16 情報局エージェント
ウイルとイオを乗せた車は、どこへ向かってか走り続けている。
外はすでに夕暮れ時のようだったが、窓には遮光ブラインドが下されていてどこを走っているのかは皆目わからない。
外観はありふれたワンボックスのように見える車だったが、防弾仕様で内部はさまざまな機械にあふれていた。
「どうも。VIPをお招きするには少々窮屈な車で申し訳ありません。しかし、安全性においては申し分ない車でして。」
松原が本当に申し訳なさそうに言う。
ウイルはあのまま、4人のボディーガードに付き添われるようにしてイオと共に車に乗せられ、今、この車の乗客となっている。
乗る時にちらりと見たが、前後をガードする車で挟んで走るつもりのようだった。
今は外は見えないが、たぶんそうなのだろう。とウイルは推測している。
まるでスパイ映画だが、実際に自分の身体がそういう場所に置かれてしまうと、映画と違って高揚感よりも恐怖の方が大きい。
自分はこれから、どういう立場で、どういう扱いを受けることになるのだろうか?
同乗しているスタッフの対応は良く、不快な点はなかったが、松原の笑顔もスタッフの対応も何ひとつ信用することができない。
どれほど友好的な態度をとっていようと、彼らがその気になればウイルなどひとひねりに潰してしまえる状況の中に身ひとつでいるのである。
研究室で出立を促されたとき、「荷物をまとめないと・・・」と言ってみたが、松原は穏やかな顔つきのままでそれを許さず、持ち出せたのはイオの予備バッテリーとサーバーと普段使いのノートパソコン1台だけであった。
「残りのもので必要なものがあれば、うちの職員に取りに行かせます。博士が戻ったのでは、拉致されたりする危険があります。」
松原は日常会話でもするような調子で、そんなことを言った。
これも拉致ではないのか?
ウイルは胸の中だけでそう反論してみる。
イオを勝手に触らない——という条件で、この招待を受けたが・・・。
そもそもウイルに選択肢はない、と言われてのそれである以上、扱いがどれほど丁寧であっても拉致と変わるまい。
ウイルは、不安と不満で車内ではずっと黙っていた。
イオは・・・。そんなウイルと松原を交互に見比べたり、車内の諜報活動用の機器を見たりして、やはり黙っている。
「とりあえず、まず日本国内の施設に向かいます。そこから本国へ、専用機で向かっていただきます。」
沈黙の空気をほぐそうと松原が説明をするが、ウイルは表情をこわばらせたままだ。
「イオ。どうやったら私と友達になってくれるかな?」
松原は今度はイオに話しかけた。優しいおじさん——という表情だ。
が、イオもやはり黙っている。その表情は警戒を崩していない。
イオはどうやら、この事態を経験したことで急速に成長しているようだった。
「私が悪い人に見えるかね?」
穏やかな笑顔で松原がイオに訊く。
「あなたは嘘ばかり言っています。」
イオがにこりともせず、松原を見据えたままで言った。
「おほっ! 君は他人の心が見抜けるのか? これは、いよいよ鉄腕アトムだ!」
松原がひどく嬉しそうな顔をした時、車が急ブレーキをかけて、車内の5人(イオも1人と数えて)が車の前方に倒れそうになった。
「襲撃です! ドアをロックします。防弾ベストを着てください!」
運転席からの声が聞こえ、ガガガガッという乾いた音と、バンバンいう車のボディに弾の当たる音が聞こえた。
人の叫び声と爆発音も聞こえる。
松原が初めて笑顔を消し、座席の下から取り出したアーマライト16に弾倉を装填してレバーを引いた。
それからブラインドを少し寄せて、外を見る。
車内にいたスタッフが手際よくウイルに防弾ベスト着せた。
「博士! イオ! 何かにつかまって! 少し荒い運転になる。」
松原が言い終わらないうちに、車は急発進した。
激しく左右に車体を揺すりながら、スピードを上げる。
リアに弾の当たる音が聞こえたが、車はびくともしないようだった。
ウイルは車内の何かのハンドル状のものにつかまり、しがみついてくるイオをもう片方の手で抱えた。
「イオに防弾ベストはないのか!?」
「どこを守ればいいんだ? 胴体か? 頭か?」
松原も座席のパイプにつかまりながら叫び返してきた。
「両方だ!」
松原がニヤリとした。
「そうか。サーバーじゃないんだな?」
こいつは!
この状況で・・・。