前編
「私がこのゲームのヒロインなの!」
「何を言ってるの? これは恋愛小説の世界で、ヒロインは私よ!」
昼休みの職員室。
飛び込んできた剣呑な声に、新任教師が何事かと窓の方へ向かう。
中庭で、女生徒が向かい合い、お互いを睨み合っていた。
両方共色白で小柄。怒りの形相をしていなければ可憐とか愛らしいとか言われそうな顔立ちだ。
(学年章は同じだな)
周りにも生徒はチラホラいるが、遠巻きにするだけで止める様子もない。
「放っておきなさい」
出て行きかけた新任教師を、隣席の女教師が冷静に止めた。
「気にしなくて良いわ、いつものヤツだから」
「いつもの……?」
呆然と問い返した新任教師に、女教師は手の中のシャープペンシルをフリフリ動かしながら説明を始める。
「そう……一学期の半ば位からかしら?」
“この世界は恋愛ゲームで、私はヒロインなの! 前世でプレイしたから内容も分かってるわ!”
怪我をして意識不明だった女生徒が、目を覚ました途端そう言いだしたらしい。
当然本気にする者などいない。真剣な女生徒の瞳に説得力を感じるどころか、逆に異質なものとして引いてしまう。
“何を言っているのだ?”
“自分達のいる世界がゲーム?”
本気にする者などいない。“子供の妄想だ”“目立ちたい子供の虚言だ”と。悪い者なら“怪我したのは体だけではないのでは? 頭も調べた方が良い”と言いだした。
しかし――その数日後、状況は一変する。
彼女が言った出来事が、続けて実際に起こったのである。
――曰く――
“コーラス部の練習中に講堂の緞帳が落ちて何人か怪我をする”
信じられはしなかったが、面白がった生徒数人が確かめに行くとそれが起こっていた。
“期末の頃に女教師が産休に入る”
それも実際に起きた。
そうなると何人かは彼女の言葉を信じ始めた。“この世界はゲームで、彼女がヒロインだ”という、荒唐無稽な話を。
そうして彼女は虚言癖のある変人から一転、予言の出来る特別な存在になり、生徒達から一目置かれるようになる。
しかしその数日後。
1人の少女が編入してきた。季節外れの転入生ということもあり、転入初日からどんな子だろう? と関心の的になっていた。
が……。
彼女は転入初日に、担任の呼びかけと共に教室に入るなり、挨拶もなしに言い放ったらしいのだ。
“この世界は恋愛小説の世界で、私はヒロインなの! 前世で読んだから内容を分かってるわ”
かくて……自称・2人のヒロインが現れたのである。
「そりゃまた……。で、それがあの子らなんですよね?」
新任教師が指し示すのは先だっての女生徒2人。
説明の間も、彼女らの言い合いは続いている。
「私がヒロインよ! 小説の設定通りカッコいい生徒会長も遊び人の3年も、クーデレの眼鏡男子だっているんだから!!」
「ゲームの攻略対象まんまじゃん! 私が言った話に合わせてるだけでしょ!」
「イベントだって知ってるわよ! 体育祭でダンス踊ったり、校舎裏にいる捨て猫にエサあげてたり……!」
「なぁんだ、そんなの? でもこれは知らないでしょ? “夏の放課後に起こる”……」
「攻略対象が影練してるヤツでしょ? ほら、私がヒロインですー!!」