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勘違い。

 最寄駅(もよりえき)から歩いて十分程度。パッとしない表情のまま、地紘(ちひろ)は学園の校門をくぐった。

 その表情の理由は、周囲の様子にある。


「ねぇ、あんな人いたっけ」

「怖いよね。編入組(へんにゅうぐみ)かな」

「何あの髪。怖いんだけど……」


(聞こえてんだよな……)


 私立星蔭(ほしかげ)学園は、県内でもトップレベルの進学校。当然、通っている生徒達は真面目で優秀な人間が多い。

 地紘のような見た目の生徒は、全くと言っていいほど存在しないのだ。

 そのため、完全に地紘は周囲から浮いており、決して向けられていて心地よい視線は向けられていない。

 地紘がいたたまれない自分の目線の行き先を探っていると、自然と目の前を歩く生徒に吸い寄せられた。そう、先ほど電車の中で目を奪われたあの少女だ。


(あいつ……)


 桜の花びらが舞うことすらも、まるで彼女の存在が世界から祝福されているかのように、地紘には見えた。

 彼女はあまりにも(まぶ)しく、地紘が逆立(さかだ)ちしたって手が届かない存在なのだと、本能的に理解してしまう。それは敗北であり、嫉妬(しっと)であり、正常だ。


(結局のところ、俺みたいなやつは誰にも望まれないんだよな)


 地紘は飛び抜けて頭がいいわけでも、運動ができるわけでも、優しい心を持っているわけでもない。ただ進むことが怖い半端者(はんぱもの)だ。

 そうして今も、ドス黒いものが胸の内で(くすぶ)り続けている。性懲(しょうこ)りも無く。


「ちょっと君。止まりたまえよ」


 背後から肩に手を置かれた地紘。振り返ると、そこには二人の生徒がいた。

 手を置いているのは、肩ほどで切り揃えられた髪の女子生徒。もう一人は、ところどころ髪が跳ねている男子生徒。

 彼女ら二人の左腕には、何かの腕章(わんしょう)がつけられていた。


「あ?」


 明らかに面倒臭そうな雰囲気を感じ取った地紘は、思わず顔を(しか)めてそう反応する。

 そして、心の中で我に帰るのだ。


(いやちょっと待て!?俺感じ悪すぎるだろ!)


 地紘が一人心中で慌てていると、女子生徒は彼の肩から手を離し、自らの腰に添えた。

 彼女は、首を若干傾けて地紘に(たず)ねる。


「君。(あまね)ちゃんのファンか何か?」

「は?」


 地紘は彼女の言葉の意味が理解できず、思わずそう聞き返してしまった。

 それもそのはずだろう。地紘は、周なんて名前の人間を知らないのだから。

 女子生徒は地紘の態度にも動じず、先ほど地紘が視線を向けていた少女を指差した。


「あの子よ。月城周(つきしろあまね)


 ただ地紘は純粋に、綺麗な響きだと思った。


(へー。あいつ周っていうのか……って)


「いやいやいや!俺ファンとかじゃないけど!?」


 慌てて弁明(べんめい)した地紘に対し、女子生徒は(さわ)やかな笑みを浮かべた。


「だよね。だって君、編入組だもん」

「え?あ、そうだけど……」


 地紘はもはや、何が何だかわからない。

 混乱しているのを察したのか、女子生徒は自らの胸に手を当てた。


「あーごめんごめん。自己紹介まだだったよね。私は光谷陽奈(みつやひな)。高等部生徒会長をやってるんだ。それでこっちが……」


 陽奈が背後の男子生徒に視線を向けてみるが、彼は一向に口を開くことも、スマホから目を離すこともない。

 そんな男子生徒の様子に呆れた様子の陽奈は、額を抑えながらため息をついた。


「はぁ。もうちょっと自覚というかなんというか……」


 そう言うと、陽奈は男子生徒の手に握られていたスマホを没収した。

 男子生徒はスマホがなくなった空っぽの(てのひら)を数秒間見つめ、陽奈の方へ視線を向ける。


「……何?」


 だるそうな瞳を(さら)す男子生徒は、首を傾げてそう問う。

 どうやら全く状況を見ていなかったようで、それを理解した陽奈はもう諦めていた。彼自身に自己紹介をさせるのはやめて、素直に自分で相棒(あいぼう)を紹介することにしたのだ。


「こっちが紺野海斗(こんのかいと)。高等部生徒会副会長。ちょっとやる気とかやる気とかやる気とか問題はあるけど、私の相棒ね」

「は、はあ」


 ここまで聞いても、地紘には話が見えない。目の前にいる二人は、一体何がしないのか。

 とりあえず、彼は自己紹介を返すことにした。


「え、えっと。俺の名前は……」

「……海野地紘」

「え?」


 地紘が自分で名前を名乗る前に、気だるげな声で海斗が答えた。

 これには地紘も完全に驚いてしまうが、すぐに陽奈が説明する。


「実は、理事長から君のこと色々聞いて……別に詮索(せんさく)とかするつもりはないんだけどね。とにかく、気にかけて欲しいって言われたんだ」


 陽奈の言葉を聞いて、地紘は心臓がキュッと縮んだような気がした。自らの触れられたくない部分に触れられていると感じてしまったからだ。

 だが、陽奈や海斗からは純粋な気持ちしか感じられない。本当にただ仕事としてか、単純に心配で声をかけてきたのだろう。地紘はそう解釈(かいしゃく)した。

 ならば、地紘自身も萎縮(いしゅく)している場合ではない。


「……事情は分かった。だが、できる限り他の人には内緒(ないしょ)にしてほしい」

「もちろんだよ。理事長にもめちゃくちゃ口止めされてるしね」

「助かる……ってあれ?」


 地紘はそこで、あることに気がついた。


(この二人って、もしかして先輩……!?全然敬語とか使ってねぇ!)


 ここまで話していて自然にタメ口で話してしまっていたが、二人は高等部生徒会長と副会長。単純に考えれば、一年生の地紘よりは上級生であるとわかる。

 完全に慌ててしまった地紘は、勢いのままとりあえず頭を下げた。


「す、すんません!先輩相手なのに敬語使ってませんでした!」


 地紘は頭を下げているため見えていないが、彼の言葉を聞いて、陽奈と海斗は思わず目を丸くしてしまった。そして、陽奈が気まずそうに言葉を(つむ)ぎ出す。


「え、えーっと……海野くん」

「は、はい!」


 地紘が勢いよく顔を上げると、陽奈は申し訳なさそうに眉を(ひそ)めていた.


「私と海斗くんも、君と同じ一年生なんだ」

「……まじか」

「まじまじ」


 地紘は先ほどまでの自分の行動が恥ずかしくなってしまい、耳まで真っ赤に染めて口をポカンと開けていた。

 同級生との初めての会話は、盛大な勘違(かんちが)いだったのである。

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