入学式。
「なんか緊張するな」
隣を歩く天喜は、周りに気づかれないほどの小声でそう言う。
入学式の入場が始まり、地紘たちは在校生や保護者たちから無数の視線を向けられていた。
「まあわかる」
星蔭学園には講堂が四つ存在する。初等部・中等部・高等部それぞれのものが一つと、星蔭学園の全生徒を収容できるほど大きな講堂。
高等部にもなると生徒の人数が非常に多く、高等部の講堂では保護者が入ることができない。そのため、入学式や卒業式は大講堂で行われるのだ。
アリーナには一年生と保護者、ギャラリーには上級生たちが座っている。
圧巻の景色であり、地紘は思わず見回してしまった。
この状況で緊張してしまうのは、仕方のないことだろう。
静かに所定の座席につき、地紘はネクタイを正す。
(少しくらい姿勢崩しても大丈夫か?)
地紘が若干背中を丸めようとした瞬間、隣の席に座る少女が視界に入った。
花びらが舞うような綺麗な所作で座る周に気づき、地紘は無意識に背中をまっすぐ伸ばす。
(な、なんでこいつが隣に……!?)
入学式の座席は、各クラス二列。一列目は出席番号一番から二十番まで、二列目は二十一番から四十番までだ。
地紘の出席番号は六番。そして、周の出席番号は二十六番。必然的に地紘と周は隣の座席につくことになってしまうのだ。
シャンプーか何かの甘い香りが地紘の鼻腔に入り込み、どこか落ち着かない心臓がビートを刻む。
(た、確か入学式は一時間半くらいか……その間、この匂いを嗅ぎ続けるのは、絶対にまずい!)
どうしようかと地紘が思考を巡らせていると、いつの間にか入学式が始まっていた。
マイクの前に立った司会の教師が口を開く。
「続いて、理事長式辞」
無機質な男性の声が講堂に響き、ある人物がステージ上に姿を現した。
黒いドレスに身を包んだその人物は、両手を腰の前で重ね、清らかなヒールの音を一歩一歩響かせて、演台の前に立つ。
綺麗な茶髪を右耳にだけかけ、その人物は話し始めた。
「初めまして……いや、お久しぶり……うーん、違うなぁ」
その人物が声を発した瞬間、講堂に異様な雰囲気が漂い始めた。
綺麗な女性に見えるその人物から、明らかな男性の声が聞こえたからだ。
編入組の生徒が驚く中で、内部進学組の生徒と地紘は表情を変えることはない。
内部進学組の生徒が驚かないのは当然として、地紘が驚いていないのは、彼の入試方式によるものだ。
地紘は一般受験ではなく、推薦入試で星蔭学園高等部に進学した。星蔭学園高等部の推薦入試は面接試験を設ける。つまり、以前この人物とは顔を合わせたことがあるのだ。
(相変わらず頭がバグるな……)
「こんにちは。新しい春が来ましたね」
その人物は右手を胸に添えた。
「ご存じかとは思いますが、私は星蔭学園理事長、星蔭綺羅。初めましての生徒は、以後お見知り置きを」
掴みどころのない人物だと、地紘は思う。約半年前に面接試験で会った時、どれほど思考が掻き乱されたことか。
受験の頃を振り返っていると、地紘は綺羅と目が合う。ハイライトのない真っ黒な瞳が、地紘の何もかもを奪うように向けられた。
「私の学園の信条は、全員が輝く星であるということ。あまり立ち止まっていると、あっという間に周りに置いていかれます……たとえ、どんなに優秀な生徒であっても」
どこか含みを持たせた言葉を放ち、綺羅は地紘から視線を外した。
何か大きな危機が去った時のような安心感が地紘を落ち着かせ、彼は静かに息を吐く。
(なんなんだ……あの人は)
多少どよめいていた雰囲気は落ち着き、入学式は順調に進んで行った。
「……続いて、生徒会長挨拶。星蔭学園高等部生徒会長、一年A組、光谷陽奈さん。お願いします」
「はい」
はっきりとした声が響き、陽奈は座席から立ち上がった。
あらかじめ決まっている動線に従い、陽奈は堂々と歩みを進める。
しかし、周囲の雰囲気はとても好意的とは言えないものだった。
地紘は知らないが、星蔭学園の中等部・高等部の生徒会長に一年生が就任した前例はない。それは単に、星蔭学園の選挙制度が原因である。
初等部においては生徒会は存在せず、中等部から生徒会が存在する。そして、中等部・高等部の生徒会選挙は年度末に開催。
中等部であれば、出馬できるのは初等部六年生、および中等部一年生と二年生。高等部であれば、中等部三年生、および高等部一年生と二年生。
人望が勝敗を分ける選挙において、関わりのない初等部六年生・中等部三年生は圧倒的に不利になるのだ。
そんな中で、陽奈は生徒会長となった。別の候補者やその支持者からすれば、面白くないだろう。
演台の前に立った陽奈は、講堂に集まっている生徒達を一通り見回してから、口を開いた。
「初めまして。今年度生徒会長に就任しました、光谷陽奈です。私がこの場で宣言させていただくのは、この学校はこれまでと姿を変えるということです」
すると、陽奈の背後にスクリーンが降り始める。
陽奈は舞台裏に一瞬視線を向け、確かに頷いた。
「実際に、私の施策をお見せしましょう」
そう言った陽奈の顔は、自身ありげに笑っていた。