2 待ち望んでも意味がない!
呼び出された私は、ため息と不安を胸いっぱいに社長室に赴いた。
ガチャ―――
扉が重い…私は、最後まで開けられないかもしれない。
「おい、お前さっさと開けろ!」
「は、はい!」
火事場の馬鹿力がこんなところで発揮されるとは…そんなことを考える余裕はあった。
「き…昨日は、す…すみませんでした!」
大きな部屋に高級そうなテーブルとソファが置いてあり、奥には、いかにもな社長机の椅子に彼が座っていた。
「そこに座れ!」
なんでこの人は、こんなに命令口調なのか…
激しく撲ってやりたかった。
「は…はい。」
高級感溢れるソファには、昨日見た綺麗なお姉さんが座っていた。
そして机には、なにか書類?みたいなものが置いてあった。
「な…なんですか?これ…」
「お前には、来週から俺達と一緒にアメリカに行ってもらう。これがその申請書類だ。」
は…?
パスポートだの、派遣会社への申請だのいろいろまだしゃべっていた気がしたが私の脳処理は、そこで停止していた。
気がつくと、私は部屋の外に書類を持っていた。
ちょ…ちょっとまってよ~。
なんで私がこんな目に…派遣社員が飛ばされる!?そんなことって有りなんですか!?
これを労基に言えばなんとなくこの状況を打破できる気がするが…
私には、推し活で貯めてるお金もあまりない。
今すぐ職を失うには、どうしても惜しかった。
少しいじめのほうが楽かな、なんて考えていた。
今思うと私の受けていた、いじめなんて地球と蟻ん子ぐらいどうでもよく感じるそんな日々が始まるのだった。
初日に私は、あのお姉さん。
じゃなくて秘書さんに言われた空港に向かった。
チケットも何も渡されていなかった私は、当日買うなんて、お金持ちは違うなぁなんて思っていたけど、それは、あっさり斜め上の向こうに飛びさっていった。
空港につくと、秘書さんがいた。
そこから案内された場所に一緒にいくと、その場所には、プライベートジェットがそこにはあった。
唖然とした私を秘書さんは、少し笑っていた。
これが、大人の余裕ってやつか。
中に入るやいなや社長がいた。
「おぉ、来たか。自己紹介がまだだったな、俺は、輝本 明わかっていると思うが、この会社の社長だ。」
いや、わかってますけど…
今さら感が否めないんですけど。
そんなことを思っていたら、秘書さんに呼ばれて私は、奥の部屋に連れていかれた。
彼女の名前は、楠木 玲子。社長の秘書。
私なんかが喋るのもおこがましいぐらいすごく美人で優しい。
きっと社長とは、淫らな関係なのだろう。
「よろしくね。美咲ちゃん。少しだけ私のほうが年上かな。」
「よろしくお願いいたします。」
たくさん書類を持ってきた玲子さんは、机に置いて一つづつ丁寧に教えてくれた。
社長のスケジュール管理や、経営事務、資料作成これぐらいなら、どうにかなりそうだった。
それと…来客対応。
コミュ症の私には、ドシッと責任が重くのしかかる。
英語は、それなりに勉強してきたけれど、わざわざ人を覚えて愛想笑いもしないといけない、もともと電話対応も苦手だった私は、極力避けてきたことだった。
「大丈夫、私が手取り足取り教えてあげるから。」
頼りになりそうな玲子さんでは、あったけど苦手意識を克服するのは時間がかかる。
大丈夫かなぁ…まぁやるしかないか。
こんな時、楽天的な考えの私が妬ましい。
「ところで、なんで私なんですか!?」
ずっと聞こうと思っていたことをやっと聞けた。
「そうね、あなたに魅力があったからじゃないかしら。」
「私、社長から明らかに嫌われていませんか!?」
私がそう言うと、玲子さんは笑ってたくさんの資料を渡してきた。
…鬼だぁ
そこからは、地獄の様な日々だった。
まずは、玲子さんからビジネスマナーを叩き込まれた。
言葉づかい、接待から姿勢のことまでいろいろと寝る間を惜しんで学んでいった。
そもそも私も、変わりたかったんだと思う。
大学を卒業して変わっていく、みんなに追いつきたくて、私だけ取り残されたくなくて、新しいことにチャレンジしたい。
そう、私自身が変わりたい。
そんなちっぽけなことだったんだと思う。
仕事が始まって1ヶ月、久々の休日。
社長が私のためにホテルの部屋を一室借りてくれたけど、豪華すぎて落ち着けない。
最初は、私がこんな部屋に!?最高!!
なんて思っていたけど、いろんな場所が遠いし、ベッドが異様な大きさだし、十畳の部屋が懐かしい。
そして何より食べ物が、美味しくない。
ご飯食べるのもドレスコードをしないと外にでれないし息苦しい。
ホテルの人が日本人ならとお米を用意してくれたけど、パサパサすぎてパンかと思った。
今日は、ずっと部屋でゆっくりしようと、日本から送ってもらったチーカマ片手に、アメリカのテレビ番組を見ていた。
ブ―――
インターホンがなった。
こんな時に誰かとカメラを覗いて見ると、社長の顔が写っていた。
あわてて、余所行きの服装に着替え、スッピンで扉を開けた。
「スッピンじゃねぇか。」
「あは…ははは」
「まぁ、今日は休日だからな、ご飯でもいかないか?」
「え…?あ…はい…。」
そういってそのまま社長の高級な車に乗って…
ハッと気づいた。
私スッピンじゃぁぁぁぁん。
社長に頼んで少し待ってもらうことになった。
さすがに、こんなスッピンの女が隣にいたら、失礼だし…そんなことを考えていた。
化粧を極力時間をかけないように済ませ、社長のもとに向かった。
「お待たせしましたー。」
「いや、全然待ってない。」
「?」
え…明らかに、あなた待ってましたよね?
明だけに。
なぜか照れ臭そうに社長は、していた。
「社長、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?なんてー。」
そんな、冗談みたいなことを言うと社長は、いつも怒るけど、今日は大丈夫そうな、そんな気がしていた。
「社長は、やめろよ。今日は、休日だろ?
そうだな、明と呼べ。」
さらに社長は、恥ずかしそうに私の反対方向を見て言うものだから、私も恥ずかしくなってきて、はいって返事するしかなかった。
なぜか今日は、デレてきているSっけの強い明に少しキュンとしてしまっている私がいた。
そこから、私達はいろんな所に行った。
空に近いレストランや、ドライブしてグランドキャニオンやルート66に行って、一緒に写真なんて撮ってはしゃいでしまっていた。
「あきらー見て見てこれぇー記念コイン。」
「おぉ、お前こんなん欲しいのかぁ。」
なんて私達は、いつの間にかずっと一緒にいた友達かのように楽しんでいた。
夜は、夜景の見えるレストランでディナーをご馳走になった。
帰り道、私ははしゃぎすぎて寝てしまっていた。
「ごめん、寝てた。」
「いいよ。美咲、お前よだれついてるぞ。」
彼は、おもむろにハンカチを渡してきた。
え、えーカッコいい~
今まで、ハンカチなんて私てくれる男の人なんていなかったしさりげなさすぎて、私脱帽。
こんな人が世の中にいたという事が私は、幸せです。はい。
推しのアイドルがこんなこと、できるだろうか。
いや、推しはまた違う話しか。
我に帰っておもむろに手でヨダレを拭いた。
「おい、汚いだろうが。」
ハンカチを無理やり渡され、手をハンカチで拭いた。
「今度返すね。」
もうすぐこの時間が終わってしまう。
そんな悲しさと、徐々に社長の顔に変わってしまう明に気づいてしまった私は、もう少しだけ一緒にいたいとそう思ってしまっていた。
「少しだけ、私の部屋寄らない?」
なぜこの言葉を選んでしまったんだろう。
お酒を少し飲んでいたからかな。
ガチャ
私は、部屋の扉を開けて電気をつけた。
「お茶だけ、お茶だけね。」
なんて変なことを言ってしまったけど、私の部屋に来た彼は、ソファへ座り、そりゃあもぅプルプルと緊張で震えてしまっていた。
そう、それはさしずめ、産まれたてのワンちゃんの様に。