15 招待する人
「あの事件には、イオが関係しているのではありませんか?」
松原のその言葉にウイルが青ざめたとき、突然、数人の屈強な男たちが部屋の中に入ってきた。
全員が見るからに日本人ではない。
この部屋の入り口は、外からは開かないはずだが・・・? どうやって入ってきたのだ?
ウイルは椅子に座ったまま上体だけを後ろに逃がそうとするような姿勢になった。もちろん実際に逃げたところでこの部屋に逃げ場はない。
「お・・・おまえたちは何だ? どうやって入った?」
それからウイルは松原の方に顔を向ける。
「あんたは・・・、何者なんだ?」
「Nテックの松原です。」
やはり穏やかな笑顔のままで、その人物は言う。
「いや、ご心配なさらないでください。彼らはあなたのボディーガードです。」
「ボ・・・?」
「驚かせて申し訳ありません。NテックのCEOというのは偽りではありません。ただし・・・」
松原は笑顔を少し納めた。相変わらず、温厚な表情ではある。
「表には出せないもう1つの立場がありまして——。A国諜報機関のエージェントでもあります。」
「我々A国は、博士。あなたをVIPとしてお迎えしたいのです。」
笑顔で両手を広げてみせた松原に、ウイルはまだ顔をひきつらせたままでいる。
「もちろん、イオも一緒にです。」
「イオ、というのは、あなたがお作りになった人工意識ですよね? ご紹介いただけませんか?」
「そ・・・そんなものは・・・・」
「博士。この期に及んで、そんな嘘はつかないでください。私はかなり正直にあなたにお伝えしてるんですよ?」
松原は相変わらず、害意を微塵も感じさせないような笑顔を見せている。
「イソザキ博士。あなたはあなたが思っている以上に今、危険な状態にあるのです。最初に見つけたのが我々でよかった。我々はあなたを安全に保護できます。」
部屋に入ってきた男たちはただ部屋の隅に立っているだけで、何かをしようとする気配はない。たしかに、護衛といえば護衛の態度ではある。
ただ、全員がサングラスをしていて表情が読めない。
「イオに会わせていただけませんか?」
ウイルの呼吸が浅くなる。
この男はなぜそれを知っているのだろう?
そもそも、人工意識の存在を、そしてその名前がイオであることを知っているのは、ウイルを除けば1人しかいないはず。
古川教授——。
まさか! 古川さんが・・・?
松原という人物は、そんなウイルの内心を全て把握しているみたいに言葉を継いだ。
「いや、古川教授は何もしていませんよ。でもね。あなた方は朝の散歩で言葉を交わしているでしょう?」
ゆったりと微笑んでウイルを見る。
「それらの全ては防犯カメラに写ってるんです。あなたたちの口の動きも——。音声は必要ありません。話された内容はAI で解析が可能です。博士ならお分かりになりますよね? 防犯カメラの映像を手に入れることぐらいは、我々には造作もないことです。」
「私はとても正直にお話ししています。実は、我々は3日前からこの部屋に監視カメラを設置しました。かわいいロボットですよね。できれば私もお友達になりたいものです。今は、ワードローブの中でかくれんぼしてますよね?」
松原は古川教授が見せたような慈愛のある目を見せた。だが、どこか作り物くさい。
「私が開けてもいいんですけど、それだとイオは私とお友達になってくれないかもしれません。ですから博士。ちゃんと紹介していただけないでしょうか?」
ウイルは観念した。
所詮、大国の情報機関相手に自分のような個人がやれることなど知れている。
すでにこの状態なのだ。下手に逆らわない方がいいだろう。
「イオ。出てきて、松原さんにご挨拶なさい。」
ワードローブの扉が、そろり、と開いて、イオが怯えたような目で顔をのぞかせた。
ウイルと松原を交互に見る。
ウイルはイオにうなずいてやった。
「こんにちは。」
イオが首だけを前に倒す。目は少し上目遣いになって松原を見たままだ。
松原が目を細める。
「かわいい子だ。胴体はまだ作るお金がなかったのかな?」
図星をつかれて、ウイルが少し赤面した。
「我々の施設でなら、たちどころに美しいボディも脚も作って差し上げられますよ。研究スタッフも資金も博士のお望みのままに提供いたしましょう。」
イオが、パッと顔を輝かした。
・・・・・が、ウイルは警戒した表情を崩さない。
それを見て、イオが輝かせた顔を元に戻して心配そうにウイルを見た。
イオのその一連の変化を見ていた松原の表情が、それまでとは変わった。
この常に穏やかな雰囲気を崩さなかった男が、初めて自分の感情を露わにしたような表情を見せたのだ。
「素晴らしい! 本当に、機械に意識を持たせられたんですね! いや、これは・・・! 私は信じますよ! 本当にアトムが作れそうだ!」
立ち上がり、叫ぶようにそう言ってから、自分のとっぴな言動に今気がついたみたいに羞恥の表情を見せた。
「いや・・・つい・・・。」
松原は少し苦笑いを見せてから、すぐに元の穏やかな表情に戻った。これがこの男の営業フェイスなんだろう。
ただ、頬はまだ紅潮している。
「改めて、ご招待を申し上げます。わがA国中央情報局へ。」
松原は両手を広げて、これ以上ないという好意的な笑顔を見せた。
ウイルはしかし、逡巡した。
確かに・・・、今提示されただけの話なら条件はいい。考えられないほどに——。
しかし・・・・。
それは、イオが軍の機密となって軍事に利用される、ということと引き換えだろう。
そんなことは・・・・。
「数日・・・考えたいのですが・・・。」
松原は優しい笑顔のままで、首を横にゆっくりと振った。
「あなたに選択肢はないんですよ、イソザキ博士。」
「我々が最初にあなたを見つけました。しかし、数日あれば別の組織もあなたに到達するでしょう。その中には残虐な独裁国家の機関も含まれています。
最初に言いましたように、あなたを取り巻く環境は極めて危険な状況になりつつあるのです。我々だけが、あなたとイオの安全を保証することができるのです。」
松原の目から微笑が消えた。
「我々とて、そんな危険な国にこれほどの技術を渡すわけにはいかない。」
「あなたに選択肢はないのです。」