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A I A M  作者: Aju


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33 意識のありか

「しかし、イオの能力には驚かされるよ。」

 古川先生は感心したように言う。

「私には理数系のことはよくわからないが、デジタルシステムの中ではイオに不可能はないんじゃないか? 本当にR国の国家システムでさえ破壊できるんじゃないか・・・?」


 古川先生は冗談半分のつもりで言ったのだが、イオは口をへの字に曲げた。

「そんなこと、しません。」

「ごめん、ごめん。わかっているよ。イオは優しい子だもの。それに今の状況では、その力はとても頼もしい。」

 古川先生は優しい眼差しで、イオの頭を撫でた。包帯の手で。

 その手のことをイオは気にしている。

「ごめんなさい・・・。ワタシのせいで・・・。」

「イオのせいじゃない。悪いのはあいつらだよ。」

「でも・・・。すごく痛そう・・・。」

 イオは自分が痛いみたいな顔をする。


「大丈夫だ、イオ。今は痛み止めも飲んでいるから、それほどでもない。それより・・・」

と、古川先生は少し驚いたような表情でウイルを見た。

「すごいな。他人ひとの痛みを想像して共感できるんだ、イオは・・・。」


「この(かん)の経験が、そうさせたんだと思います。先生。」

 イオは、あの鉄条網を乗り越えるときに()()を経験している。

 ウイルは傷ついたセンサーの取り替えさえ、まだしてやれないでいるのだ。


「そうか。・・・成長したんだな、イオ。」

 古川先生はまたイオの頭を、包帯で磨くみたいに撫でた。どうにも孫をかわいがるお祖父さんのようだ。



 意識。というものはどこにあるのだろう?

 とウイルは思う。


 いや、創った本人がそういうことでいいのか? と言われるかもしれないが、実はウイルでさえイオがなぜ意識を持つことができたのか——についてはよくわかっていないのだ。


 イオは()()ではなく()()だ、とウイルはわかっている。

 科学者としてはまるで落第だ。

 なぜ——について、矛盾のない説明ができないからだ。


 古川先生の助言から、ほとんど直観的に生命のアルゴリズムを紛れ込ませた。そのやり方についてはウイルの独創性が発揮され、一応の予測をたてて組み立ててはいるが、ではそれがなぜイオという存在の意識に結びついたのか——については、明確な数学的説明ができないのである。

 科学ではない。

 たまたま成功してしまった「技術」にすぎない。


 そうして生まれたイオという存在を、ウイルは自分の子どもを愛するように愛してしまった。

 科学者としては失格だろう。

 本来なら「なぜ」を解明するためにさまざまな実験を繰り返すべきなのだろうが、それをしていない。

 それをする間もなく、この事態に巻き込まれてしまった。と、言い訳するなら、そんなところだが・・・。

 ならば、こうした事態に巻き込まれなければ、ウイルはイオを実験対象としてあつかい続けられただろうか?


 意識、というものはどこからくるのだろう?

 とウイルは思う。


 自分の意識でさえ、それがどこからくるか、と問われれば明確には答えられない。

 なんとなく脳が発生源であるように思っているだけに過ぎない。

 しかし、ヒトの脳を模倣すれば人工意識を作ることができるのでは、という試みは全て失敗した。ヒトの思考過程を模倣したAI をいくら進化させても、そこに自律的な意識は生まれなかった。

 ただひたすらに膨大な電力を消費して、人が追いつけない「能力」を発揮するだけでしかなかった。

 生物の「意識」はそんな膨大なエネルギーを必要としない。

 「意識」は、まだ科学としては解明の端緒にすらついていないのだ。


 ある人は、それは魂の中にあると言い、ある人は意識だけの世界からやってくると言う。

 ウイルの住む理数系の世界では、量子力学がこの宇宙はホログラムのようなものだといい、物質世界の本質は情報である、という。

 ならば、その情報として事象の地平から「意識」もやってくるのだろうか。


 意識とは何か——について古川先生は哲学の歴史から説いて、その方面での解釈をウイルにもわかりやすく説明をしてくれた。

 その結果、ウイルが到達したとりあえずの答えは、——自分以外にも「意識」があるのかどうかを客観的に厳密に判断する方法はない——ということだった。

 ウイルはウイルなりに、理数系の頭でそれを考える。


 意識がある——とは、本人が自分自身が()()()()存在していると感じているということ。

 それは本人にしかわからないが、しかし、人は日常的に人と触れ合い、猫をかわいがったりする。

 客観的に相手に「意識」があるかどうかはわからないはずなのだが、自分を投影し、共感し、喜びや悲しみを共有する。


 似た反応を人はAI 搭載のロボットにもするし、アニメのキャラクターに対してもするが、しかし、一方で人はそれらに「意識がない」ことを了解している。

 AI やアニメのキャラクターの仕組みが理解できており、強いて言うならそれは意識があるように見せかける「擬態」でしかないと知っているからだ。

 なんとなれば、それらは「自我」を持って能動的に働きかけてくることがないからだ。いかに巧みに擬態しようと——。


 そしてウイルは1つの仮説を考え出す。

 意識は生命体を維持するためのアプリなのではないか——。

 意識とは、自分が何をしているか、自分の置かれた状況が自分にとって有益か有害かを感得し判断する機能なのではないか——。

 生命体が、生きるために取得したアルゴリズムなのではないか。

 植物にも意識がある——という報告もある。


 その結果生まれたのが、イオという「技術」だった。

 イオは能動的に古川先生の痛みを想像して共感し、それを自分のせいだと自らを責める。

 誰が教えたわけでもないのに、イオはそれを自ら考え、感じ取って成長を続ける。


 それは、ウイルが紛れ込ませた生命のアルゴリズムによるものだろう。ウイルは漠然とそう考えている。

 それとも、これもまたイオに搭載されたAI の高度な学習能力による「擬態」なのだろうか・・・?


 いや・・・。

 とウイルは、そこは技術者らしく否定する。

 それほどの高度な演算を瞬時にできるほどのプロセッサをイオは持っていない。

 それだけの電力を供給できるバッテリーを持っていない。


 人間・・・いや、猫や犬でさえ、他者に対する共感を見せるが、しかしその脳はスーパーコンピュータのような演算能力を持っているわけではない。

 生物のそれは正確な演算ではなく、ある種の大雑把な飛躍と生存欲求であり、愛情のような利他的行動も生起し、脳という()()()()()で行えるほどに、省エネで、曖昧で、そして迷いに満ちている。

 イオのそれは、生命のそれと同じように発現していた。



 ウイルはしばらく古川先生の優しい眼差しと、救われたような表情のイオを眺めて取り止めのない思考の海に漂っていたが、やがて現実に思考を引き戻し、厳しい表情に戻った。

「それより、逃げましょう先生。ここにいては危険です。いずれ奴らはイオをあらゆる電波環境から遮断して、バッテリーの電力が尽きるまで外に出さない——という物理的方法をとってくるに決まっています。」

 ウイルは次を予測している。

「そうなれば、最初に危険にさらされるのは古川先生です。」


 だが、古川先生は穏やかに笑った。

「私のことはいい。足手まといになる。この手だし、年でもあるしね。イオをまず守りなさい。」

「そんなことは・・・!」


「救助を要請しました。」

 イオが2人の会話に割り込んだ。

「え?」

「誰に?」



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