37 武装勢力
「実はイオにお土産を持ってきたんだ。」
そろそろ夜が明けるという時間になった頃、いたずらっぽい顔でジェフは座っていたベンチから腰を浮かせた。
ベンチだと思っていたのは、敷物を敷いた箱だった。
敷物を退けて、フタを開ける。
「エレンに頼んで持ち出してきた。」
イオがそばに寄って覗き込み、顔を輝かせた。
ウイルも中腰になって覗き込む。
そこに・・・
イオのボディが収まっていた。
腕と頭をつなげば、すぐに使える状態の——。
「ジェフ?」
ジェフがにっと笑う。
「逃げるにしたって、こっちのボディの方が格段に動きがいいはずさ。」
イオがこれ以上ない嬉しそうな顔でジェフを見上げた。
「これは感知できてなかっただろ、イオ? サプライズにしたかったからね。運び出す時は、ソーニャに隠してもらったんだ。」
「あ・・・ありがとうございます、ジェフ!」
イオは少し泣きそうな顔で銀色の新しいボディを眺め、そっと指先で触ってみる。
「国境を越えたら少し先に行った町に、私のK国でのアジトの1つがある。最新の設備なんてないけど、博士の大学時代の研究室程度のものはあるから、そこで博士に接続してもらうといい。K国の首都までの旅は武装勢力もいたりして、けっこうハードになるからね。2本足で走れる方がいい。」
国境までの3日間の行程の中で、安宿に泊まることができたのは1晩だけだった。
あとは車の中で寝袋にくるまって雑魚寝、という状況だったからウイルたちもけっこう疲れが溜まってきた。特に怪我をしている古川先生はつらそうだった。
アイリーンが医師の心得を持っていなければ、もっと酷いことになっていたかもしれない。彼女はガソリンスタンドなどで手に入る市販の薬だけで、うまく古川先生の傷の手当てと健康管理をやってくれていた。
南へ下るに従って寒さは和らぎ、雪は少なくなって、代わりに乾燥した風景が見られるようになってきた。
ジェフとアイリーンはウイルが呆れるくらいタフで、交代で眠ってはずっと車を走らせ続けた。
必要のない限り、村や町には寄らない。
国境の検問所はメインの道路でないせいか緩やかなもので、やる気のなさそうな職員はアイリーンが何かの包みを渡すとロクに車の中も見ないですんなりと通してくれた。
「大国みたいに見えても、独裁国家なんてものは末端は賄賂で暮らしてるようなヤツがけっこういるものなのさ。」
検問を抜けてから、J B が解説してくれた。
蛇の道は蛇、というわけだ。
「K国とR国は友好関係にあるからね。一応、犯罪組織の武装勢力がR国側に大挙して入らなければ大目に見てるようなんだ。武装勢力側もその辺の匙加減は心得ていて、国境付近の犯罪組織は R国から資金や武器も得ている。そういうものを彼らに横流しして金を得ているR国側の警備員もいるくらいだ。」
「これもまあ、地域経済の1つさ。」
しかし、そういう地域経済はウイルたちの行程に無関係、というわけでもなかった。
国境を越えて2㎞も行かないうちに、襲ってきた武装勢力がいたのだ。
ガン、ガン、という、車の外壁に銃弾の当たる音が聞こえる。
アイリーンがスピードを上げた。
後方の窓は装甲の鉄板のため外が見えないが、ウイルがサイドミラーを見ると何台もの車が砂塵を巻き上げながら追ってきているようだった。
「博士、失礼。」
こんな時でもジェフの声には微笑が含まれている。いや、こんな時だからこそ、なのかもしれない。
ジェフはウイルを退けさせて、座っていた箱のフタを開けた。中に武器がいくつも入っている。
ジェフは銃を手に取り、窓を開けて半身を乗り出した。R国の連中が持っていたのと同じ、長身の銃だった。
ウイルは後で知ったのだが、カラシニコフという普及型の自動小銃だ。
パン! パン! と単発の乾いた発射音が2つした。
サイドミラーを見ると、砂塵の中で追跡車から身を乗り出して銃を撃っていた男がのけぞり、そのまま窓の外に上体がぶら下がった。
アイリーンがハンドルを切るので、その映像はすぐにミラーの外に消えた。
アイリーンが再びハンドルを切ると、サイドミラーに追っ手の車が見えた。
砂塵の中なのではっきりはしないが、6〜7台はいる。
パン! パン! パン! パン!
4発の発射音をジェフが響かせると、後方で身を乗り出して銃を撃っていた男が2人、さっきと同じようにのけぞってそのまま窓の外にぶら下がった。
仲間がそれをズルッと車内に引き込むのが見えたところで、再びアイリーンがハンドルを切る。
ジェフは弾丸2発で確実に1人を仕留めているのだろうか?
何という射撃力!
そのジェフは今度は長い筒状の武器を手に取った。
「榴弾は4発か・・・。足りないな。」
ジェフは呟いたが、筒の先に榴弾を装填するとアイリーンに向かって叫んだ。
「RPGを使う!」
ジェフは窓の外に身を乗り出して、その武器を構えた。
「了解!」
アイリーンがハンドルを切る。
車は大きく左に曲がって追っ手の車が見えるようになる。その分、ジェフの周辺にも敵の弾丸が飛び交って火花を散らすがジェフは落ち着いたもので、狙いを定めてそのロケット弾を発射した。
即座にアイリーンがハンドルを戻し、ジェフを追っ手の弾丸から庇う。
後方から、ドオオオオン! という爆発音が聞こえた。
「まずは1台。」
言いながら、ジェフは2発目を装填する。
同じようにして4台の車を破壊すると、ジェフはRPGと呼んだ筒状の武器を床に放り出した。
「榴弾切れだ。」
追っ手は引き上げる様子もない。
「しつこいな。どうもおかしい。」
「おかしいとは?」
ウイルが尋ねると、ジェフはにっと笑った。
「こんなボロ車1台をヤツらがここまで追い回す理由がない。襲撃する理由も——。ソーニャ、『砂漠の牙』がR国から指令を受けていないか調べてみてくれないか? できたら、その指令を『中止せよ』に書き換えてくれ。」
よく見ると、ジェフの耳には何かイヤホーンのようなものが付けられている。
どうやら、それでソーニャというハッカー少女と連絡を取り合っているようだった。
イオがジェフに目だけで訊ねた。
ワタシがやりましょうか? という表情だが、ジェフはにっこり笑って人差し指を横に振った。
「ここはソーニャに任せてやってくれないか、イオ。」
後方からは、バン、バン、と車に弾丸の当たる音がひっきりなしに聞こえてくる。
「それより、R国の内部を撹乱してくれるとありがたい。」
イオがウイルの方を見た。
「イワノビッチたちはどうしてる?」
ウイルはジェフに言われるまでもなく、この状況で自分たちにできることを考えている。
「ウイルの暗殺計画を進めています。この襲撃には関わっていないみたいです。」
「イオ。その毒殺対象が大統領であるように、あらゆるデータを書き換えてくれ。彼らがクーデターを企んでいるように。」
ウイルは迷いのない表情で、イオの目を見る。
「その情報を当局も把握できるようにしてくれるか。そのうちの1人が連座を恐れて当局にメールで告発した、という形で。」
イオはその悪謀がウイルから出てきたことに、ちょっと驚きと戸惑いを覚えたようだった。
ウイルは微笑んでイオを見てやる。
「生き延びるためだ。すべての指示は私から出てるんだ。イオが責任を感じる必要はない。言われたとおりやってくれ。」
「はい。」
イオが遠くを見るような目になった。
「イソザキくん、策士だなぁ。」
古川先生がウイルの意外な一面を見た、という表情で笑った。




