二十五話 愛の物語
椿たちは山ン本五郎左衛門の館から帰還し、羽衣がいる屋敷に戻ってくると何やら騒がしい雰囲気があった。
「大変だよ!大変だよ!」
向こうからろくろ首が首を伸ばしながら走ってくるのが見え事情を聞こうと声をかけた。
「ろくろ首さん、この騒ぎ……何かあったんですか?」
「椿ちゃん!針女!実は羽衣様の非行が閻魔大王様にバレたんだよ!」
「えっ!?」
「…ちくしょう!遅かったか…」
ろくろ首が言うには、昨日も「羽織り」をするために人間の世界に行き罪のない女性を殺め、姿を乗っ取っていた所を運悪く閻魔大王の使いに見つかったらしい。
以前から人間の女性が謎に亡くなっていくことを不審に感じた閻魔大王が策をねったようだ。
「不味いよ…。このままじゃ狐の宮が無くなっちまうよ!」
「ねぇ、羽衣様は今どこに?」
「え?い、今は奥の部屋に隠れてもらってるよ。」
「行きましょう。針女!」
「おうさ!」
「ちょっと!」
椿たちはすぐに羽衣のいる奥の部屋に向かった。長く働いているため場所は分かる。
「羽衣様!椿です!お話をさせていただけませんか!?」
戸の前で椿は自分でも初めて出したであろう大きい声で呼びかける。返事がなければドンドンと戸を叩きながら叫んだ。すると覚えのある寒さが椿たちを包む。
「椿、針女。何してるんだい?」
「お雪さん!」
「アタシたち、羽衣様と話がしたいんです。」
「話とは?」
「罪を…罪のない人間を殺めた罪を認めて欲しい!だから!」
「そうか…君は良い子だと思っていたんだがね。」
そういうと雪女の表情が変わっていく。いつもの優しい顔じゃない、敵意のある顔だ。
「僕は君たちをこの部屋に入れる訳にはいかない。狐の宮のためにもだ!」
雪女は椿たちに向かって凍てつくような吹雪を吹いた。体が凍っていく。もう無理だ!そう思った瞬間、吹雪が急に止んだ。
「いけませんねぇ。こんなか弱い女性に攻撃なんて、頂けません。」
「山ン本五郎左衛門!」
「なんで?あ、木槌!」
恐らく、吹雪の風邪で小槌が揺れたのだろう。だが助かった。雪女山ン本五郎左衛門を睨む。
「山ン本五郎左衛門殿、どういうつもりだい?君には関係ないことだろう?」
「確かに、拙者には関係ないこと。しかしながら呼ばれたからには仕事をしないと…ねぇ!!」
雪女に向かって刀を振りかざした。武士の如くその剣裁きは凄いものだ。雪女は刀を避けるのに精一杯で椿たちに気をやる余裕が無い。今がチャンスだ。椿たちは羽衣のいる重い戸を力いっぱいに開けた。
「待て!君たち!」
「よそ見は頂けませんね?」
「くっ…...!」
雪女の静止を振り切り部屋に入るとそこには着物を着た九尾の狐がいた。椿は見たことがある、出会った時に見た羽衣の姿だ。針女は初めて見たのだろう、言葉を失っていた。椿は精一杯声を上げる。
「羽衣様!お話があります!」
「なんじゃぁ…妾は今大層機嫌が悪い。出ていけ…」
羽衣は椿を睨みつける。だが、ここで引く訳には行かない。椿はグッと足を踏ん張った。
「出ていきません!お話があります!」
「出て行けとの言葉が聞こえんかったか!?この娘!!誰のおかげでここで食われずに過ごせていると思っておる!いいじゃろう…お主のお望みの通り殺めて羽織ってやるわぁぁぁぁぁぁ!!」
「椿!」
炎と共に羽衣は椿に向かって襲いかかった。あまりの凄まじい妖気に針女は動けない。それでも椿は断じて動こうとしなかった。そして…
「いつまで酷い人間の言葉を引きづるつもりですか!」
ピタリと羽衣の動きが止まった。
「なんじゃと…...妾の思い人を侮辱するかぁぁぁ!」
「えぇ、侮辱します!あなたの事を何も知らずあなたを傷つけた酷い人間なんて!」
「そ、そうだ!羽衣様は気分屋だが周りを明るくしてくれる頼れる妖怪だ!それは狐の宮の奴らはみんな思ってる!そんなアンタを侮辱した人間なんて…アタシたちは許さない。」
椿たちの言葉が少し効いたのか羽衣の勢いが緩んだ。
「じゃが…それでも愛していたんじゃ…愛して…」
「えぇ、あなたは愛していたから非道な行為をした。でも、それでも!罪のない人間を襲うのは間違っているわ…」
「分かっておる…。じゃが、そうでもしないと妾を愛してくれぬ。」
「羽衣様?あなたは愛されています。お雪さん、ろくろ首さん。そして何より狐の宮の皆さんに。貴方は愛されています。だから、もう辞めましょう?もう終わりにしましう?」
周りの炎は消え、羽衣は崩れ落ちた。
「妾は失いとぉなかった。あの人との繋がりを…一人は嫌じゃ、一人は…」
弱々しい羽衣の姿はまるで幼い子供のようだった。椿は優しく羽衣を抱き寄せる。
「大丈夫です、羽衣様。今はみんながいます。ねぇ、お雪さん?」
後ろを振り向くと山ン本五郎左衛門と雪女が立っていた。
「あぁ、羽衣。お前はひとりじゃない。僕たちがいる。またやり直そう?」
「雪女…やり直せる…のか?」
「また作ろう、今度はみんなで狐の宮を」
雪女は羽衣に抱きつくと優しく抱き寄せ、二人は泣いた。
「これで…良かったんだよな?椿。」
「えぇ、私は羽衣様は今の姿の方が好き。飾られないありのままの姿。きっとやり直せるわ。皆なら。」
椿は針女の手をギュッと握った。
「椿、針女。すまなかった。危険な目に合わせてしまって。実は君たちが何か企んでいたのは知っていたんだ。だが、心のどこかで君たちに救って欲しいって気持ちがあったのかもな…」
「妾からも謝らせてくれ。すまなかった。妾はこれから閻魔大王の元に行き罪を償う。」
雪女たちは下を向いて椿たちに謝罪し、もちろん二人はそれを受け入れた。
「終わりましたか?では拙者はこれで失礼しますよ。」
「あ!山ン本五郎左衛門さん、ありがとうございました。」
「いえいえ。しかし、次呼ぶ際は賭け事関連で願いたいものですな。」
山ン本五郎左衛門はそう言い残すとその場から消えていった。
一方、羽衣は狐の宮が一望できる場所に向かいみなに向かって口を開いた。
「皆、聞いてくれ!今まで妾のワガママに付き合わせてしまって申し訳なかった。妾は罪を償いに地獄に行く…これから狐の宮は大変になるだろう…..。本当に申し訳ない!」
羽衣は皆に非難されるだろう。罵倒や物を投げられるのも覚悟で頭を下げる。しかし返って来たのは
酷い言葉じゃなかった。
「羽衣様ぁ!早く戻ってきてくださいね!」
「羽衣様が居ないと狐の宮の活気が足りませんぞ!」
「私たちはいつまでも待ってるわ!」
その言葉たちを聞いた羽衣は涙を流しながら小さく「ありがとう」と呟き再び頭を下げた。
それから、羽衣は閻魔大王に人間を殺めた罪で地獄に連れていかれた。狐の宮に戻ってこれるそうだが、殺めた期間があまりに長いため数百年かかるそうだ。
狐の宮の頭領が居なくなった今、満場一致で雪女が羽衣が戻るまでの頭領になることに。
「さぁ、みんな!羽衣が帰ってきた時にもっと良い街にして驚かせよう!」
「「「「おぉ!」」」」
雪女の呼び掛けに狐の宮の妖怪は答える。
椿ももちろん手伝えることはするつもりだ。
椿が元の世界に帰るまでは……
ある『福呼び食堂』に風が吹く…
強く、何かありそうな風だ。




