27 追跡要請
「どういうことだ!?」
チームリーダーのクリフォードは建物の中をくまなく探し回ってから、顔を歪めて中空を睨み据えた。
イソザキがいない。
玄関は施錠されたまま。
家中のあらゆる電子ロックも解錠された痕跡はない。
警備の人間も、誰も出てきてはいないと言うし、監視カメラにも何も写っていない。
仕掛けておいた盗聴器はそのままそこにあって、正常に作動していた。本部に問い合わせれば、音もクリフォードの話し声も聞こえているという。
その盗聴器が、あまりにも話し声を拾わないので、不審に思ったクリフォードは念の為に再び訪ねてみたのだ。
盗聴器はあのロボットの走行音と、時々衣擦れのような音だけを拾っていた。
その状況が、クリフォードにはどうにも引っかかったのである。情報機関員の勘とでもいおうか。
あのロボットは話せないわけではない。
説得心理学のエキスパートでもあるクリフォードには自信があった。
イソザキは99%追い込まれていたはずだ。
理解はしていたはずだ。これほどのチャンスは今しかなく、そして、それを逃せば次に何が待っているかも。イソザキが馬鹿ならともかく、十分な知能があるならば。
そしてその理解が顔に正直に現れていたからこそ、クリフォードは一晩待つことにしたのだ。気持ちの整理をつける時間が必要であることもわかっていたから。
全てはクリフォードの手のひらの上で転がっていくはずの状況だった。
あの男は、あのロボットを相手に何か話すはずだ。そうして気持ちの整理をつけようとする。
あのロボットは、イソザキにとっては小さな子どものぬいぐるみと変わらない。
その話の内容によっては、もう一押しのアクションが必要になるかもしれない。そう思ったから、念の為に盗聴器を仕掛けてきたのだ。
本来なら、この施設にそんなことをするには上の許可がいる。しかし、そんな悠長なことを言っていては「説得」は失敗するかもしれない。説得には、分秒のタイミングで相手の心をコントロールしなければならない場合があるのだ。
ところが・・・・。
盗聴器からは何の会話も聞こえてこなかった。
おかしい・・・。
クリフォードは、その違和感の正体を確かめるために、再び単身ここにやってきた。
その点、詰めの甘い男ではない。
そして・・・・クリフォードが警備の許可を得て中に入ってみると・・・。
イソザキはロボットと共に、忽然と消えてしまっていた。
クリフォードはフラノ部長に状況を報告し、応援を要請した。屈辱的だった。
「逃げたのか何者かに拉致されたのかはまだ不明ですが、非常線を張ってください。敷地内や周辺を徹底的に調べるための応援要員もお願いします。隠れているだけの可能性もあります。民間の防犯カメラなどの映像も、徹底的にチェックをお願いします。目立つロボットと一緒ですから・・・」
そこまで言って、クリフォードは一つの可能性に思い至った。
ヤツは・・・、あのロボットの機能を使って、この建物のセキュリティシステムを乗っ取ったのか・・・?
あの事件と同じように、その痕跡を全く残さずに・・・?
ぐずぐずしていたのは、初めからそのつもりで準備を進めていたということか!
あれは・・・
あの「ロボット」は、無害そうな姿に偽装したとんでもないサイバー兵器だったのか?
あのロボットを、もっと早くにイソザキから切り離しておくべきだったんだ。
ビートのアホ女が、素人説得なんぞ試みやがって。
何が「信頼関係」だ。してやられただけじゃないか!
応援が来て、敷地周辺を捜索すると、すぐに物理的痕跡が見つかった。
寝室側の斜面を下ったあたりに、鉄条網がへし曲げられた箇所が発見されたのだ。電流の通ったフェンスの上の鉄条網だ。
そこを写している監視カメラには、それをやった人物の姿は全く写っていなかった。
ある時間を境に、突然鉄条網だけが曲がっているのである。
電流が止められたという記録もなかった。
「とんでもない技術だな。デジタル監視の世界から、消えてしまうことができるのか・・・。」
応援部隊と一緒に来たフラノ部長が、苦い顔で呟いた。
「鉄条網が曲がった時間が、ここをイソザキが通った時間だとするなら・・・。まだ2時間ほどしか経っていない。あんなロボットを抱えてなら、それほど遠くには行けていないはずだ。」
フラノは厳しい顔で、捜索部隊に指示を出した。
「何がなんでも探し出して捕まえろ! 敵に奪われるようなことだけはあってはならん! もしそのような事態になったら、殺してかまわん。いや、必ず殺せ。そしてロボットを回収しろ!」
青い回転灯に照らされて、定期的に闇から浮かび上がるフラノの顔は、地獄の鬼のようにも見える。
「こんな技術が敵側に渡ったら、我々は破滅だ。」
フラノはそれから、どこかに電話をかけた。
「ええ、お願いします。特殊部隊の出動を——。それから・・・」
少し言い淀んでから、フラノは続けた。
「J B の要請を。」
「J B って、あの J B ですか?」
フラノが電話を切ると、クリフォードが訊ねた。
「あの J B 以外に J B がいるかね? 確かに、組織の中で動くことのできんヤツだが、成果は必ず出してくる。」
フラノが機嫌悪そうに言う。
ごく一部の上層部にしか連絡を取ることができない特殊なエージェント。
正規の情報機関からは切り離された、法の外にある裏の機関。
1人だともチームだとも言われるが、本名も顔写真のデータもない。ただ「 J B 」とのみ呼ばれる。
その呼び名さえ、フィクションの世界のジェームス・ボンドやジェイソン・ボーンをもじったものだという話もあり・・・。
要するに、味方でさえ、噂以外の情報が何もない謎の人物なのだ。そのくせ、与えられたミッションは必ず期待以上の成果を出してくるという。
この悪魔のようなハッキングマシンに対抗できる者がいるとしたら、J B しかいないかもしれない。
「元はといえば、上層部の命令であいつがA国から奪ってきたんだ。尻は自分で拭いてもらおう。」




