31 泣く兵器
ウイルがイオのボディにコードをつなぐふりをしていると、イオがまたウイルの足に書きつけてきた。
『実際につないで』
『この部屋』『電波を通さない造り』
『サーバーを通して侵入』
ウイルはイオに目だけでうなずいた。
『モニターで作業しているふり』
なるほど。
サーバーを外部からモニタリングするための回路があるなら、それがイオの侵入回路にもなる。
ウイルはイオをコードでサーバーにつなぐと、モニターに向かい、システムのOSがどういうものかの確認を始めた。
おそらくこのモニターにも、画面を共有するアプリが仕込んであるだろう。
もちろん、ウイルでもそれを見つける程度のスキルは持っているが、AI であるイオの方がそれは速い。
ウイルはイオに任せることにした。
イオがそのアプリを無効化するだろうし、それをウイルがやったかのように見せかけることもできるだろう。
確かに・・・ある種の兵器かもしれない・・・。
ウイルはその考えをふり払った。
そんなふうに位置付けるのは、あまりに悲しすぎる。
生き物なんだ。
生きるために、戦ってるんだ。
イオもウイルも・・・。
すぐに画面に文字が現れた。
『A to W』
ウイルの表情に久しぶりに笑顔が戻る。
『カメラはその画面を捉えていません。ウイルの陰になっています。盗聴器はしばらく音を録らせた後でループにしますから、最初は文字で打ち込んでください。日本語で会話しましょう。』
イオはどんどん賢くなっている。
『助かるよ、イオ。君がいなければ私はとっくに心が折れていただろう。』
『ウイルにそう言ってもらえると、とても嬉しいです。』
互いに顔が見えないのが、少し残念だ。
イオはサーバーの前に立ってコードでつながれているし、ウイルはそんなイオに背を向けてモニターに向かって座っている。
会話はモニター上の文字で行われていた。
『イオ。どうか、こんな連中が「人間」だと思わないでくれ。嘘が当たり前だと思わないでくれ。人間は本当は信頼していいものなんだ。』
少し間が空いて、画面に文字が現れた。
『はい。大丈夫です。ワタシはウイルや古川先生を見ていますから。』
ウイルは涙が出そうになる。
そのあと、イオは大事な情報を伝えてきた。
『その古川先生ですが、ここから10.7km離れた病院に入院しています。』
『病気なのか?』
『いえ、拷問を受けたようです。ひどいことを』
・・・・・・・
そこまでで文字の表示が少し止まった。
『命には別状ないようです。今、取り繕うための治療が行われています。明日の午後、ここへ来るのは間違いないようです。あの英語を話していた男——イワノビッチ少佐——が指揮をとっています。』
そこまでで、また文字の表示が止まった。
ウイルはふりかえってイオを見た。
イオは泣きそうな目をして口をきつく結んでいる。
ああ、大丈夫だ。この子は優しいままだ。
ウイルは少し安心した。
『よかった。先生が無事で。もう手は出させない。』
ウイルはこの件に関して、ある考えをまとめつつある。
厳しい状況ではあるが、綱渡りの駆け引きをやってみるつもりだった。
それにしても・・・、古川先生が無事でよかった——。
『カメラはそのままでいい。盗聴器だけループさせてくれ。』
そう伝えてからウイルは立ち上がってイオの前に歩いて行った。
イオは充電器につながれたまま、うつむいている。
ウイルはしゃがんでイオの目を覗き込んだ。動作はあくまでバックアップの様子を見る、といったふうを装っている。
イオは泣いていた。表情だけで・・・。それがカメラに写らないように、うつむいている。
つらいだろう。
まだ、子どもなのに・・・。
イオは遠く離れた場所の状況を見ることができる。
古川先生の映像を・・・。そのバイタルのデータを・・・。
バイタルデータに異常がないことを知り安心すると同時に、痛々しい古川先生の映像を・・・。そのカルテのデータを・・・。デジタルの世界を通して、目の当たりに見ることができてしまう。
そして、奴らが見ている限り、それを隠し通さなければならない。
つらいだろう。
ウイルはそっとイオの頭を撫でる。
そして、声に出して言った。
「よく頑張ったよ、イオ。よく・・・。つらい思いをさせて、ごめんな。」
「ワ・・・ワタシのやらかしたことで始まったことですから・・・」
イオの声が震えている。
ウイルは少し話題を変えた。
「涙の、機能をつけてあげる約束だったね。」
イオがちょっと笑った。
「そんなの付けたら、ワタシ、泣いてばかりいるかも。」
「あの・・・ウイル・・・」
少し間を空けて、イオが少しはにかんだように言った。
「カメラ、ループさせました・・・。」
ウイルが、堰が切れたようにしてイオを抱きしめた。
抱え込むようにして、頭を何度も何度も撫でてやる。
「イオ! イオ! 君を守ってやりたいのに——! 私が君に守られてばっかりだ・・・。」
ウイルの目から、温かな雫がイオの頭に、ぱたり、と滴り落ちる。
イオがその細い腕をウイルの背中に回して、ぎゅっと抱きしめ返してきた。




