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第17話 先生ってそうなの?

 私の紺色で地味な学生鞄に、今日はちょっと可愛いものが付いている。

 海岸の美化活動の時に見つけたシーグラスだ。

 たくさん集めたシーグラスを唄子と見せ合い、一番気に入ったやつをストラップにしようと決めて、おっかなびっくり工作室のドリルで穴を空けて作ったのだ。

 そして、どうせならと、唄子は私の作ったものを、私は唄子が作ったものをお互いに交換し、こうして鞄のアクセサリーにした。

 ついでと言っては何だけど、お世話になってる律子先生にも、二つのシーグラスを繋げたストラップを作っておいた。

 そして今日、丁度呼び出されていたこともあり、サプライズで手渡そうと放課後の保健室に私たちは顔を出したのだった。


「せんせー」


 ガラ、と戸を引くと、どういう訳かそこには律子先生の姿はなく、白衣を着た見知らぬ小太りのおばさんがいた。


「どうしたの?」


 椅子から重そうなお尻を上げて応対してくれたおばさんに、私は何と応えようかと一瞬悩んだ。


「あの、私たち律子先生に呼ばれてて……」

「ああ、ボランティアサークルの二人ね。大江先生から聞いてるわよ」


 何だか話は通ってる感じだ。

 ここでつけ加えておくが、まだ私たちはボランティアサークルに入ってはいない。

 「まだ」と、付けたのは、このままサークルに入らされる予感しかしないからだ。

 取り敢えず、私は余計なことを口にせず、一旦話を聞くことにした。


「大江先生は出張でね。三日ほどここを空けるから代理で私が来たのよ。私、大江先生の前にここの養護教諭をやっててね。結婚して子供が出来て、産休に入って男の子が生まれたんだけど、ホント手が掛かって……」


 何だかいつの間にか身の上話になっている。

 こういう場合、人の話は最後まで聞いた方がいいのだろうか。

 いずれにしても、昨日律子先生から放課後顔を出すよう言われていたので、恐らくこの代理の先生は何か言付かっているはずだ。


「あの、律子先生から伝言とか無かったですか?」

「そうそう、あなたたちが来たらこのメモを渡すようにって」


 代理の先生は白衣のポケットから小さく折った紙片を取り出すと、それを私に手渡した。

 メモというより、そこいらのコピー用紙を破った様な紙片だった。

 開いてみると、そこには走り書きのような文字が記されていた。


 電話して 今すぐ!


 電話しろと言われても、先生の携帯番号を私は知らない。

 だが、裏を見てみると、携帯番号が走り書きで記載されていた。

 どうやらちぎった紙のスペースの関係上、こうなった感じだ。

 余程慌てていたのだと見ていいだろう。


「あの、電話しろって書いてますんで私らはこの辺で……」

「あら、そう? じゃあここで電話したら?」

「スマホの使用、校内では一応禁止になってますから」


 別に構わないといった感じの代理の先生にぺこりと頭を下げると、私たちは急いで保健室を出て、いつも昼休みを過ごす校舎裏に直行した。

 鞄からスマホを取り出した私の隣で、唄子は首を傾げている。


「急ぎの用みたいだけど、どうしたんだろうね」

「さあ、電話したら分かるよ」


 メモの電話番号に早速掛けてみると、すぐに繋がった。


「ごめん。ホントごめんなさい」


 第一声で謝られた。

 スピーカーに切り替えて、唄子にも聴こえるようにする。


「どうしたんですか? 出張って聞きましたけど」

「まあ、そうなんだけどね。今朝ふつーに学校に行ったら、校長に『大江先生、出張でしたよね』って真顔で言われてパニックよ。とにかくあなたたちにメモを残して急いで車を走らせて、なんとか間にあったけど、寿命が縮んだわ」

「やらかしてますねー」


 いつもどことなく優雅な律子先生が取り乱しているところを私はちょっと想像した。

 唄子も同じものを想像したのか、何だか可笑しそうにしている。


「それで先生、私たちに何か用があったんですよね」

「ああ、そうだ。そのことなのよ」


 電話の向こうの先生の声がやや早口になった。


「電話はそのままにして、今すぐ校門に走って頂戴。説明はその時」

「は? どういうことですか?」

「いいから早く校門に走って!」


 何だか慌てている様子の先生に、私と唄子は取り敢えず手を繋いだまま走り出した。

 しばらくすると、通話状態にしてあるスマホのスピーカーから、先生の声がしてきた。


「着いた?」

「まだですよ。校舎裏にいたんだから」


 早くしろといった圧力を感じて、私と唄子は体育大会以来の全力疾走をした。

 そして息を切らせて校門へとやって来た私たちは、そこで見覚えのある二人と対面した。


「谷井先輩! 藤谷先輩!」


 先週の週末にボランティア活動で顔を合わせた二人だった。


「よう、後輩諸君」


 ショートカットの谷井瑞希たにいみずき先輩が、白い歯を見せて軽く手を振る。その隣で藤谷この葉(ふじたにこのは)先輩がぺこりと一礼した。


「どういうことです? 先輩たちがどうしてここに?」

「あれ? 律子先生から聞いてない?」


 逆に尋ねられて、私は通話状態のままのスピーカーに向かって説明を求めた。


「先生、これってどうゆうことですか?」

「へへへ、瑞希ちゃん、この葉ちゃん、やっほー……」

「そうゆうのいいんで、早く説明してください」


 それから先生は、スピーカー越しにまず謝罪し、事のあらましを私たち四人に打ち明けた。

 要約すると、こうゆうことだった。

 先日のボランティアを終えて、先生は私たちに続けてみるかと聞いてきた。その時、ちょっと曖昧な返事をした私たちに、じゃあもう一回、今度は別のボランティアに参加しなさいよと提案してきたのだった。

 私たちが了承したので、先生は私たちの出来そうなボランティアを選んでいたらしい。

 そんな時に、この卒業生の先輩たちから私たちにぴったりな、あるボランティアのお誘いがあったのだと言う。

 丁度良かったと飛びついた先生は、タイミング悪く今日の放課後、私たちを対面させようと計画していた。

 予告なく先輩たちに会わせて、私と唄子をちょっと驚かせてやろうとしていた先生は、今朝登校してすぐに校長からサプライズをもらい、他人を驚かしている場合ではなくなった。

 すぐに先生は先輩と連絡を取って、今日の予定を変更しようとしたのだが、タイミング悪く二人には繋がらず、私たちも登校前だったので、仕方なく代理の先生にメモを残した。その結果、こんな感じでグダグダの対面となったわけである。

 

「ひどいな……」

「ひどいわね……」


 その顛末を聞き終えて、唄子と私の口からはそれしか出てこなかった。

 そんな私たちの肩を、ショートカットの瑞希先輩がパンパンと叩く。


「仕方ないわよ。だって律子先生だもの」

「え?」


 短く聞き返した私に、先輩二人は詳しく説明してくれた。


「律子先生、見た目はあんな感じだけど、いっつもどこか抜けてるのよね」

「そうそう、ボランティア先で駐車場を間違えて怒られたり、老人ホームの忘年会に呼んでもらったときなんて、飲み過ぎて寝ちゃってたし、それから……」


 何だか、イメージが崩れていく。

 いったい先生はどうゆう人なのだ。


「ちょっとあなたたち、余計なこと言わないで」


 そう言えばまだ通話は繋がったままだった。

 割り込んできた先生は、なんとか威厳を保とうとしている感じだ。


「はいはい。せんせ、この子たちにはそうゆうとこ見せないようにね」

「もう遅いよ。たった今やらかしちゃったとこじゃない」

「確かに。ハハハハ」


 先輩二人が楽し気に盛り上がる。

 色々暴露されて拗ねてしまったのか、スピーカーから全く声が聴こえてこなくなった。

 私は沈黙したスマホに、一応訊いておいた。


「そんなにやらかしてるんですか? 先生」

「……」

「先生?」

「まあ、受け止め方は人それぞれよ……」


 肯定も否定もしない大人の応対だった。


「では、あとのことは先輩二人に聞いて下さい。じゃあ私はこれで」

「え? それだけ?」


 通話は切れていた。

 何となく優雅な物腰で、ちょっと大人の雰囲気をまとっていた保健室の先生は、まだ確定ではないけれど、ほぼ確実にやらかし犯だった。

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