13 プロファイリング
「どうも・・・見つけたっぽいです。」
そんな言い方でスティーブの前にのそりと現れたのが、あの無愛想で無礼な部下だった。
ケント・ミシマである。
スティーブは不覚にも、少しだけ嫌悪の表情を皮膚の上に浮かび上がらせてしまった。すぐにカメレオンのようにそれを消す。
「岐阜産業大学のイソザキという男ですね。」
ケントはスティーブの表情など意にも介さず、獲物を前にしたオオカミみたいな目で、舌なめずりでもするような笑いを微かに浮かべている。
「そいつがあれをやったというのか?」
「あー。慌てなさんなって。」
きさま、誰にものを言っている! と怒鳴りつけたくなるのを、スティーブはかろうじて抑えた。
今は、こいつの能力が欲しい。
日本に送り込んだ諜報員たちは、まだ何も情報らしい情報をつかんでいない。
そんな中で、こいつはわずか2週間余りで犯人を特定しただと?
「あー。顔写真はこれ。AI の専門家で、ちょっと変わった研究をしていましてね。」
そう言って、持ち込んできたタブレットに画像を映し出してスティーブに見せた。
「大学の人事データや防犯カメラに侵入しました。」
こともなげに違法行為を言ってみせる。
「少しは声をひそめたらどうだ? 一応、法律では禁じられているんだぞ?」
スティーブがいまいましげに言う。わかりきったことだし、その裏仕事がこの国の諜報活動を支えているのも公然の秘密ではあるのだが・・・。こいつの態度が気に食わない。
「局長の許可も取っているはずですが?」
「それ以上言うな。そんなことを所構わず口走るようなら、いかに能力があろうとおまえを消し去るぞ? この組織は——。」
「はいはい。わかりました。でも、言わなきゃ報告にならないでしょ?」
スティーブはそれ以上、この問題児と口論する気はなかった。
苦々しい顔をしながらも、報告の先を促す。
「それで?」
「皆さん、痕跡ばかり追っているようですけどね。僕ぁ、こういうことができる可能性のあるヤツを絞り込んでみたんです。」
「ハッカーか・・・。」
「いいえぇ。人間のハッカーにこんな離れ業はできませんよ。」
ケントは、露骨に人を小馬鹿にしたような表情を見せた。
「AI です。しかもAI だけではできない。ハッキング専門のAI を作り、それを利用してこの騒ぎを引き起こした愉快犯か何かがいるはずだと思ったんです。」
「プロファイリング・・・か?」
「まあ、そんなもんです。それに見合う可能性のある人物を抽出するAI を作って動かしてみたんです。」
「またAI か・・・。人間のエージェントなんか、もう要らないって時代なのか・・・?」
「さぁ、そりゃ知りません。まあ、これが僕のやり方でして。」
「それで?」
「かなり人数が絞られましたよ。その中でもいちばん怪しいのが、この岐阜産業大学の准教授です。」
「日本人ではなく、ニュージーランド人です。ただし、父親は日本人で、生物学の教授ですね。」
「そいつが犯人だと?」
「可能性が極めて高い。」
「その根拠は?」
ここでケントはまた、舌なめずりをするような笑いを浮かべた。
「こいつの研究テーマ、なんだと思います?」
スティーブが黙っていると、ケントは嗜虐的な笑いをさらに強く浮かべて言葉を続けた。
「人工意識を作るんだって——。」
「そんなん、僕だって、いや、世界中のAI の研究者だってまだ端緒もつかめてないのに。」
ケントの笑いが奇妙な歪み方を見せる。
「うふふ・・・。いい歳してロマンチストなんだからぁ。」
「もっとも、こいつの成果ときたら企業向けのAI の開発だけで、そっちの成果はなんにも出てないんですけどね。」
スティーブは、ケントがこの冴えない学者にある種の嫉妬を持っているらしいと推測した。
それが推論を歪めているんじゃないか?
「まあ、変わり者のオタクってやつですよ。」
おまえだってそうじゃないか——という言葉をスティーブはその分厚い表情の下で隠したまま、呑み込む。
「ところがね。僕が怪しいと思ったのはこの画像です。」
そう言って、ケントは防犯カメラの画像データをスティーブに見せた。
「事件の2週間くらい前から、この男は妙な形のロボットを連れて早朝に大学構内を散歩し始めるんです。」
写っているのは、人間の頭部と華奢な腕を付けたドラム缶型の自走ロボットだった。ひどくアンバランスな印象を与える。
「企業向けAI の開発にこんなものは必要ないはずだ。」
ケントの目が暗くなって、光を失う。まるで、ただの暗い穴だ。
「ならば、これは何か? しかも・・・」
ケントは防犯カメラの画像データの日時を送ってゆく。
「あの事件の翌日から、この男はピタッとこの散歩をやめてしまってるんです。」
「ねえ? 怪しいでしょお?」
下から睨め上げるように顔を上げたケントの表情に、スティーブは思わず少しのけぞった。
「もしも・・・」
とケントは真剣な顔で続ける。
「もしも、こいつが、このロボットが・・・人工意識の実験に使われているのだとしたら・・・?」
「そして、もしも・・・、あの事件がNET上で自分が開発したものを試験しようとして失敗したということだったとしたら・・・?」
ケントは、にたり、と残虐ささえ匂わせるような笑い顔を見せた。
「この准教授は、その途中成果でさえ発表しようとするでしょうかね? むしろ、隠そうとするんじゃないっスかね?」




