20 スパイたちの反省会
スティーブは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
A国中央情報局の本部ビル。局長室に隣接する特別会議室。
集まっているのはスティーブ・ローズ部長、ロド・カリマン局長、ケント・ミシマ、セイジ・マツバラの4人である。
ケント以外の3人は皆、同じような渋面を作っていた。
ケント・ミシマだけが、人を小馬鹿にしたような目で松原を見ている。
「君らしくもないな、マツバラ。」
ローズ部長の一言に、松原が唇を噛みしめる。
「面目ありません・・・。」
椅子の脇に松葉杖が立てかけてある。
「どこから漏れたのだ?」
カリマン局長がローズ部長に恨みがましい目を向けた。
「大統領はオカンムリだ。私も交代させられることになるかもしれんから、後任のためにも聞いておきたい。」
半ば嫌味である。相当こっ酷くやられてきたらしい。
「取り返してみせます。」
「焦るな、マツバラ。今はその話をしていない。」
「漏れた可能性は少ないです。我々が日本に注目したことを知ったE国とR国の情報機関が我々の動きを監視していたようです。そこまでは織り込み済みでした。」
ローズ部長がマツバラを庇うように話す。
「R国の襲撃くらいはマツバラも予測して手を打っていたようですが・・・。まさか同盟国の、それも J B が出てくるとは・・・。R国はイソザキ自身がハッカーだと思っていたようで、闇雲に奪いにきただけですが、J B は監視カメラをハッキングしてかなり正確な情報を得ていたようです。しかも・・・J B はR国の動きと連動していたフシさえあるのです。」
「もしそうなら、それは政治の方で質してもらわなければならない話になるが・・・。こちらも条約に反して単独行動をしたという負い目もある。」
カリマン局長がそう言うと、ローズはそちらをちらりと見た。
「ただ・・・なぜ J B はR国の動きだけでなく、プランCまで知っていたのか・・・。」
「私の周辺から漏れたというのか?」
カリマンがじろりとローズを睨む。
「いや・・・そうは申しておりませんが・・・。しかし、プランCの命令を知っていたのは私を含め・・・」
「プランCという名前を最初に出したのは、私の部下のディクスンです。敵に奪われるくらいなら——という対応手段が存在することくらいは同盟国の情報機関員なら当然知っているでしょう。おそらく若いディクスンは J B の言葉の罠に引っかかったんです。」
マツバラがローズ部長に助け舟を出した。
「どっちにしろ、あんたの失態だ。」
それまで黙って冷ややかな目をしていたミシマが、呟くような声でマツバラに言った。
「さっさと殺しときゃよかったんだよ。そのロボットとサーバーだけ持ち帰れば、僕がすぐに解析してやったのに。」
「その頭脳を確保せよ——というのが大統領の意向だ。」
今度はマツバラがミシマを睨みつけた。
そんなマツバラの視線に気づかないのか、ミシマはうすら笑いさえ浮かべながら得意げに話し続ける。
「だいたい、本当にロボットに意識なんかあるんですかね? マツバラさん、信じちゃったみたいですけどねー。それがあると、なんであんなことができると?」
論理が飛躍してる——とミシマは言う。
「結果だけ見て大騒ぎするんじゃなくて、冷静になりましょうよ。そんなふうに見せかけているのは、そのイソザキというやつの目眩しですよ。皆さんはシロートだから、騙されてるだけです。人工意識なんてものは、最先端のAI 研究者だって端緒さえつかんでないってのが現実ですよ?」
「ヤツが作ったのは、ただの高性能のハッキングAI でしょう。そしてコントロールをしくじったんだ。ひょっとしたら本人も『意識がある』って騙されてんのかもしれませんがね。僕にそのロボットとサーバーを渡してくれれば、たちどころに解析してみせますよ?」
ここで初めてミシマはマツバラと目を合わせ、その睨みつけるような視線を小馬鹿にしたような目で受け流した。
その直後、ミシマにマツバラがつかみかかった。
「体張って現場に出たこともないやつが何を抜かすか! 安全なパソコンの前に座ってるだけのやつが・・・」
「やめないか、マツバラ!」
ローズが2人の間に割って入る。
マツバラがバランスを崩して床に倒れ込んだ。
「僕ぁ、この脳みそで勝負してるんでね。」
「いい加減にしろ、ミシマも! 少しは上司や先輩に敬意を払え! マツバラもだ。冷静さを欠くなど、エージェントらしくもない。2人とも懲戒処分にするぞ。」
「申し訳ありません。」
マツバラが立ち上がりながら頭を下げた。
口を一文字に結んでいる。
懲戒、と聞いてミシマも黙り、口を尖らせて視線を横にそらす。
「部下の躾がなっとらんようだな。」
カリマン局長が、小さなため息の後に言った。
「私の組織にはね、いかに優秀であろうと組織の人間として動けないような者は要らないんだがね?」




