十一話 お世話になりますの物語
「…僕に嘘をついたらどうなるか分かってるだろ?朧車。」
「やだなぁ~お雪さん。考えすぎですよ。」
そんな言い訳を無視するように冷気とともにスタスタと朧車に近づいて行く。
「い、いや待って!お雪さん!」
時は既に遅し。勢いよくのれんを開けられてしまう。目当ての羽衣を見つけた瞬間プツンと何かが切れた音がした。
「コォォォォラァァァォァ!羽衣ぉ!お前という奴はいい加減にしろぃ!!」
先程の雰囲気とは考えられない大声に目が覚めたのか羽衣がふらりと立ち上がると睨みをきかせた目をゆっくり開ける。
「うっっるさいのぉ!!もう少し静かに出来んのかこの雪だるまぁ!!」
羽衣も同じく荒らげる声に周りにいた妖怪たちはその場に固まってしまった。
「ほぉ?言ってくれるじゃないか阿呆ぅ。前から思っていたがお前が選ぶ女はみな悪趣味だぞ。ついに目が腐ったか?」
「あぁ?」
互いに睨みつけながらあいだに火花が散っていく。怒りも頂点に達したのか見渡す一面銀世界と空中では青く灯る鬼火の群れがよりこの騒動を明確に表した。
「ちょっとやめなよ。屋敷の前で」
近くにいた首が長い妖怪がなだめるがその声は全く届くことは無かった。火花は途切れることはなく重い空気だけが残る。
椿はただポツンといることしか出来なかった。
しかし、椿は人間。目に映る銀世界は死んでしまいそうな寒さだ。ガタガタと小さく震えてしまう。それに気づいたのか雪女は椿に目を向けた。
「キミ…見ない顔だね……何処の妖怪だい?」
「お雪さん!これはその、あのですね?これには海よりふか~いわけがありまして!」
観念した朧車は氷汗をたらしながらここまでの経緯を洗いざらい話した。
この騒ぎの張本人はいつの間にか外に出て月明かりに自身、いや羽織った女性の体を照らして眺めている。
事情を理解した雪女は大きく息を吸って吐いた
「全く…次から次へと…済まないな。怖がらせて」
雪女は朧車の中にいた椿に声をかける。気が付けば知らぬ間に凍えるような寒さは消えていた。
「いえ…。」
今の椿にはその言葉しか出てこなかった。
「朧車。すぐにこの子を元の場所に戻してこい。」
「は、はいぃぃぃ!!!」
「きゃっ!」
朧車は開いたのれんをすぐさま降ろし飛び立とうとした瞬間、行き先を遮るように青い炎が周りを囲う。
「何のつもりだ羽衣?」
キッと睨みつける。
「あの娘は気に入ったから連れてきた。
早々すぐに返さんわ。」
身動きができない朧車はその場にとどまることしか出来なかった。青い炎が大きくなっていく。本気で行かせない気だと理解した女ははぁーと長いため息を吐いた。
「分かった。分かった。分かった。もう好きにしろ。ただし、危険だと感じたらすぐに返すからな!」
そう言い残すと後ろに振り向き歩いていく。
いつの間にか炎も消え、朧車は助かったと安心した。椿も手を胸に当てて落ち着かせる。
「やっと行ったか。では椿、参ろうか」
羽衣はニコッと笑うとスタスタと豪華な屋敷に入っていく。椿は仕方なくついて行くことにした。
先程たくさんの妖が群がっていたが羽衣が通るとすぐさま道を作っていく。
その様子と移動中の会話で羽衣はこの街の長だと分かった。
「人間の娘よ?」
「何を考えてるのかしら…」
ヒソヒソと話し声が聞こえる。
よく見てみれば皆、視線は椿に向けられていた。その中でも睨みつけるような視線を送る妖怪が一人。
椿は目を合わせることが出来ず、ずっと下を向いたままでいた。
「そう固くなるな。誰もお主を取って食ったりせん。妾がおる限り、な」
「はぁ…」
そんな会話をしているとあるふすまの前に着いた。
「ここが今日からお前の部屋じゃ。」
開けてみろと言われ、渋々ふすまを開けて見るとそこは1人にしては広い過ぎる部屋だった。
「なんか…広すぎませんか…?」
「そうか?普通だと思うがな。」
意外そうに答えると後ろから羽衣様と呼ぶ声がした。
「羽衣様?少しお話が」
「あぁ。分かった。今行く。椿、この部屋はお前が好きに使うといい。もし何かあれば、もうすぐ来る奴に伝えてくれ。」
そう言うと羽衣は呼びに来た妖怪と一緒にその場を離れる。ポツンと残されてしまった椿は一度部屋に入ってみることにした。
「やっぱり広い部屋、私の部屋の倍はあるな… 」
ついでに近くにあった座布団に座ってみる。
「フカフカ…絶対高そう…」
「気に入ったかい?」
部屋から入ってきたのは先ほど羽衣と言い争っていた…。
「お雪…さん?」
「あぁそうだよ。初めまして椿。でも本当は雪女が僕の本名だけどね。」
「あ、ごめんなさい。」
「いや、お雪で構わないよ。」
「…ありがとうございます。」
思っていたほど怖い人ではなさそうだ。
椿は静かに座布団に座ったままでいるとお雪は隣に座った。
「ほんとにすまないね。羽衣のワガママに付き合ってもらって。」
「決めたのは私ですし、それにもうあそこに戻らないで済むし…。」
お雪は羽衣からある程度事情を聞いていたので椿はどういう意味で口に出したのかも何となく分かっていた。
「そうか。まぁ、ある意味君は客人だ。ゆっくりしていてくれ。」
「あ、あの、流石に何もせずにこんないい部屋に置かせて頂くのは…なにか手伝えることはありませんか?」
「ぐっ!?」
お雪は何故か少し苦しそうだ。
何故だろうと手元を見てみると、椿はぐいっとお雪に近づくと無意識にお雪のマフラーを引っ張っていたのだ。
「あ、ごめんなさい。…お雪さん、袖解れてますね?」
「ゔゔん…あぁ、仕事中にね。僕はあまり手先が器用じゃないから誰かに頼みたいのだけどね。」
「…私に修繕させてくれませんか?」
「客人にさせる訳にはいかないよ。」
「お雪さん!」
椿の目は真剣だった。何もしなくて申し訳ないのもあるが、お雪のような綺麗な妖怪の着物が解れているのが許せないのだろう。
その目にやられたのか「分かったよ」と椿に袖を差し出した。
するとチクチクとなんとも器用に縫っていく。
それを見たお雪はほぉーと思わず感心した。
「椿は器用だね。直ぐに修繕出来るとは立派なもんだ。」
「…母に教えてもらったんです。」
「それはそれは、とても素晴らしいお母様なんだね。」
「はい。」
そして最後に余った糸を玉結びをし、ハサミで切った。
「出来ました。お雪さん。」
「ありがとう。助かったよ。」
お雪は袖を確かめるようにくるりと回ると首を縦に振る。
「うん、見事な出来だ。…椿、客人だからゆっくりしてくれと言った矢先に申し訳ないが、君の腕を見込んで頼みがある。…着物の修繕係をしてくれないか?」
お雪は申し訳なさそうに尋ねたが椿は「はい。是非やりたいです。」と座りながら軽くお辞儀をした。
「助かるよ。修繕が必要な着物があれば持ってこさせる。時間はかかっても構わないよ。後、他に必要な道具があれば言ってくれ、持ってこさせよう。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
椿の狐の宮の生活は始まったばかりだった。
着物の修繕係として働く事になった椿。ある日、同じ仲間が増えたりや妖怪から着物の修繕依頼が来たようだ。




