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夜の動物園

作者: 梶野カメムシ
掲載日:2023/03/09


「ふーちゃん、動物園いこっか」


 小さな背中を見下ろし、私は目を丸くした。

 母が認知症を患って一年になる。

 街暮らしの私は母を引き取らず、施設に預けた。

 「長男が親不孝な」と言われそうだが、母とは元より険悪だった。

 原因は母にある。

 母は昔から、優秀な弟を偏愛した。愚兄は放置され、孤独に育った。

 「徘徊の出た母に会って欲しい」との連絡にも、弟を呼べと言った。

 弟が海外勤務でなければ、絶対に来なかっただろう。


「お母さん、あなたと行きたい場所があるようです。

 一度でいいから、夜歩きにつきあってあげて下さい」

 かくして、私と母は夜の散歩に出たのだ。


 施設は実家に近く、夜の町並みは懐かしいものだった。

 満月の下、無人の夜道を、母に導かれ、私は歩く。


「ふーちゃん、動物園、楽しみにしてたもんね」

 ふーちゃんは私の古い呼び名だが、そんな覚えはない。

 動物園も近くにない。

 けれど母の足取りは確かで、迷いなく進んでいく。

 

「ここだよ、ふーちゃん」 

 ついに母が立ち止まり、振り返る。

 そこは馴染みのない、大きな公園だった。

 砂場を囲み、丸い石像が並んでいる。

 ゾウ、ウサギ、カメ、ワニ。なるほど、動物園だ。


 ふと思い出した。

 遠い昔。母とここに来たことがある。

 風邪で遠足を休んだ私は、動物園に行きたいと何度もせがんだ。

 その時、母が連れて来たのがこの場所だ。

 動物園だと言い張る母に、私は騙されたと思った。そして母に絶望したのだ。


 だが、本当にそうだろうか。

 思えば母は多忙で、動物園は遠すぎた。

 母なりに悩んだ結果だったのかもしれない。

 認知症の朧気(おぼろげ)な記憶でなお、鮮明なほどに。


「よかったねえ、ふーちゃん」

 母が笑っている。

 月に輝く動物を撫ぜると、目頭が熱くなった。



 葬儀はしめやかに終わり、母は旅立った。

 最後まで介護したおかげか、心残りはない。

 あの夜の動物園のおかげだ。

 いつかまた、あの場所で母を偲びたい──そう願った。

 


 

 

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