10話 冷ややか、語彙力、イメチェン(?)
その後もさほろ・透花・里野・裕介・恭弥の5人で話していたが、
「あ、やば。そろそろ教室戻んなきゃじゃん」
「あー、まじ? そんじゃ解散しますか」
「だねー」
そう話していたそのとき、新村が教室から出てきた。
「お、新村。めっちゃ不機嫌そうだな」
「俺は不機嫌じゃないぜ」
「よく言うわ、そんな顰めっ面しといてさ」
3Bの教室は安全そのもの。他の教室も同じくだ。
新村の機嫌が悪いと、下手すれば地球消滅の危機を迎えるのだが。
「今回は軽めのイラつきで良かったね、さほろ‼」
「だね。地球消滅はしないっぽい」
「なんて??????地球消滅????????」
新村との初対面は昨日だったため新村という個体をよく知らない裕介が聞き返す。
さほろ、透花、里野は温い笑みを裕介に向け、小難しい説明を回避した。
新村の機嫌が少しだけ悪い時、そのときは大抵…………
「新村、まーたむずい問題に手古摺ってイライラしてんの?」
「それか腹でも減ったか」
そう、難しい問題にイラついているか腹減りかの2択である。
「その両方だな」
「両方かい」
「おい透花、ちょっとヘッドロックかけさせろ」
「嫌だが?????」
「横暴が過ぎるってばよ」
「安定の新村って感じだなぁ」
「廊下でなんつーことしようとしてんだお前」
「…………いやでも、ちょっと見てみたいかもしれん。新村のプロレス技」
「…………確かに」
「お?じゃあお前が受けるか、里野」
「あ、間に合ってます」
「草」
一頻り笑った後で漸く解散し、それぞれがそれぞれのクラスへ戻る。
「あーい、SHR始めっから席つけー」
プール掃除を頼んだあの先生が間延びした声でそう言ったのを合図に、3Bの面々がガタガタと椅子を引いた。
「今日は4限の体育を外でやるらしいから―――――」
さほろは頬杖をつきながら、ぼんやりと左斜め前方を見やる。
一番端の廊下側の列、前から3番目がさほろの席だ。
「あと、1限は―――――」
そのちょうど真反対である窓側の一番端の列、その最前列が空席になっている。
さほろはその席を睨みつけるように、正に絶対零度の視線を空席へ送り続けた。
「……あの視線でさ……俺さ……」
「おいそれ以上言うな」
「新たな性癖を開花させんなし」
「ドMに突き刺さる視線ですな」
(言われてるよ、さほろー…………)
さほろには透花の懇親の心の声も、クラスメイトの小声すら耳に入らなかった。
「さーほろ、今日も言われてたねえ」
「え?」
「ほら、いつもの」
透花がにまにましながら含みのある言い方をすると、さほろは
「あぁ」
と内容を察してから
「ほんっと気持ち悪いよね。死ねばいいのに」
とさっきまでの絶対零度の目で呟くように言った。
新たな扉を開けてしまったクラスメイトが倒れたのを見て、さほろは
「こんなんが刺さる性癖は理解に苦しむんだが」
と透花に言う。透花はさほろの苦い顔にも
「サービス精神旺盛だねえ」
と呑気な笑顔を向けた。
「どこで歪んだんだ、アイツの性癖」
「主にさほろの所為だと思うんだけどな」
「心外。そんなつもり無かったんだけど」
「まぁ〝みんな違ってみんな良い〟と言うから。性癖だって、みんな違ってみんな良いんだよ」
「金子みすゞさんもそんな風に自分の詩を用いられるとは思わなかったと思う」
「ちょいちょい語彙力がありそうな人の言葉使うのやめてよ。理解に苦しむとか、用いるとか」
「中3なら誰だって使うだろ」
使わないが。
もしここに里野がいたなら
「使うだろうねぇ」
と緩い口調で賛同していただろう。
が、それはさほろと里野がアニメ以外のある共通の趣味を持っているからである。
透花のしゅんとした顔にさほろが笑いを零したそのとき、教室広報の出入り口からこそこそと人が入ってきた。
さほろは笑みを崩さずに席を立ち、フードで頭と顔を隠して歩いているその人の進行方向を足で塞ぐ。
「…………さて。何か申し開きは? ある?」
ないよな?という圧を纏いながら怖い笑顔を浮かべるさほろ。
先ほどまで透花へ向けていた穏やかで友愛を含む笑顔とは正反対だ。
「てか何でフードなんか被ってるんだよ。変質者かっ」
透花が後ろからフードをひっつかみ、ていっと言いながらそれを降ろす。
「あ………」
「あっ」
「あ!」
学年屈指の遅刻魔・崎戸が着ているいつもの黒いパーカーに黒いズボンには似合わないくらい小洒落た眼鏡をつけていた。
それを見たさほろは……
「誰だお前⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
「崎戸真慈ですが⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
否、さほろの後ろにいた新村の盛大で素朴な疑問に崎戸が大声で答える。
崎戸だって、実は整った顔面の持ち主。
眼鏡をかけた崎戸で、一部女子がざわついた。
「お前………誰の許可で眼鏡なんかしてるんだ⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
「俺のですが⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
厳密にいえば親のなんだけどさあ、俺は眼鏡とかしたくなかったのにさあ、親が強引にさあ………と萎れた顔と声で話す崎戸。
不覚にもそれで笑ってしまったさほろを見た崎戸は、怖い笑顔が消えたことにほっと胸を撫で下ろした。
「崎戸はアレか、〝いめちぇん〟ってやつか」
「違うし。イメチェンじゃねぇし、言えてねぇし」
「初めて外来語に触れる人の言い回しじゃん」