39 凶弾
「イソザキ博士も、フルカワ教授も、イオも。この仲間うち以外と話すときは私の名前は J B で通してください。」
追っ手がいなくなると、ジェフはウイルたちにそう念を押した。
「ジャネット。ドローンは引き上げてくれ。役に立つ状況じゃなくなった。」
ジェフが指示を出してほどなく、ウイルたちの乗った車は惰力走行のエネルギーを失って止まった。
すぐに黒っぽいワンボックスが追いついてきて、傍に留まる。
スライドドアが開いて、松原が降りてきた。少し足を引きずっている。
運転席から降りてきたのはディクスンだった。
「やあ、イオ。また会えたね。」
ディクスンが声をかけると、イオは露骨に嫌な顔をしてウイルにくっついてきた。
「貸しが1つできたようだね。」
松原が例の温厚な笑顔で言った。
「確かに助かったよ。」
ジェフも微笑で返すが、やや負けている感がある。
それにしても2人とも、たった今命懸けの戦闘をしていたとは思えない雰囲気だ。
これがこの男たちの恐ろしいところでもあるのだろう。
「よくここがわかったね。」
「君と同じやり方だよ、J B 。R国の情報筋で博士が消えたと騒いでいることが耳に入ったんだ。」
松原が勝ち誇ったように言う。
「R国は空港やあちこちの国境付近に網を張り巡らせたようだが、私は君が潜入していることをつかんだ。——で、君ならK国へ抜けるだろうと踏んだ。」
ウイルはこの男たちの洞察力の空恐ろしさを痛感せざるを得ない。
「そ・・・それにしても、どうして私が乗っているのがこの車だと武装勢力は知ったんだろう?」
ウイルはその疑問を誰に言うともなく口にした。
そもそもこの車は、イオによってデジタル世界からその存在を消されているはずだった。
武装勢力は検問を抜けてすぐ襲いかかってきたのだ。
この車がそれだ——とわかっていなければできないことのはずだ。
「賄賂を受け取ったヤツが武装勢力にも情報を売ったんですよ。二重に儲けようとした。よくある話だ。」
ジェフがため息混じりに言う。
「やれやれだ。ところで私の潜入はどこから漏れた?」
そう訊かれて、松原は満足そうな笑顔を見せた。
「例によって君はどこにも存在しない。・・・が、いろいろ不満を持っている者はいるもんだよ、組織の中にも。」
松原が鷹揚な態度で自分たちの車の方に手を伸ばして、乗ってください、というジェスチャーをする。
「どうぞ。まいりましょう、博士。A国へ。」
「おいおい。私の存在を忘れてもらっては困るよ? E国へ無事お送りするのが私の任務だ。そこから先は政治と外交で話し合ってもらおう。」
ウイルがイオを抱えて、そそっとジェフの陰に入る。
「おやおや、手懐けたねぇ。」
次の瞬間、2人のスパイは同時に相手の顔に銃を突きつけた。
アイリーンが動こうとしたが、ディクスンが銃を向けてアイリーンの動きを封じる。
「どうした、ミシマ? 腰が抜けたか? これが現場だぞ。」
松原の一言は、車の中にいる人物に向けられたようだった。
松原の乗ってきたワンボックスから、のそり、と暗い目をした男が出てきた。
痩せて小柄なアジア系の男性で、暗い穴みたいに目に光がない。
右手に銃を持っている。
「僕はプロファイルと分析のために来てるんだけどね?」
「人くらい撃てるよな? J B に銃を捨てさせろ。」
松原が油断なくジェフの目を見ながら、ミシマと呼んだ男に命じた。
ミシマはゆっくりと銃を上げた。が・・・しかし、その銃口はジェフの方を向いていない。
突然、イオがウイルの顔に覆いかぶさってきた。
ガン!
嫌な金属音と共に、イオの背中から火花が散った。
「何をする!」
松原がミシマの顔を銃の台尻で力一杯殴り、ミシマは吹っ飛ぶようにして砂の上に倒れた。
「イオ! イオ!」
ウイルが叫ぶ。
イオに表情がない。目が中空を見ている。背中に穴が開いている。
ビュ———————ン・・・という妙な音が聞こえる。
「イオ!」
ジェフも駆け寄ってくる。
「イオ! ああ! イオォ!」
松原も叫ぶ。
ビュ———————ン・・・
イオは全く動かない。
「きさま! なんてことをした!」
松原がミシマの右手を力一杯踏みつける。
「うがッッ。」
手首の骨の砕ける音がして、ミシマの手から銃が砂の上にこぼれ落ちた。
松原がミシマの髪の毛をつかんで頭を持ち上げる。
「きさま! 自分が何をやったかわかってるのか!」
「プランCだ・・・」
「なんだと?」
「そのイソザキという男を殺せ。そいつは必要ない。僕が壊れたロボットを解析してやる。それで解決だ。他国に盗られることは、もうない!」
ウイルはイオを抱いて、その名を呼び続けている。
「イオ! イオ—————!」
やがて、ビュ———————ン、という微かな音も消えた。
イオは無表情のまま、腕の形も固定したまま、全く動かなくなった。
「必要ないのはきさまの脳みそだ!」
松原が叫び、銃声が1つして、砂地に真っ赤なシミがビシャッと広がった。
髪の毛をつかまれたまま、ミシマの頭の一部が欠けたように無くなっている。
ぬらぬらとした赤いシミは、すぐに砂に染み込んでその輝きを失った。
「イオ・・・、イオは・・・。私のアトムは・・・治るよな? イソザキ・・・」
松原が取り乱している。
「マツバラさん!」
ディクスンが松原のもとに駆け寄った。
「どうするんです? ミシマを殺してしまって・・・。局長になんて・・・」
松原は奇妙な顔をしてディクスンを見上げた。
「こいつは・・・イオを撃った。・・・博士を殺そうとした・・・。こんなヤツを連れてくるんじゃなかった・・・。」
声がうわずっている。
「治るよな? ・・・イソザキ・・・」
ウイルはイオを抱えて、真っ青になっていた。
「わ・・・私を・・・庇って・・・。治してやる。必ず治してやるからな。・・・人間とは違うんだ。体の一部が壊れたって・・・データはちゃんと残ってるはずなんだ。」
「私のアジトに行きましょう。そこに設備がある。」
ジェフがウイルに言ってから、松原を睨みつけた。
「何がA国だ!」




