01話 Group:飯、結成
「あーっつい…………」
空地さほろは、うへぇ…………と情けない声を上げた。
夏休みはとっくに終わり9月にもなったというのに、この異常なまでの暑さは何なんだと独り言ちる。
「まぁまぁ、落ち着けよさほろ。言うともっと暑くなるだろ?」
「……ご尤も」
そう言ってさほろを宥める、同い年の難波優。
男勝りな口調と性格、更に外見から勘違いされやすいのだが、優はれっきとした女子である。
ただ、習い事で格闘技をやっているため、力は人一倍強い。
小柄な体躯だが頼もしさは十二分。喧嘩の仲裁役に駆り出されることもしばしばある。
「あ゙ー……………腹減った」
「お前、それ朝から言ってるけどカー◯ィだったりすんの?」
さほろに突っ込まれたのは、新村尊だった。
優と同等の力を保持し、ぶっちゃけ人外だと言われるレベルの健康優良児。
さほろは同じクラスなので、新村の人外っぷりはよくわかっていた。
因みに、カー◯ィほどの可愛らしさは皆無である。唯一の共通点は、いくらでも食べるところだろうか。
「……あ、そうだ。ねぇタケノコ〜」
「筍な???」
里野筍は、さほろの煽りに対し呆れたような声を出す。
去年、つまり中学2年生のとき、さほろと里野は同じクラスだったため仲が良かった。
その名残りで、今もちょくちょく話す仲。クラスでもイジられキャラらしい。
また、一部からはロリコンとも呼ばれている。本人は否定しているものの、実際のところわからない。
「…………つーか崎戸、全然来ねぇな」
「確かに。大丈夫かな」
優の言葉を聞いて心配そうに眉を下げる、山中愁斗。
中学3年生にしては珍しいくらい大柄。
よく悪ノリするが、女子が少し苦手で、さほろや優と会話するときは目線がなかなか噛み合わない。
里野のクラスメイトであり、良き親友でもある。
(いや、マジで遅くないかアイツ…………?)
さほろも愁斗と同じように学校をちらりと見る。
今日から1週間は個人面談があり、その初日の番だったさほろたちは通っている国立中の木陰で屯している。
特に約束をしていた訳ではないが、さほろが校門に行ったときに優と里野がいたため、一緒に話していたら人が集まってしまったのだった。
「まぁ大丈夫だろ。長引いてるだけだろうしな」
「…………やっぱ怒られてんのかなぁ、崎戸」
だと思うぜ、という新村の言葉に、さほろは溜息をついた。
崎戸真慈は、さほろ・新村のクラスメイトだ。
授業中は寝てばかり、普段も遅刻ばかり、隙あらばサボってばかりの問題児。
とか言いつつ、テストではちゃっかり点を取っている無自覚の天才。常識は人並みにあるようだが。
話していて面白いとも、一緒にいて居心地がいいとも感じる。
だが流石に問題児からは卒業すべきだろう。
「……なんか、遊びたいなぁ」
里野が唐突に呟いた。
「え、どしたん。病んだ?」
「病んでない」
愁斗の地味に失礼な言葉を一蹴した里野は、尚も言った。
「でも、ちょっと疲れたなと思って」
「病んでるじゃん」
「だから病んでないって」
しかし、里野の気持ちもわかっていた。
さほろたち中学3年生は、高校受験を迎える年だ。
嫌でも気が滅入り、なんとなく疲れが溜まってくる。
「…………よし、じゃあ今から飯でも行くか!」
「何がどうなったらそうなるんだよ」
「しかも今からって、無理でしょ。近くにコンビニも何もないんだから」
優と愁斗に新村が突っ込まれる中、あぁ、ハラヘリなんだろうな…………とさほろは思った。
「でも、近い内にご飯は行きたいよね」
「だね。せっかくだし」
「じゃあ予定立てるか。グルチャ作るぞー」
全員がスマホを出し、チャットアプリでグループチャットを作る。
「あ、チャット名どうしよう」
「そこはまぁ、里野に任せる」
「嘘だろおい」
ネーミングセンスは言及しないでよ、と言いながら里野が決めたチャット名は〝飯〟だった。
「おぉ、シンプル」
「直球だな」
「わかりやすいしいいじゃん」
思った以上の好反応を見せられ、里野がほっとしたのも束の間。
「わっ‼‼」
「おわぁっ⁉」
さほろは声がした方を向くと、そこにはしたり顔をした崎戸がいた。
つまり、崎戸が驚かしてきたのだ。
「…………テメェ…………」
「…………アッ」
優を。
「てかなんで里野が驚いたの…………」
「なんか反射で」
「うんまぁ、気持ちはわかるけども」
さほろがふと目線をずらすと、崎戸は優に追いかけ回されていて。
「っおいバカ崎戸!前‼‼」
あることに気づいたさほろは咄嗟に叫ぶも、間に合わず。
崎戸は歩いていた小学生女子に、あろうことかぶつかって……いや、抱きついてしまった。
現状を瞬時に把握した崎戸はその場で土下座をかまし、優から拳骨を食らい。
そのままさほろの説教と何故か新村のタイキックを受けた真慈は、精神的にも肉体的にもボロボロだった。
「あの女の子、大丈夫そ?」
「うん、怪我はないっぽい。でもこのカオスにいたたまれなくなって、逃げてっちゃった」
「そりゃそうだろ」
さほろの報告に、新村がすかさず言う。
(そういえば流れるようにタイキックしてたな、コイツ……)
ちょっと崎戸が可哀想だと思ったところで、話はグルチャのところまで戻った。
「で、なんか入れてもらったけど〝飯〟って何これ」
「飯を食いに行く会」
「なるほど了解」
「爆速理解助かる」
たった一言であらましを察してくれるあたり、流石は崎戸である。
「じゃあ、ご飯に行く日程は_____」
愁斗がそう言った、そのときだった。
「ほらほら、さっさと帰れ。あと原則、登下校中のスマホ禁止な」
「あ、先生」
「もうすぐ下校完了時刻だから早く帰れ。気をつけるんだぞ」
「はーい」
「さよならー」
先生が門から離れていく。随分と緩い先生だ。
「…………うし、続きはまた今度にして、今日は帰るか」
「だねー」
スマホをしまい、6人で地下鉄の駅へと向かう。
「ねぇ、グルチャに透花入れていい?」
「裕介も入れたいなぁ」
「本人が入りたいって言ったらだね」
およそ半年後には人数が2.5倍になることを想像もしなかった6人は、話題をグルチャから世間話に変えて帰路を辿っていった。
『飯』 現在:6人
空地さほろ、難波優、里野筍、新村尊、山中愁斗、崎戸真慈