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夜の動物園

作者: 梶野カメムシ


「ふーちゃん、動物園いこっか」


 小さな背中を見下ろし、私は目を丸くした。

 母が認知症を患って一年になる。

 街暮らしの私は母を引き取らず、施設に預けた。

 「長男が親不孝な」と言われそうだが、母とは元より険悪だった。

 原因は母にある。

 母は昔から、優秀な弟を偏愛した。愚兄は放置され、孤独に育った。

 「徘徊の出た母に会って欲しい」との連絡にも、弟を呼べと言った。

 弟が海外勤務でなければ、絶対に来なかっただろう。


「お母さん、あなたと行きたい場所があるようです。

 一度でいいから、夜歩きにつきあってあげて下さい」

 かくして、私と母は夜の散歩に出たのだ。


 施設は実家に近く、夜の町並みは懐かしいものだった。

 満月の下、無人の夜道を、母に導かれ、私は歩く。


「ふーちゃん、動物園、楽しみにしてたもんね」

 ふーちゃんは私の古い呼び名だが、そんな覚えはない。

 動物園も近くにない。

 けれど母の足取りは確かで、迷いなく進んでいく。

 

「ここだよ、ふーちゃん」 

 ついに母が立ち止まり、振り返る。

 そこは馴染みのない、大きな公園だった。

 砂場を囲み、丸い石像が並んでいる。

 ゾウ、ウサギ、カメ、ワニ。なるほど、動物園だ。


 ふと思い出した。

 遠い昔。母とここに来たことがある。

 風邪で遠足を休んだ私は、動物園に行きたいと何度もせがんだ。

 その時、母が連れて来たのがこの場所だ。

 動物園だと言い張る母に、私は騙されたと思った。そして母に絶望したのだ。


 だが、本当にそうだろうか。

 思えば母は多忙で、動物園は遠すぎた。

 母なりに悩んだ結果だったのかもしれない。

 認知症の朧気(おぼろげ)な記憶でなお、鮮明なほどに。


「よかったねえ、ふーちゃん」

 母が笑っている。

 月に輝く動物を撫ぜると、目頭が熱くなった。



 葬儀はしめやかに終わり、母は旅立った。

 最後まで介護したおかげか、心残りはない。

 あの夜の動物園のおかげだ。

 いつかまた、あの場所で母を偲びたい──そう願った。

 


 

 

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