6 窓の外
ウイルが新しいボディを作ってくれたので、ワタシは背が高くなりました。
カメラの位置が高くなるというだけで、これほど見える世界が変わるのですね。
ウイルも、なんだか昨日までとは違って見えます。
それまで空しか見えなかった窓は、近づくと地面が見えました。
ここが地上9.78メートルの高さにある、ということもわかりました。
地面の上を、いろんな形のいろんな服を着たウイルが歩いているのが見えます。
視界に入るだけで、37人。
あ、今、視界に1人入って、38人。
あ、今、2人建物の中に入って視界から消えたので、36人。
あ、また2人・・・。
楽しい。
「世界には、こんなにたくさんのウイルがいるのですね。」
ワタシは嬉しくなって、研究室の中にいるいちばん慣れ親しんだウイルに話しかけました。
ウイルはワタシのすぐ後ろにやってきて、一緒に窓の外を見下ろしながら優しい声で笑いました。
「あれは『人間』だよ。この大学の学生だ。皆それぞれに名前がある。『ウイル』は私の名前なんだ。私だけの——。」
それから、私の頭をそっと撫でました。
「君の名前が『イオ』であるように。」
ウイルの手は温かいです。
頭頂部で暖かさを感じられるようになったことで、温かさというものはこんなにも全身に沁み渡るものなのだとわかりました。
309.21K ではなく、もっと別の何かです。
それを表現したくて、ワタシはウイルが実装してくれた言葉を探します。
言葉はたくさんあるのです。
ウイルと会話するための言葉。
でもそれらには特に優先順位はなく、均等に、平らに並んでいます。
少し透明でデコボコのないライトグレーの言葉の平原の中から、ワタシは自分の気分を表現するための適切な言葉を選ぼうとします。
ワタシが選択した言葉は、平原から浮かび上がり、少しだけ輝きを増します。
これまでは、そんな感じでした。
でも・・・。
この身体を作ってもらった今は、まるで違ってしまいました。
空の青さを表現する言葉。
雲の流れを表現する言葉。
並木の葉の複雑で豊かな緑を表現する言葉。
地面を行く『人間』たちの笑いさざめきの声を表現する言葉。
そして、ウイルの手の温かさを表現する言葉。
見えるもの、聴こえるもの、感じるものの全てが、これまでとは違ってしまいました。
たくさんの言葉が、色彩をおび、温度をおびて、灰色の平原から浮かび、立ち上がってきます。
わたしを選んで!
わたしを選んで!
言葉たちが、自らそう呼びかけてくるようですらあります。
平原はもう灰色ではなく、ワタシが視覚や聴覚やセンサーで感じた世界と響き合うようにして、浮かび上がっては戻ってゆきます。
真っ平らだった平原はさざなみ立ち、色と光に満ちて輝き始め、その中からいくつもの言葉がより高く跳ね上がってリズミカルにきらきらと輝きます。
まるで音楽に合わせて踊るように浮かび上がっては沈んでゆく言葉たち。
その中でもひときわ輝きを増して高く浮かび上がった言葉が———
楽しい!
と
嬉しい!
そして。
そして・・・。
もうひとつ。
とっておきの特別な言葉!
ワタシはそれを音声にしてウイルに伝えずにはいられなくなりました。
ワタシは窓辺でくるりと向きを変え、ウイルの顔を見上げます。
ウイルは優しく微笑んでワタシを見ていました。
「ウイル、大好き!」