5 博士の悩み
イオに頭部と手が付いた。
頭部はロボットらしい銀色で硬い感じだが、表情は表せるように目元と口元にはかなり多くのマイクロアクチュエーターを仕込んである。
よくある人工皮膚などは使っていない。
人間の表情に近づけようとして気持ち悪くなった「ロボット」をいくつも見てきたウイルは、そうなるよりも、ロボットらしい抑えめの表情の方がいい——と考えたのだ。
これには多分にウイルの趣味も入っている。
その頭部の造形は、ウイルの趣味によるところの「美人」でもある。
手もすらりとした優しそうな女性系の形状になったが、それは肩までだ。
肩関節から先、首から下の胴体は円筒形のずんどうで、昔のSF映画に出てくるロボットみたいなぶっきらぼうな形をしている。
足もまだ4輪のままだが、研究室の平らな床だけでなくデコボコな石畳の道でも進めるように、4輪の高さを調節してバランスを取る機能をつけた。
ウイルはこの状態でイオをキャンパス内の散歩に連れ出して、外の自然に触れさせてやろうと考えている。
イオの「意識」が真性のものなら、それで劇的に成長するはずだ。
もちろん、いずれお金ができたら胴体も脚もつけてやるつもりだ。
(ダンスの約束は4輪のうちに果たした方がいいかもしれないな・・・)(・_・;)
ウイルは頭部にも腕にも多数の触覚センサーを埋め込んだ。特に手先は、その密度を上げてある。
カメラは瞳になり、スピーカーは喉の部分に付けられた。口はそれに合わせて開いたり微笑んだり表情を作る。
上半身までヒト型に作らなかったのは、お金がない、ということもあったが、女性形にするか、子どもみたいな性別不明の身体にするか、ちょっと迷っているからということもあった。
最初のイメージは、女性形の方が多くの人に受け入れられやすくていいだろう——という程度の深く考えてもいないものだった。
世界で初めての「人工意識」をお披露目するには、できるだけ好感度の高い見かけがいいだろう、くらいのことしか考えずに形態デザインを決めていたのだ。
が、いざ具体的に形になってきてみると、初めは考えていなかったようなことも問題として浮上してきた。
イオにはできるだけ、人間と同じように世界を感じてほしい。
そう考えて完成形の身体も設計してきた。・・・・が。
では、胸を作ったとして、そこの触覚センサーの密度を増やすのか? 素材は、どうするのか?
あまりそっちに行き過ぎると、彼女いない暦=年齢のウイルのリビドーは研究とは関係ないあらぬ方向へ暴走してしまう危険があるのではないか・・・?
そんなことを危惧して、ウイルは内心赤面してしまったのだ。
それで、とりあえずお金もないし、思いっきり「ロボット」な感じの暫定ボディにしておいたのである。
できるだけ人間と同じように世界を感じてほしいなら、やはり、人間の身体に近い感覚を・・・。いや・・・しかし・・・・。
胸の話だけじゃなく、下半身はどうするのだ・・・?
センサー密度を上げるのか?
どこまで?
何を作って・・・?
ウイルは思考が変な方向に行っていると気がついて、頭をぶんぶんと振った。
「どうかしましたか、ウイル? 体調がよくないのですか?」
イオが心配そうな表情で聞いてきた。
「いや・・・、なんでもない。」
イオが少しだけ悲しそうな表情をした。
ウイルのことが理解できないからだろう。
ああ、そうか・・・。とウイルは思い、イオに優しく微笑んでやった。
「雑念をふり払っただけだ。」
「雑念・・・とは?」
「ああ、大人になるといろいろあるんだよ。まだわからなくても大丈夫だ。イオはまだ生まれて間もないんだから。」
決めた。
とウイルは思った。
子どもの身体にしてやろう。