髪の毛だった。




