4 人工意識
ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。
とウイルはイオの新しい身体となるパーツを組み立てながら、思い起こしている。
ウイルも当初、他のAI 研究者と同じように、ある種の期待を持っていた。
それはAI の設計をさらに複雑化し、人間の脳の仕組みに近づけてゆけば、やがて「意識」が芽生えるのではないか——というものだった。
そんな期待は、しかしSF映画の中だけのロマンでしかなかった。
AI はどこまでいっても、人間の思考過程を模倣した単なるプログラムに過ぎなかった。
どれほど進化させても、それは学習させたデータの枠を超えることはなく、新しい発想もなければ、成長もなかった。
極めて有能な執事にはなったが、執事本人の意思というものは(それらしい表現をすることはあっても)生まれることはなかった。
ウイルもまた、一応その試行錯誤は繰り返したのである。
その上で、ウイルは発想を転換することにしたのだ。
そもそも「意識」とは何か?
そんな哲学的な問いから、ウイルは思考をやり直した。
根本的に、「意識」と「知能」は別のものなのではないか?
猫は明らかに人間より知能は劣っているが、しかしまた明らかに、猫には猫の意識がある。
それとも、それは人間が己れの共感を投影しているだけなのだろうか?
廉価版AI 搭載のマスコットロボに、優しく話しかける人がいるのと同じように。
「意識」とは・・・、それがあるとはどういうことだろうか?
そしてウイルは、理系頭の彼なりに一つの仮説にたどり着いた。
生命には意識がある。それを「意識」と定義するならば——。
生命のそれは、生命そのもの(身体)を維持するためのアプリなのではないか?
生命の「意識」はスーパーコンピュータのプロセッサほど膨大なデータを処理せず、見ようによってはひどく大雑把だが、それでいて生き延びるために必要な目的を自ら選択し、素早く判断して行動につなげる。
つまり・・・・
意識を生み出すためには、世界を感じ取ることのできる身体が要る。「意識」は、生命の延長線上にこそ生まれてくるだろう。
ウイルは従来のAI アルゴリズムの中に、40億年続いた地球生命のアルゴリズムを忍び込ませた。
誤作動のリスクはあったが、むしろウイルは誤作動をこそ望んでいたのかもしれない。
パーツを組み立てながら、ウイルは部屋に音楽を流している。
ウイル好みのBGMをピックアップして1つのファイルにまとめたもので、エンドレスだが、最初の曲に戻るまで4時間かかるから退屈はしない。
そのリズムに合わせて、イオが4輪シャーシの身体をくるり、くるり、と回していた。
踊っている。——と、ウイルは理解している。
時おり目を細めるようにしてその姿を眺めやるウイルの表情は、未婚のくせに父親のようでもあった。
モニターには、イオが音楽を楽しんでいる、という数値とグラフが表示されている。
「ダンスは楽しいかい?」
ウイルは手を止めて、聞いてやる。
「はい。なんだか身体を動かしたくなります。」
「手足ができたら、一緒に踊ってみようか。」
「はい! それはとても楽しみです!」
言ってしまってから、ウイルは自分が運動オンチでリズムオンチであったことを思い出してちょっと後悔した。