六話 ごめんなさいの物語
店の外が騒がしい。不審に感じて戸を開けて見ると大勢の妖怪が足を止めていた。
「一体何があったんだい?」
「何じゃねぇ!喧嘩だ喧嘩。」
他の妖に聞いた話だと、どうやらぶつかったにも関わらず謝らなかったことが気に入らずに揉め合いになってしまったらしい。
厄介なことだ。そう肩を落とした。
「こういうのはかかわらないに限る。」
不意に聞こえた声のする方を向いてみるとネコの隣に小豆のザルを持った小豆洗いがポツンと立っていた。
「ぎにゃァァァァァァァァ!!??」
ネコは驚きのあまり、店の屋根に飛び乗ると尻尾の逆立てて威嚇した。
「い、いつからいたでありんすか!?!?」
「さっきじゃよ。ヒヒヒっおどろいたかのぉ。」
ニィと笑うとほれ食うかと饅頭を配っていった。この状況でも饅頭を配る小豆洗いはある意味すごいと思ってしまう。流れるように受け取ったゆづるも「ありがとう」といい口に運ぶ。
美味しいのは相変わらずだ。
「ふぉへにひふぇほひょうもわいほとでもへてるれありんふね」
同じくネコも饅頭を口に運んだが、口いっぱいに入った饅頭のおかげで何を言いたいのか分からなかった。
「ちょいと!食うか喋るかどっちかにしな!行儀が悪い。」
口裂け女に背中を叩かれようやく飲み込んだ。
「ゴクンッ….それにしてもしょうもないことで揉めてるでありんすね。」
ザワザワと人だかりができ始める。
「早く収まって欲しいもんだねぇ。うちの売上に響いちまう。」
口裂け女の言葉に心配はそこなのかと一瞬思いが一致してしまい、変に力が抜けてしまった。
騒ぎの声はこちら側まで届いた。
「ちょいと様子を見てくるでありんす。」
ネコは騒ぎの中心に向かっていった。ゆづるは相変わらずの好奇心で隙を見てついて行く。
人ごみを掻き分けて行くとそこには手が竹になっている妖とゆづるに石を投げつけた妖たちがいた。
「おい、ぶつかったら謝るのが普通だろ?あぁ!?」
「ひっ…ごめんなさい!ごめんなさい!」
「わざとじゃないんです!」
1つ目と蛇の妖は互いに寄り添いながら地面にしゃがみ込んでいた。
その光景はどう見ても喧嘩じゃなく脅迫だ。
「こりゃまーすごいことになってるでありんすね。ありゃ脅迫にしかみえん。ん?…」
顎に手をつけうーんと唸り出した。
「ネコさん、あの妖怪知ってるの?」
「うおぁ!?ゆうちゃん付いてきたでありんすか?」
ゆづるに気づくと視線をもう一度騒ぎに向ける。
「あの竹野郎はテンジでありんす。いたずら好きで有名でありんすが…あんなに攻撃的な奴ではないはずなんでありんすがね…。」
ゆづるも視線も向けてみるとテンジがやってる事はいたずらの領域を超えている。
「躾のなってないチビだな!」
ガンと腕の竹を地面に叩きつける。
テンジのその音にヒッと怯える妖怪たち。
すると蛇の妖に巻きついていた大蛇がシャーと威嚇し、牙をむき出しにしながらテンジに向かって飛びかかった。
「なんだよこんな蛇、お前なんかこうだ!」
ガンと竹叩きつけられ、その場に倒れてしまった。
「大蛇!?」
慌てて大蛇を拾い上げるがその姿は完全に弱って閉まっていた。
見ていて辛いものだ。
「…あんなのやり過ぎだよ…」
そう思った時にはもう体が動いていた。
「ゆうちゃん!!!???」
呼び止められた時は遅い。
妖の群れをかき分けて、自分を石を投げたはずの妖の前に手を横に広げながらたち塞いだ。
「やり過ぎだよ!さっきから謝ってるじゃないか!!」
「!?………あの時の人間…?」
ガタガタと震える。恐怖が全身に伝っていく。
「あぁ!?人間?人間風情がこの妖様に勝てると!?笑わせるなぁ?ぎゃはははは!!」
ダンダンダンと竹を叩きつける。
その音がより恐怖を掻き立てた。でもゆづるはそこから離れなかった。
「チッ。腹立つな…お前も躾てやるよ!!」
テンジはざっとゆづるに向かって丈の腕を振り上げる。だがその瞬間、ドスッと目の前に巨大なひょうたんが降ってきた。
「おっと失礼した。手元が狂ってしまいまして」
声のした方を見ると見覚えのある鬼の面がスタスタと近づいてくる。
「茨木童子さん!」
そこには酒呑童子の事件の時に出会った茨木童子がいた。
「お久しぶりです。座敷童子殿。お元気そうで何より。」
軽く会釈すると投げた大きなひょうたんを軽々と片手で持ち上げる。
「さてと、弱いモノを攻めるとは関心しませんね。」
ギロっと睨みつけるとテンジはさっきの潔さはなく震えていた。
「は、はぁ?俺様はぶつかっても謝らなかったから注意しただけだ!」
「それにしては暴力的に見えますね?」
茨木童子が冷たい声で言うとテンジは逆上したのか大声で叫びだした。
「さっきから聞いてりゃ!お前は人間の味方か?この無力の人間の!?随分と落ちぶれたな鬼さんよ!?」
ゆづるに指を指しながら叫ぶテンジにはぁ…と大きなため息をついた。
「…っと申しておりますが?」
茨木童子がそう言うと後からドスンドスンと大きな足音が聞こえてきた。
「ほぉ~人間か…」
その声に周りの妖怪は騒ぎ出した。
そりゃそうだ今目の前にいるのは鬼の中の鬼『酒呑童子』なのだから。
「……だから何じゃ?」
酒呑童子は腕を組みテンジを見下した。
「は……?」
その言葉が合図家のように殺気づいた目を見開いた。
「人間だからなんじゃ!!
此奴はわしの友には代わりない。
さっさとここから立ち去れぇぇぇぇイ!!」
ドスの効いた声にテンジは後に後ずさりしだす。すると何かにドンとぶつかった。
「おやおや?どうしたんです?テンジさん。お強いんでしょ?」
テンジがゆっくり振り向くとそこにはもう一人のテンジがいた。
「テンジが二人!?」
「どうなってやがる…!?」
何が何だか分からなくなった。しかし目に映った瞬間ぶつかった方のテンジの顔が青ざめていくのがよく分かった。
「やぁっと見つけたぞ!この偽者がァァァァ!」
「す、すいませぇぇん!!」
後にいたテンジが叫んだ瞬間、ぶつかった方のテンジはつまづきながら一目散に逃げていった。訳が分からず呆然としていると妖の群れからネコが息を切らしながら近づいてきた。
「ゆうちゃァん!もうびっくりしたでありんすよ!?」
「ごめん、ごめん。それにしてもあれ……」
「ん?ありゃ化け妖怪の仕業でありんすね」
ネコは走っていくテンジを見て言った。
「化け妖怪?」
ある程度逃げる姿を見守った後テンジはこちらを向く。
「おうよ。お陰で騒ぎになるわ。悪者にされるわでとんだとばっちりだ。」
竹の腕でコンコンと肩を叩くとハハハッと苦笑いした。災難なことだ。
「……どうして助けたんだよ。」
ゆづるの後ろにいた1つ目が口を開いた。
「バカにしにきたんだろ…笑いたきゃ笑えよ」
蛇の妖も下をうつむきながら続ける。
「そりゃ……助けなきゃって…思ったから。
深い理由なんてないよ。」
あっけらかんな答えに二人は声が出なくなった。ひどい言葉を浴びせた挙句石を投げたのに…それだけが脳裏には知る。
すると2人の妖に自然と涙が溢れてきた。
「怖かった….。怖かったよ…。」
「あ、ありがとう。」
ゆづるにお礼を言うとゆづるは「いいよ」と二人の肩を叩いた。
だが騒ぎはそれで終わらなかった。
なぜなら化け妖怪がゆづるを人間だと大声で叫んだため。妖達はゆづるを恐れるようにみていたのだ。
「人間だと?」
「あの小さい生き物がか。」
「恐ろしいわ。」
そんな声が周りから聞こえてくる。
もうダメだ。バレてしまった。ここで終わりなんだ。そう思った時、1人の妖が声を上げた。
「ほぉ~見事に人間に化けてるな~さすが座敷童子!あの化け妖怪とは大違いだ。」
その声の主は鬼の中の鬼、酒呑童子だった。
「ワシも人間だと思ったが、よく見れば匂いは妖怪のものだ。この酒呑童子を欺くとは見事なことよ。」
酒呑童子がそう言うと周りの妖たちは口々に「あの酒呑童子を…」、「座敷童子だったのか。」と騒いだ。
すると徐々に騒ぎが収まり妖たちは離れていき、人ごみがなくなっていた。
「酒呑童子さん、ありがとうございました。お陰で助かりました。」
「いいか座敷童子よ。ワシは例えお前が人間でも友だと思っておる。この酒呑童子が認めたのだ、誇りに思え。」
ゆづるは「はい」と元気に答えた。
「我々はお邪魔ですね。ここでお暇させていただきます。」
茨木童子が落とした大きなひょうたんをひょいと背負い歩き出す。
「ちょい待て茨木。」
「なんです?」
しかし、それを酒呑童子が止めた。
「…そのひょうたんは返してくれんのか…」
「当たり前です。道中で酔われたら適わないので」
そう答えると茨木童子はスタスタと小豆洗いの方へ向かっていく。
「小豆洗いさん、おまんじゅう頂けませんか?」
「へへっ。もう用意してますよ。ささっ、こちらへ。」
「はい、行きますよ!酒呑童子様。」
「…分かっておる。」
そう言い茨木童子について行く酒呑童子の背中は寂しく見えたのでした。
「こりゃ~どっちが鬼の中の鬼か分からないでありんすねぇ~。」
「それを本人に言うんじゃないよ。バカネコ。」
口裂け女はネコを小突きながら言った。
「グスッ、俺は一つ目小僧。こっちは蟒蛇だ!」
一つ目が蟒蛇の背中を叩くとよろしくと蟒蛇は答えた。
「僕は座敷童子…ううん、ゆづるだよ。」
すると一つ目と蟒蛇はお互いを見つめ頷いた。
「ゆづる、お前の秘密は守るぜ。
それから…その…良かったらさ…今日から俺たち友達にならないか?」
一つ目は照れくさそうに言うとつられて蟒蛇もうんうんと頷いた。
答えが決まっていたゆづるは迷いもなく言った。
「うん!今日から僕たちは友達だ!」
一つ目たちと仲良くなったゆづるはある場所に案内された。ある妖怪の店みたいだ…