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A I A M  作者: Aju
34/41

34 J B という男

「J B です。」

 2人の問いにイオが答えた。


「勝手なことしてすみません、ウイル。J B はすでにR国に潜入していて、この近くにまで来てるんです。彼のスマホに救助要請を送りました。」

 イオは古川先生に頭を撫でられながらも、一方でさまざまなデジタル世界に侵入して情報を集めていた。

 ウイルと古川先生を助けるために、今自分にできること——をイオなりに精いっぱい考えている。


「イワノビッチ少佐がウイルの毒殺を命令しました。同時にワタシを捕まえて、全ての電波を遮断する箱の中に押し込んで電池切れを待つという計画です。ウイルが言ったとおりです。すぐにでも逃げなければ・・・。」

 イオは少し怯えた顔で、今しがた入手した情報をウイルに伝えた。


 その通りだ。とウイルも思う。

 確かに今、フィジカルで彼らに太刀打ちできる手段はこの3人にはない。

 情報で先手を取っている状況だけが、彼らの暴力を防ぐ唯一の手段なのだ。


「J B が? しかし・・・」

と、ウイルは少し戸惑いを見せた。

「彼もE国のエージェントだ。私たちを捕まえるよう、指示を受けているんだろう?」

「そのとおりですが、今は頼れるのは J B だけだと思います。どうでしょうか、ウイル?」

「それは・・・そうだが・・・。虎の口を逃れて、狼の口に入るようなものなのでは・・・?」

「J B は狼なのですか?」

「あ・・・いや、これは、ものの喩えだ。」


「J B はE国の指令を受けて行動していますが、その指令は『取り返せ』であって『殺せ』ではありません。それに・・・J B がワタシたちに嘘をついたことは、一度もありません。」

 イオはまっすぐウイルの目を見た。

「J B はワタシたち3人を守る、と約束してくれました。」


「信じていいものかな? イオはまだ、人間の駆け引きには慣れていないだろう?」

 古川先生が、少し不安そうにウイルを見る。


 ウイルは、きっと口を結んで宙を睨んだ。

「確かに・・・。ここから脱出するために今、頼れるとしたら J B しかいないかもしれない。それに、イオが言うように、彼は私たちに嘘をついたことが一度もないのです。あんな世界の住人なのに・・・。」


 少し考えてから、ウイルはにっこり笑ってイオの顔を見た。

「イオ、よくやった。いい判断だ。J B はここまで来るって?」

 ウイルのその言葉で、イオは満面の笑顔になった。

「どこで待てばいいかは、J B から連絡がきます。そしたらワタシがこの施設のシステムを無力化しますので、外へ出ましょう。」


「なんとも・・・。これほど頼りになる子に成長するとは・・・。」

 古川先生が、呆れ顔で笑った。

「人間の子どもとは違うんだな・・・。成長が早い。」



 程なく J B からの連絡が入った。

 イオがその情報をウイルのスマホに転送して表示させる。

「この施設のサーバーを経由して直接つながるようにしましたから、直接話してください。通信は J B のスマホに合わせて暗号化しました。」


 すぐに、聞き覚えのある笑声がウイルのスマホから聞こえた。

「イオは優秀だねぇ。これじゃあ、どこの国の情報機関も欲しがるわけだ。どこもお怪我はありませんか? イソザキ博士。」

 イオがにこにこと笑っている。

「地獄で仏の声を聞いたようですよ。私は大丈夫ですが、古川先生が・・・。」

「爪を剥がされましたが、痛み止めももらいました。」

 スピーカーになったスマホに向かって、古川先生が他人(ひと)事みたいに言う。

 もちろん、盗聴器はイオが無力化している。

 ここに至っては、確かにイオは十分な戦力でもあった。


「連中も対応に苦慮しているみたいですねぇ。あげくに毒殺指令まで出したりして。屋上に出てこられますか?」

 J B が言うと、ウイルが答えた。

「出られます。」

「それもイオの力ですか?」

「まあ・・・ね。」

 ウイルが曖昧に答える。



 施設のセキュリティはイオが全てコントロールできたので、屋上まではすんなりと出られた。

 イオの『侵入』の技は、回を追うごとに研ぎ澄まされてゆくようだ。


 J B はカイトを使って、静かに屋上に舞い降りてきた。

 すでに夕暮れの闇が昼間の残渣を食い潰しつつある。R国の冬は雲が多く、夕日は見えない。

 J B はそんな黒と灰色のまだらの空から、魔術のように突然ふわりと現れた。

 そのように見えた。

 この男は、人が気配を感知する能力の隙間がどこにあるのか知っているのだろうか。ほとんど予兆なしに突然目の前に現れる。


「なんだか映画でも見ているみたいだね。実感がわかないよ。」

 古川先生が半分呆れながら笑って言うと、J B も人懐こい顔で笑った。

「正規のスパイはこんな派手なアクションはしませんよ。」

 それからイオにも笑いかける。

「助けに来たよ、イオ。」

「ありがとうございます。」

 J B が、ぽんとイオの頭に手を置く。

 そのしぐさに愛情を感じるのは、ウイルがまだ甘いということだろうか。


「最初、カイトを3機用意していたんだが、状況を聞いて2機だけにしたよ。フルカワ教授は手が使えないから、私がベルトで前に固定して飛ぼう。イオはイソザキ博士が固定して飛んでください。」

 そう言ってJ B は自分の乗ってきたカイトから棒状のものを取り外すと、ウイルたちの目の前でバサッと開いた。

 カシャン、カシャン、と操縦用のバーを組み立て、何やら丸い筒のようなものを翼の下に取り付ける。

「軽い素材で華奢に見えますが、人間の2人くらいは軽く運べます。推進力はイオンジェットなので、音はしません。防寒用の上着を着てください。短時間とはいえ、空は冷えますよ。」


 J B の持ってきた防寒ジャンパーは、薄手のくせに着るとすぐ体がほかほかと暖まった。

 どういう仕掛けだろう? と理科系のウイルはすぐにこういうことが気になる。

「人体の水分に反応します。イオには効き目がないかも・・・。」

「ワタシは大丈夫です。」

「イオは寒さはあまり問題にしなくても大丈夫です。むしろ暑さに対するボディの防御がまだできていません。」

 ウイルが答えると、イオがにこっと笑ってウイルを見た。ウイルの腕をつかんでいる。


 J B は防寒ジャンパーを着た古川先生を、自分の胸の前にベルトで固定した。

「下が見えるのが怖いようなら、逆向きにしばり直しますが?」

「いや、いくらイケメンでも男同士向き合って抱っこされるのはちょっと・・・。この方がいい。景色も見えるしね。」

 古川先生はこんな時でも余裕のある冗談を言ったりする。

 少しJ B に似ているな・・・。と、ウイルは思った。


 さて、翼を背負っていざ屋上の端に行ってみると、ウイルはへっぴり腰になってしまった。

「わ・・・私は、こんなもので飛んだことがないのですが・・・。」

 同じく大きな翼を背負って屋上の端までやってきた J B が、ウイルの方を見て声をかけた。

「ここから並んで、私と一緒にパラペットを蹴って空中に飛び出してください。あとはカイトが自動的に私のカイトを追跡して続きます。ハンドルバーはただ持っているだけで大丈夫です。」


「J B の言うとおりです。ウイル。勇気を出して飛び出してください。」

 イオがフォローした。


 ウイルは信じて跳ぶことにした。

 なんとなれば、J B がイオを抱えて飛ぶ——と言うこともできたはずだし、そのままイオだけを連れて行ってしまうこともできたのだから。

 この組み合わせはきっと、J B の誠意と配慮なのだろう。

 ウイルはそう思った。


 不思議な男だ。

 こんな世界にいながら、ある種の明るさと誠実さを失わない。



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