仕方ない。
始業のチャイムが鳴り、若い女性教師が教室前方の扉から入ってきた。
黒いスーツをきっちりと着た彼女を見て、天喜がニヤニヤしながら耳打ちしてくる。
「あれが俺らの担任?めっちゃ美人じゃん」
天喜が言う通り、その女性教師はかなりの美貌を振りまいている。それは本人が意識的に出しているものではなく、無意識に出てしまっている大人の色気のようなものだ。
華やかなようでどこか憂いを帯びた女性教師は、一歩一歩自分の存在を主張するようにゆっくりと歩みを進め、教壇に上がった。
左手では名簿を持ったまま、右手を腰に添え、女性教師は教室を見回す。その視線はどこか威圧的にも感じられた。
ニヤニヤする天喜とは裏腹に、地紘は表情を歪める。
「いやぁ……あれは大分怖いと思う」
生徒を一通り見回した女性教師は、厳かな雰囲気で口を開いた。
「……とりあえず、二人いないようだが、先に自己紹介を済ませておこう。私は河野銀。一年間このクラスの担任を務める。担当教科は数学だ。よろしく頼む」
淡々とした自己紹介を行い、銀は続けて今日の日程を説明し始めた。
「今日だが、まずはこの後午前九時から入学式を体育館にて執り行う。その後、担任裁量のロングホームルーム。正午には解散となる。質問がある者はいるか?」
銀の問いかけに対し、挙手をする生徒は一人もいなかった。
その様子を見て、銀は間髪入れずに、窓際一番前の席の女子生徒に視線を向ける。
「青木。整列はお前が仕切れ。遅刻は一秒たりともないようにしろ」
「はい」
青木と呼ばれた女子生徒は眉一つ動かさずに頷き、銀は教室から出て行った。
どこか異様な光景に地紘が困惑していると、一つ前の席に座る天喜が振り返って尋ねてくる。
「なあ。あの青木ってやつ何者なんだ?」
「そんなこと俺に聞くな。俺だって編入組だ」
編入組の地紘がそんなことを知るわけがない。
天喜の質問に対し、地紘は呆れたような表情で答えた。
とはいえ、地紘も青木に対して興味がないわけではない。どうしたものかと思案していると、教室後方の扉が勢いよく開かれた。
「遅刻しましたー……ってあれ?河野先生もういなくなっちゃった?」
「……」
二人揃って教室に現れたのは、先ほど地紘が会話をかわしていた星蔭学園高等部生徒会の二人、陽奈と海斗だった。
元気よく遅刻した陽奈に対し、一人の女子生徒が声をかける。
「遅いよー。陽奈」
「いやー、生徒会の仕事が意外と長引いちゃってさ」
堂々とした態度で二人は歩みを進めると、陽奈は廊下側の席に座り、海斗は地紘の隣の席についた。
なんと、地紘と海斗は隣の席同士だったのだ。
何かしら会話をかわすと想定し、地紘は思わず身構えたが、席についた海斗は一瞬で机に突っ伏す。
意表を突かれて硬直する地紘。
それとは裏腹に、天喜はジトっとした視線を海斗に向ける。
「遅刻してきて居眠りかよ」
「仕事だったんだろ。仕方ない」
生徒会の仕事がどれほどのものなのか地紘には想像もつかないが、確実に負担にはなっている。それを思いやったつもりだったのだが、急に海斗は顔を上げ、ポケットからスマホを取り出した。
画面を横向きにし、何かのゲームをし始めたようだった。
軽い銃声のような音や、よくわからない言語がスマホから出ている。
「……」
呆気に取られる地紘の頬をつつき、天喜は相変わらずのジトっとした目で海斗を見た。
「どこが仕方ないだよ」
「……だな」