九話 もう一人の物語
ある時代の人間世界に椿という女子高校生がいた。通常なら学校に行き、友達と話しと充実な日常を過ごしているはずだった。
しかし、容姿が整っていて何でもできる椿は他の皆からの嫉妬の的になった。
いじめなんて当たり前。水をかけられたり、転ばされたり。毎日が嫌になる日々だ。
朝の騒がしい教室に入り、決められた席に鞄を置く。周りは「おはよう」と友達と挨拶をするが椿に挨拶をする人はいなかった。「おはよう」と言ってもまるで居ないかのように無視されてしまう。それがわかってか椿は自分から挨拶をすることは無い。読みかけの本に視線を向けた。
「ねぇ、知ってる?稲荷崎神社の噂。」
遠くでクラスメイトが離していた噂話。
「知ってる!お狐様でしょ?しかも綺麗な女性だけって結構酷くない?」
ケラケラ笑う声が教室に響く。
少しするとチャイムがなり、皆は渋々席につく。一限の現国の教科書を開いた。1番眠くなりそうな教科だったが椿はただ1人、目を開けて授業を受ける。カリカリとノートに授業内容を書いているとヒソヒソと声が聞こえた。
「ねぇねぇ、帰りに寄ってみようよ稲荷崎神社!」
「ちょっ、本気?」
それを耳にした椿はある考えが浮かび、放課後になると足早に神社に向かう。
噂の稲荷崎神社に行くとあたりは何もない。所詮ただの迷信だったかと確信するとまた階段の方へ足を運ぶ。すると「キャー」と絹を割くような女性の悲鳴が静かな夜に響いたのだ。
声のした方へ振り返り戻っていくと自分と同じ制服を着た金髪の女性が血を流しながら見るも無残な姿で倒れている。その前には教科書でしか見たことがない着物をまとった尾が九本ある見とれるほどの綺麗な毛並みをした狐が無数の鬼火を連れていた。
「お狐様…?」
椿は近くにあった木陰に隠れた。じっと観察していると、狐はだんだん金髪の女性に容姿が変わっていく。それと同時に女性が倒れた場所には制服と真っ赤な血だけが残った。
「なんじゃぁこの髪?金の髪か…
まぁ、よい。…美しさには変わりない。」
狐は変化した自身の姿を池に写しながら眺めていた。このお狐様ならと椿はかくれた木陰から身を出す。するとそれ気づいたのか鬼火が隠れていた椿の姿を照らした。狐は椿を見つけるや否やすぐさま冷たい空気が殺気へと変わる。
「………お主。妾の姿を見たな。あの姿を!」
狐の9本の尻尾はすぐさま槍のように椿に向う。
「お狐様!!!」
椿が叫ぶとその言葉に尻尾は椿の目の前でピタリと止まってしまった。
「お狐様…ですよね……?」
「……人間は妾をそう呼ぶな…。」
椿は狐の目をじっと見つめたが、尻尾を下ろすことは無い。冷たい目に映る椿の姿に恐れはなかった。
「何が目的だ。娘。」
大きく深呼吸すると狐に向かって呟いた。
「………私を殺してくれませんか。」
思いがけない言葉に狐は目を見開き椿を観察し出した。
「………確かにお主は美しい…
髪や瞳、容姿さえも妾が望んだとおりじゃ」
それを聞き、椿は自分の望みが叶うと思い笑がこぼれる。
「じゃあ!」
「じゃが!妾の器にするにはもったいない。」
目の前にあった尻尾は狐の元に戻っていくと椿の手を強引に掴む。
「その妾を恐れない目…気に入った!!妾と共に来い娘。」
「ちょっと待ってください。何故ですか!?」
思いがけない言葉に手を振りはらいその場に崩れ落ちる。彼女の目には大粒の涙が溢れてきた。
「私のどこがダメですか?美しいなら殺してください!」
狐も同くしゃがみこむと椿の黒髪をたくしあげる。そこには先程の落ち着きはなく、顔は赤く目は腫れて体は震えていた。
「おかしな奴じゃ。何故そこまで死を望む…?お主のその美貌は素晴らしい。損などしないはずじゃ。何がお前をそうさせる?」
先程と違い尻尾は椿の体を優しく包みだす。
暖かい温もりが心を落ち着かせる。
「私は自分が嫌いです。なんでも卒なくこなす自分。容姿が整ってる自分。それがみんなをイライラさせる。だから…だから…。」
震えながら言葉を紡ぐ。自分の精一杯のやり場のない気持ちを途切れ途切れ吐き出す姿にただの悩みではないと狐は感じた。
「分かった。ちと落ち着け。じゃが妾はお主を気に入ったことには変わりない。」
すると泣いていることは御構い無しに抱き上げると鬼火たちが道を照らし出し、そのまま森の奥に入って行った。
「あ、あの!」
「案ずるな。いわゆる家出というものじゃな!愛いやつめ。」
クククッと笑うと楽しそうに尻尾も揺れた。
「違います!下ろしてください!」
じたばた体を動かすが狐は全く動じずスタスタと進んでいく。気がつけば森を抜け広い場所に出ていた。狐は空に向けて草笛を吹くと牛車のようなものが降りてくる。
「おぉ!今回は金の髪の女性ですかな?」
「あぁ、帰るから出してくれ朧車」
朧車と言われた妖は狐が見知らぬ女を抱えて乗ろうとするのを慌てて制止した。
「羽衣様!?なにをつれて帰るおつもりですか!?」
「何とは、人間の娘じゃ」
「何をお考えになったのですか!?」
朧車は羽衣と言われた狐から離れると上から下へと汗を垂らしながらちらっと抱えられた椿に視線を向ける。
「何を連れて帰ろうが妾の勝手じゃろう。」
「だからといってなぜ人間の娘を!」
静かな夜に響く大声に寝ていた鳥たちは空に飛び立ってしまった。
「何を言う。美しいからに決まっておろう。」
何ともあっけらかんな返答に朧車は今度は泣きそうになった。だが何かに気付いたのかすぐに涙は止まった。
「しかし珍しい。羽衣様が美しい女を"羽織らない"なんて。」
「この娘はその目的で来たらしいがな」
「なんと!?」
ドスドスと朧車は椿の方に顔を向けた。
「人間よお前はまだ若い。何があったかは知らんが早まるでない!」
「は、はぁ………。」
何故か妖怪に励まされ複雑な気持ちになったが自分のことを心配してくれたことに椿は少し嬉しい気持ちになった。
「……本当に連れて帰るんですか?」
「あぁ、だから早く出せ。外は冷えていかん。」
やれやれ。仕方ないと入口をこちらに向け入るようにのれんをあげる。椿からすれば人生初の牛車だ。羽衣にやっと下ろされ地に足をついてすぐに牛車に足をかけた。なんとなく土足ではないような気がし靴を脱いでから上がった。
「あぁ…お雪さんが知ったらどうなるか…」
そんな言葉を呟き、真ん丸な月に向かうかのように朧車は空高く浮かびあがる。
椿は羽衣に気に入られ妖怪の世界へ!しかし、他の妖怪には内緒で連れてこられたようだ。