友達。
陽奈と海斗はまだ生徒会の仕事があるらしく、二人と別れた地紘は一人で教室に向かった。
クラス分けは事前にメールで届いており、前時代的な掲示板等での発表は一切行われない。クラス分けで盛り上がりこそしないが、便利な制度だ。人混みが苦手な地紘としては、ありがたい。
地紘のクラスは、高等部一年A組。高等部校舎南棟の三階に教室がある。一階の昇降口からは少し遠いが、特に問題はない。
下駄箱にスニーカーを入れ、地紘は新品の上履きを適当に履き潰した。
(多分こっちだよな)
地紘は直感に任せて歩き出し、綺麗な校舎を見回しながら教室に向かい始める。
流石に県内トップレベルの進学校であるため、設備はかなり整っていた。元々公立の中学校に通っていた地紘からすれば、別の国にでも来たかのような気分だ。
階段を上がること一分程度。地紘は無事に南棟三階に到着する。
現在時刻は午前七時五十分。まだ多くの生徒が登校するには、少しだけ早い時間帯だ。
階段を上がってすぐ、まだ人の少ない、静かな一年A組の教室に到着する。
(えーっと、ここで合ってるよな?)
地紘が恐る恐る教室に足を踏み入れると、そこに彼女はいた。
電車で思わず目を奪われた少女、月城周だ。
地紘は目を見開き、衝動的に足を止める。
周は席につき、静かに本を読んでいた。何やら、哲学の本のようだ。
いくら彼女に目を奪われているとはいえ、これ以上棒立ちして見つめていると不審に思われる。そう判断した地紘は、おとなしく自分の席に向かった。
地紘の席は、窓際一番後ろ。いわゆる、主人公席と呼ばれる位置だ。
初日で薄っぺらいリュックサックを机の横にかけ、できるだけ音を立てないように椅子を引く。
教室には読書をしている周だけではなく、朝から何かの勉強をしている数人の生徒達もいる。大きな音を立てるのは、彼らに対して迷惑だ。
静かに着席した地紘は、手持ち無沙汰を解消するためにスマホをいじり始める。と言っても、ろくなSNSもやっていない地紘のスマホにいじるものなどなかった。
適当にネットニュースを数件眺め、飽きた地紘は画面を消したスマホを机に置く。
始業までまだ二十分程度ある。地紘は、明日からはもっと遅く登校することを誓ったのだった。
とはいえ、どうにかして今日の暇を潰さなくてはならない。
どうしようかと地紘が思案していると、彼の横を一人の男子生徒が通り、一つ前の席にリュックサックを置いた。
地紘が彼を見上げると、その男子生徒も地紘の方を見ている。
茶髪にパーマのかかった、ややちゃらめの少年だ。
男子生徒はニカっと笑い、地紘に声をかけてくる。
「俺、臼井天喜。よろしくな」
「えーっと、海野地紘。年は十五で、誕生日は……」
地紘はその見た目から想像できないほど、人付き合いが苦手だ。こういう初対面の場面で何を言っていいのか、さっぱりわからない。
そのため、軽い自己紹介とは思えない、出鱈目なことを口走ってしまったのだ。
そんな地紘に対し、天喜は思わず吹き出す。腹を抑え、その場に膝をつくほどの爆笑を繰り出した。
突然笑い始めた天喜を不思議に思い、地紘は戸惑いを隠せない。
「あ?お、おい。どした?」
天喜は三十秒ほど笑い続け、ようやく落ち着き始めた。
深呼吸をするようにして落ち着き、天喜は目の端に浮かんだ涙を人差し指で拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「あー悪りぃ悪りぃ。あまりにもおもろくてさ」
「は?何がだよ」
天喜は自分の席に腰掛け、爽やかな笑みを浮かべた。
「見た目の割に、案外お茶目じゃん?」
「お茶目って……俺みたいなのが?」
「おう。お前、ぜってぇ良いやつ」
くしゃっと笑った天喜の笑顔が、地紘にはあまりにも眩しく見えた。
今まで生きてきた十五年とちょっと、地紘はこんな笑みを向けてきてくれる人と出会ったことがない。それがどこかおかしくて、地紘も笑みを溢していた。
「お前こそ、カッコつけたこと言ってんじゃねぇよ」
同級生と笑顔を交えて談笑する。それがこれほど楽しいものなのだと、地紘はこの瞬間に初めて知ったのである。