第19話 決断
先輩から人形劇の話を聞いてから三日後に、律子先生は帰って来た。
「お土産買ってきたの。さあ遠慮せず食べて」
放課後の保健室で、開封したお土産の饅頭を勧める律子先生からは、先日のやらかしを、うやむやにしてやろうという意図が感じられた。
「じゃあ遠慮なく」
「どうぞどうぞ」
饅頭に手を伸ばした私たちに、先生は愛想よく笑顔を振りまく。
「今日はコーヒーじゃなくって、お茶の方がいいわよね」
申し訳ないという気持ちからだろう。今日の先生はやたらとよく気が付いた。
それから淹れてもらった熱い緑茶を飲みつつ、饅頭を二つ食べ終えたところで、私は先日渡しそびれていたシーグラスで作ったアクセサリーを先生に手渡した。
「先生にって、二人で作ったんです」
「すごく綺麗。美化活動の時に見つけたのね。どうやって穴を空けて紐を通したの?」
「工作室を使わせてもらって。私たちもほら」
私と唄子は鞄に付けてあるシーグラスを先生に見せた。
「お揃いね。ありがとう。大切にするね」
どうやら気に入ってもらえたようだ。
頑張って作った甲斐があったね。唄子の顔を見るとそんな表情で私を見ていた。
そして、渡すものを渡してひと段落したあと、唄子が手を挙げた。
「先生、ボランティアの話なんですけど」
「うん。そうね。その話だよね」
「あれから私たち、先輩の家に行って人形劇の話を聞いたんです」
「そうみたいね。それでどう? やってみる?」
どうやらもう先輩からだいたいのことは聞いているみたいだ。
いきさつを話す手間が省けたことで、唄子は私と事前に決めたことをストレートに伝えた。
「彩夏と話して、やることに決めました。先輩たちには昨日、一緒にやらせて下さいって彩夏の方から電話しておきました」
「そう。上手くまとまって良かったわ」
先生はやや安堵した表情をすると「もう一つどう」と、饅頭を勧めて来た。
何だか太りそうと思いつつ、私は手を伸ばす。
唄子は饅頭を手に持ったまま、ちょっと真面目な顔でさっきの話の続きを始めた。
「そこまでは良かったんですが、実は人形劇をするにあたり一つ問題が出てきまして……」
「何かしら、勿論相談にのるわよ」
「先輩が言ってたんです。人形劇をするにあたり、色々と材料を調達しないといけないって。高校のサークルではいくらか活動費が出ているらしいんですけど、ほんの僅かだって言ってました」
二人の先輩から聞いた話だと、進学した高校では、部として認められていない少人数のサークルには、あまり活動費は充てられていないらしい。
「中学でボランティアサークルをしていた時は、学校から活動費と材料を支給して貰ってたって先輩から聞きました。それでその……」
少し切り出しにくそうな唄子に、先生はその続きを言ってくれた。
「学校側から、ボランティア活動に対する協力があるのか聞きたいわけね」
「はい。そうなんです」
そして先生は、唄子の質問に簡潔にこたえた。
「結論から言うわね。今この学校にはボランティアサークルは存在していない状態なの。つまり、個人のボランティアに学校側は協力できないということ」
「そうですよね……」
多分そうだろうと思っていたので、別に意外でも何でもなかった。
やはり他の方法を考えなければいけないようだ。
「じゃあ、もし、今この場でボランティアサークルを立ち上げたとしたら?」
唄子は予め用意していたであろう質問をした。
必ずそれを口にすると確信していた私は、何も口を挟むことなく律子先生の返答を待った。
「サークルを新設する場合、専用の登録用紙に記入して、顧問を受けてくれる先生に提出するだけでいいわ。登録用紙は顧問から校長に渡され、受理されれば新サークルは誕生する……」
「受理されない場合は?」
「あまりにも馬鹿馬鹿しい内容のサークルは認めてもらえないけれど、ボランティアサークルは先輩たちの実績があって、あの子たちが卒業して廃部になった時に校長はたいそう残念がっていたわ。実はこの間の海岸掃除のことを校長に話す機会があってね、もしボランティアサークルを復活させるのなら学校側で全面的にバックアップすると、あなたたちに期待してたわ」
そして、律子先生は机の引き出しを開けて、一枚の用紙を取り出した。
「そのとき校長から渡されててね、ここに名前を記入すればサークルは復活するわ。どうする?」
唄子は私を見て一度頷いた。
「やろうよ彩夏」
やはり先に私の手を引くのは唄子だ。
でも、今回は私が先に唄子の手を引きたかったな。
「うん。やろう」
そのあと、先生に手渡されたボールペンで私たちは名前を記入した。
こうして、新生風ノ巻中学ボランティアサークルは誕生した。




