14 動き出した闇
「その男が創り出した人工意識がこれをやったと言うのか?」
スティーブのその質問に、ケントの表情がわずかに歪んだ。
「そいつは、まだわかりません。ただ・・・、もしも進化したAI の能力を持ち、人間と同じように発想力や直感力を持つ、真の意味での人工知能を創り出すことに、途上とはいえ成功したとするなら・・・」
ケントの表情がさらに歪む。そこには殺意さえ見えるようだった。
「これは・・・、今のうちにツブさなければ大きな脅威になります。」
スティーブはケント・ミシマという日系3世のこの男が、どうやらイソザキという無名の男に嫉妬しているらしい、とその表情を読んだ。
おそらく、このミシマというAI のエキスパートも、どこかで「機械に意識を持たせる」というその分野のフロンティアに自らが最初にたどり着きたいという欲望を隠し持っていたのではないか。
こんな冴えない奴に先を越された・・・。
それが、ミシマの中に殺意のようなものを芽生えさせたのかもしれない。
「すぐに対応を始めるよう、チームを手配しよう。」
スティーブは、そんなケントの感情を、ことさら気がつかないふりをして無視した。
ミシマは個人的感情で判断にバイアスがかかっている。
ツブすのではなく、押さえてしまわなければならないのだ。
これほどの能力を持つ人工知能を、もしこのイソザキという男が開発しているなら——。
この男こそ、我が国の安全保障の核を担う人物としてこちら側に取り込んでしまわなければならない。
間違っても、その技術を他国に奪われるわけにはいかない!
もしも奪われそうになったなら、その時は・・・ミシマの言うとおり・・・。
工作と保護と、そして戦闘や、場合によっては暗殺もできるエリートチームを送り込んだ方がいいだろう——。
スティーブはすぐさま、その手配に取りかかった。
+ + +
ウイルはあれ以来不安な日々を送っていたが、1ヶ月半が過ぎて年が明けた今も特に何か変わった動きは起きなかった。
一応NETの中はチェックしているが、これといってあの事件とウイルたちを関連づけるような情報も見つからない。全くと言っていいほど。
あの大規模なシステムエラーの原因は謎のまま——というのが、現時点でのあらゆるメディアの共通認識だった。
個人メディアの中には「宇宙人の侵略」説をまことしやかに語るものから、ディープステートによる陰謀説まで出回っている。
それは、ウイルにとっては好都合なことでもあった。
なるべくなら、話はアサッテの方向に行ってもらいたい。
この調子なら、そろそろ散歩を再開してもいいだろうか・・・。そんなふうにウイルも思い始めていた。
イオもちょっとふさぎ気味だし・・・。
あれ以来、ウイルの許可なしにはパソコンを触ることすらない。1日中、外からは見えない位置で空をゆく雲ばかり眺めている。
自分が表沙汰になってはいけない——ということを理解できるほどには、イオは大人になってきていた。
ウイルは手元にある本(専門書しかないが)を与えたり、パソコンでのニュースチェックや資料作成を頼んだりして、イオが退屈しないように気を遣ってやってはいるが・・・。
イオは自分が悪かった、という罪悪感も手伝って沈み込んでいるようだった。
正月休みに車のトランクに詰め込んでアパートに連れ帰った時は、ひどく面白がって喜んではいたが、このままではどうにもイオに新しい経験を積ませてやることができない。
新しい刺激がないのはイオの発達に良くない——とウイルは思う。パソコンでNETの情報や動画を見ているだけでは・・・。
専門書やニュースばかりでは、イオの情緒が偏るといけないから・・・、絵本でも買ってきてやろうか・・・。
それとも、どこか少し遠いところに旅行に連れて行くのはどうだろう。
「なあ、イオ。今度少し休みでもとって、旅行に行ってみようか?」
そんなウイルの言葉に、イオが久しぶりに嬉しそうな顔を見せる。
「はい! ワタシ、行ってみたいところがあります!」
そう言ってイオは、パソコンに保管していた映像をウイルに見せた。
「日本国内限定だぞ。」
ウイルも笑顔になる。
しかしそんな夢は、3日後には予想もしなかった形で吹き散らされた。
ある訪問者によって。
研究室を訪ねてきたその人物は、松原清二と名乗った。
名刺には、『株式会社NテックCEO』とある。
「タイホウ産業の水野さんからご紹介を受けまして。」
その連絡は2日前に受けていた。
「先生が作ってくださったAI の効果にひどく興味を持たれていらっしゃって。うちの取引先でもありますんで、会うだけでも会ってやっていただけませんか?」
水野氏からそんなふうに言われては断わるわけにもいかず、今日の日時でアポを入れることにしたのだった。
タイホウ産業のAI 開発の仕事の報酬で、イオの腕ができたと言ってもいいくらいなのだ。
タイホウ産業に提供したAI は製品の不良を高い確率で見抜く機能を持ったもので、全工程ラインを管理できるものだ。
特別変わったAI というわけでもないが、あれの何に興味を持ったのだろう?
松原は恰幅のよい50がらみの男で、温厚そうな笑顔を絶やさない物腰の柔らかい人物だった。
グレーのスーツに、くすんだ明るい暖色のネクタイがよく合っていて、趣味の良さを感じさせる。
「先生は、人工意識をご研究であられるとか。」
にこにことした笑顔のままでいきなりその話を切り出され、ウイルは顔をこわばらせた。
「そ・・・それは・・・まだ・・・」
ウイルのその表情の変化にまるで気づいていないという様子で、松原は穏やかな声のままで話を続ける。
「大学のプロフィールのところに、その夢が書かれていたものですから。」
松原は破顔した。
「私も同じ夢を共有する者です。こう見えて結構ロマンチストでしてね。『鉄腕アトム』は愛読書の1つなんです。」
ウイルは返答に困った。
「え・・・と、どんなご相談なんですか?」
タイホウ産業のAI のどこに興味を持ったというのだろう?
まるで話の方向が違うが・・・。
松原は相変わらずにこにこしている。
「実は、すでに完成されているのではありませんか?」
「は?」
「人工意識ですよ。あるいは次世代型AI と言うべきか——。」
松原の目の中に突然、鋭い光が宿った。
「イオ、というロボットがそれですかな? それとも、それはただの端末?」




